第5話 世直し

 算段は、上手く行った。毒を揃えるのは大変だったが、それを仕込むのは意外と簡単だった。無気力な料理人達の目を盗んで、彼等の食事に毒を盛る。そして、何も知らない給仕係に「それ」を運ばせる。


 彼等が食事の味に眉を寄せた時には怯えたが、それが「ただの冗談だ」と分かると、自分の胸を撫で下ろして、彼等の様子をじっと見はじめた。ハデスは自分のグラスにも薄めた毒を仕込んで、家族達と一緒に「それ」を飲み干した。「ぐ、うううっ」

 

 苦しい。喉の奥に何かが詰まって(いるような感覚だ)、その呼吸を妨げている。目の前の視界も歪んで、その意識に「死」をぶらつかせていた。彼等は毒の威力に負けて、一人また一人と、その命を落として行った。


 ハデスは彼等の死に満足を得る中で、自分も毒の力に意識を失った。彼の意識が戻ったのは、それから三日後の事だった。彼は自分がベッドの上に居る事を確かめて、その上半身を起こした。「う、くっ」

 

 宮殿の医師は、彼の体を支えた。「毒の効き目が弱かった」とは言え、、三日間も意識不明だった少年が、そうすぐに動ける筈はない。彼が「大丈夫」と笑う声を無視して、ベッドの上に彼を戻した。医師は彼の脈を測って、自分の部下にも何かを命じた。「駄目です、まだ動かないで下さい」

 

 ハデスは、「分かった」とうなずいた。彼自身も「その方が良い」と思ったからである。彼は体の向きを変えて、後ろの医師に「父上達は?」と訊いた。「どう?」

 

 医師は、その質問に首を振った。「最善は、尽くしたのですが」と。医者らしい態度で、彼の質問に「申し訳ありません」と答えた。彼は自分の部下も含めて、目の前の少年に頭を下げた。「


 ハデスは、その答えに表情を変えた。それが聞けたら充分。両親の死に項垂れるフリをして、医者の答えに「分かった」と返すだけだった。ハデスは医者の方に背を向けたままで、彼やその部下達に「他殺か?」と訊いた。「それとも、自殺?」


 医師達は、「恐らくは、他殺でしょう」と返した。「そうなさる動機が、ありません。あの方々はきっと……これは、不躾かも知れませんが。互いの命を奪う」


 ハデスは、推理の先を遮った。まるで、「言わなくても分かる」と言う風に。


「共食い、だな。自分が神になる為の。兄上達は、神の地位を得る為に」


「殺し合った?」


「そう考えるのが、自然だろう。兄上達は皇位の匂いに負けて、互いの肉を食い合った。ライオンが、自分の群れを作るように。兄上達もまた、自分の国を作ろうとしたんだ。自分の欲だけを満たす、夢の……。だが」


「はい?」


「算段が甘かった。欲の面では優れていても、心の面では劣っている。敵の概念にも入っていない、七番目の皇子を生かしてしまった。兄上達は『皇子』と言っても、所詮は人間。戦いの神でもなければ、毒の神でもない。兄上達は、自分の欲に溺れるあまり」


「分量を間違えた?」


 ハデスは、「そう」とうなずいた。彼の反応を心から喜ぶように。「だから生きている、こうして。兄上達は不幸にも、敵の一人を生かしてしまったんだ」


 医師は、「やれやれ」と呆れた。彼等の所業を心から嘆くように。「天罰、ですか?」


 ハデスも、「天罰だよ」とうなずいた。ハデスは口元の笑みを消して、医師の顔に微笑んだ。ハデスは口元の笑みを消して、医師の顔にうなずいた。「神の名を落としたんだ。神はもちろん、天使だって許さない。兄上達は、天の怒りに触れたんだ」


 医師は部下の一人に水を頼んで、自分も机の上に飲み物を置いた。患者の資料が置かれた、仕事机の上に。「どうするお積もりです?」


 その答えは、「立て直すよ?」だった。「それ以外に答えはない」と言う風に。「帝位が空になったんだ。政治の世界に穴を作ってはならない。周りの不満はあるだろが、しばらくは」


