第八話 一日目の朝 そのさん


「血を吸わせろって……」


 ごくごく一般的な人間であるノエルには理解しがたいセリフではあるが、ベルは人間ではなく、吸血鬼である。故に人間にはない吸血という行為はごく自然で当たり前のなのだろう。ベルはまるで買い物でお菓子を買って欲しいとおねだりをする子供のように笑みでそのようなことを言うが、内容はそんな日常の光景とはかけ離れたモノであった。


 故にノエルはベルにとっては当たり前のことだと理解しながらも、頭はパニックに陥ってしまう。


「え……えと、えと、首からがいいですか!? 腕からがいいですか!?」


「何言ってんのよ……」


 パニックに陥ったあまり、思考回路がショートし。当のベルさえも天地がひっくり返ったかのように驚き、呆れかえっていた。


「だ、だって、お話とかでよく見ますよ? 首にこう歯を突き立てて、そこから流れる血を吸うシーンとか。色っぽく!! 色っぽくなりながら!!」


 やけに色っぽくという単語を推すなと思ったが、ひとつあることを思い出す。


「アンタ……もしかして、吸血鬼が血を吸うのは性欲を満たす為。とか思ってるんじゃないでしょうね?」


「え? 違うんですか?」


「違うわよ!! ……とは言い辛いわね。実際、そういうのを目的に血を吸う輩もいるから……」


 ある吸血鬼の事を思い出したのか、困ったかのように頬をポリポリと掻きながらそのように呟く。


「けど、あたしは違うわ。あたしが血を吸うのは……そうね。力を蓄えるためと道楽かしら?」


「道楽ですか?」


「ええ、道楽よ。けど、本筋は力を蓄えるという方。人間がお腹が空いたら食事をするようにね。吸血鬼は一定の期間で血を吸わないと力が弱まってしまうのよ。けど、血を飲むにしても、おいしい方がいいでしょ? そういうことよ」


「な、なるほど……」


 つまるところ、人間である自分が買い物の時により質のいい食材を選ぶのと変わらないということだ。


「で、では、ベル様は私の血を飲まれるのですか?」


「飲まないわよ」


 先程とは打って変わった言葉にキョトンとなりながらも、ホッと安心をするノエルであったが「今はまだ……ね」というからかうような表情で続いたベルの言葉にいつかは吸われるのかなと少し肝を冷やしてしまう。


 だけど、同時にノエルは吸血鬼とはどのような存在なのか。そのような興味も出てきたのも事実であった。


                  ---


「え? 吸血鬼がどのような存在なのか教えて欲しい?」


「はい。シスターエルシアはベル様と前々から交流があったようですから、吸血鬼という存在にも詳しいのかと思いまして……」


 朝食も終わり、屋敷の掃除を一通り終えたノエルは今晩の夕飯の買い物を終わらせた帰りに自分をあの屋敷の家事代行。もとい、メイドに推薦した張本人である天空教会のシスターであるエルシアの元を訪れていた。


 礼拝堂の長椅子に座りながら、そのような質問を投げられるとは思わなかったのかエルシアは意外と言わんばかりの顔をしていた。


「どうして、吸血鬼について知りたいんですか?」


「ベル様が自身の事を名乗る時に吸血鬼のお姫様だと名乗られたのですが、私は吸血鬼について何も知らないので……」


「ああ、あの子。もう自分が吸血鬼であることを名乗っていたのですね……」


 いくらなんでも早すぎると思ったのか、エルシアは呆れから頭を抱えてしまうが、すぐにいつもの彼女に戻る。


「確かに吸血鬼についてはノエルさんよりは知っているかもですが……わたしもそこまで詳しくは知っているわけではないですよ?」


「それでも全然構いません。お願いします。知っていることを教えてください」


 ノエルの懇願に少し困ったような表情を浮かべたエルシアだが、それもすぐにクスリとした笑みへと変化する。


「分かりました。では、ノエルさんは吸血鬼についてどこまで知っているのですか?」


「確か……ベル様が王族という吸血鬼であることと、王族には十三の家系があることは知っていますが、それ以外は特には……」


「分かりました。それではまずは吸血鬼の種類からお話ししましょう」


 エルシアはそう言うと、パンッと隙間なく二回程手を叩く。


 どうして手を叩いたのだろうと疑問に思ったが、すぐにどこからともなくライブラがホワイトボードを持ってこの場にやって来た。


「ありがと、らいちゃん」


「いや、これくらいはなんてことないさ」


 ニコリと笑みを浮かべる神父ライブラとシスターエルシア。この二人はやはり、それなりの付き合いがあるのだろうか? と思いながらも二人はちゃくちゃくと準備を進めていたのか「ノエルさん。それでは授業を始めますよ」という言葉を合図にシスターエルシアは懐に納めていた年代物の眼鏡を掛けた後にライブラから渡された指示棒を手にする。


「あの、シスターエルシア。どうして、指示棒と眼鏡を?」


「雰囲気です」


 それだけのために眼鏡を掛け、指示棒を手にしたことに何とも言えない笑顔を浮かべてしまうが、なんだか久しぶりに学校の授業を受けるようで少し楽しくなってしまう。


「それでは授業を始めますね」

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