 医師は机の椅子を引いて、その上に座った。彼の話に耳を傾けるように。


「お一人で大丈夫ですか?」


「大丈夫」


 即答。


「俺には、頼れる臣下が居る。俺に生きる意味を教えた、臣下が」


 医師は「ニコッ」と笑って、ハデスの方に向き直った。「自分もまた、その一人である」と。「支えます、貴方の治世を。私も、貴方の一部ですから」


 ハデスは「ありがとう」と笑って、体の回復を待った。体の回復は、思った以上に早かった。毒の分量を誤らなかったお陰で、国の全体が「喪」に入った時にはもう、普段の調子を取り戻していた。


 彼は宮殿の中で葬儀を行うと、すぐに「戴冠式を執り行う」と言って、臣下達にその準備を行わせた。「空いた席を埋める。国の人々にも、御触れを出せ」


 臣下達は、彼の命に従った。皇族達の死に不信感を抱いている者も居たが、「今は、混乱を抑えるのが先」と考えて、その命令自体には「はい」とうなずいた。彼等は諸外国の皇族や王族達にも知らせを出して、戴冠式の準備を進めた。「まあ、良い。主が代わっただけで、我々のする事は」

 

 変わらない。そう、思った。「あの少年に取り入れば良いだけだ」と。貴族の習慣に従って、「自身の利益を広げよう」と思った。彼等はその欲望に従って、冥王の前に「御助力致します」と近付いたが……。


 そのハデスから「ギロチン」を命じられてしまった。彼等は処刑の知らせに驚いて、新皇帝の少年に「これは?」と聞き返した。「どう言う事です?」


 ハデスは、「ニヤリ」と笑った。「その反応を待っていた」と言う風に。「読んだ通りだ。国の秩序を乱した罪。お前には、その罪が」


 相手は、話の続きを遮った。動揺と不安の両方を感じて。ハデスの眼光にも、「うっ」と怯んでしまった。彼等は周りの人々に見られる中で、ハデスの濡れ衣に「何かの間違いです!」と叫んだ。「我々がこんな、国の秩序を乱すなど! 我々は、国の平和を守る為に」


 今度は、ハデスが遮った。相手の声を吹き飛ばす形で。「励んだ? 国の人々をあんなに苦しめて? 父や兄上達と一緒に……」


 貴族達は、その声に青ざめた。相手の本質を見破る、冥王の声に。


「アレは……その、ご命令でしたので。我々は」


「そんな積もりはなかった」


「そ、そうです! 我々は……保身の部分もありましたが、本心より従っていたわけでは」


「『ない』と?」


「は、はい!」


 ハデスはわざと、溜め息をついた。「こう言う返事が来るのも、計算の内」と。自分の利を第一に考える者が、自分の罪を認める筈はない。ハデスは人間の癖を分かった上で、相手の動揺を「クスリ」と誘った。「なら、どうして諫めなかった?」


 気持ちでは、「駄目だ」と分かっていたのに? あの愚行をどうして止めなかったのだ? 「兄上達の近くに居て? 『これは、許されない事だ』と? その一言をどうして、言えなかった?」


 ハデスは彼等の前に立って、その顔を一人一人眺めた。彼等の顔は、今の指摘に表情を失っている。「罪人の擁護者も、罪人と同じだ。罪人には、相応の罰を与えなければならない。この国を、これからの帝国を守る為にも。お前達には」


 貴族達は、彼の体を掴んだ。服の裾はもちろん、手や足の付け根も。あらゆる部位を掴んで、彼に許しを願った。彼等は「悔い改めます」と言って、ハデスに自身の改心を訴えた。


 だが、そんな言葉が通じる筈はない。そうなる事すら算段に入っていた以上、ハデスには文字通りの無意味だった。ハデスは口の端に笑みを浮かべて、罪人達の顔を睨み付けた。「ギロチンは、三日後だ。町の広場にギロチンを置いて、そこにお前達の体を」


 そう言われてもなお、ハデスに「お許し下さい!」と叫んだ。彼等は自分の名誉を思って、その命令に「どうか、どうか」と抗った。「あんな玩具に殺されたくない。せめて、国伝統の火炙り」


 になるわけは、ない。火炙りは、国の因習が作った物だから。新しい帝国に古い処刑は、相応しくない。ハデスは貴族達の意思を無視して、彼等に自分の意思を貫いた。「決定事項だ。今から三日後、お前達の首をねる」


 貴族達は、その決定に呆然とした。ハデスに対する不満も忘れて、ただ「なっ、え?」と呆けてしまった。彼等は冥王の微笑を受ける前で、自分の運命を呪い、そして、自身の行いを恥じた。「あの時にどうして、『止めろ』と言えなかったのだろう?」と。

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