本の蟲と彗星のキミ
目下まで伸ばした前髪に、野暮ったい底の厚い眼鏡
そんな私に君は言ったのだ
「君の瞳にはどんな世界が映っているの?」
私にはその問いかけに答えることが出来なかった。
目の前に現れた箒星があまりに眩し過ぎて。答えられなかったのだ。
◇
「これ、全部読むのですか」
うげぇ、と呆れたような声を出した図書室の先生に『はい』と頷く。私の周りにはギッシリと本の山が連なっていた
「そんなにいっぺんに読んだら目を悪くしますよ」
「大丈夫です。視力は既に両目共々、かなり悪いので」
「そういう意味では無く」
先生は溜息を吐くと、無造作に置かれた本を優しく撫ぜた
「蜜葉(みつば)さん、昼休みも放課後も、ずうっと図書室に篭りきりじゃあないですか」
「そうですね」
「勝手に図書室の鍵を無断拝借されてしまうのは困るのです」
先生は拳に緩く力を入れると『流石に怒りますよ』と口にした。
素知らぬ表情で「それはすみません」と謝れば先生は顰めっ面になり、米神に指を当てた
「わたしが口出しできる立場では無いと重々承知していますが、貴方は未だ学生でしょう?ご学友と親睦を深めても良いかと思いますが」
「嫌ですし、居ません。そんな人」
「これから作れば良いじゃないですか」
「作れないんです。だから、放っておいてください」
一冊の本を大切に広げる。分厚いカバーがかけられたその本からは、ずっしりとした本の重みを感じた
燻んだ紙の色が好き
古びた紙の匂いが好き
本の世界は裏切らない
どんな世界へも連れて行ってくれる大好きな本
人間と違って、本は裏切らない。
先生が呆れて図書室から出て行く扉の閉開音を耳にしながら、現実から逃げ込むように私は本の世界に潜り込んだ
◇
陽が山の奥に沈んで、図書室が薄闇に包まれる頃、はた、と現実に帰ってきた。
下に向けていた首をもたげて壁に立てかけてある時計を見れば18時をもう少しで回る頃合いであった
「いやだ、もう、こんな時間」
見回りの先生が来てしまう、続きはまた明日読もう。
読みかけの本に手製の栞を挟んで、図書室のカウンターに無造作に置いた。その時
「だぁれ?こんな時間まで」
「...ひぁ!」
カウンターの真下に誰かが居た。集中して本を読んでいたせいか、気がつかなかった。
その人は夜空の様に美しい青い瞳をぱしぱし動かして、私の姿を黙認すると大きな欠伸をした。
「なぁんだ、誰かと思えば、図書室の本の蟲さんじゃ〜ん」
「え、私、その、あなた」
「あ、僕?僕は興尾 龍星(きょうび りゅうせい)キョウちゃんでいいよ」
そう名乗った興尾龍星という男は『よっと』と口にし、自身にかけていたブランケットから這い出ると、カウンターの真下から出てきた
...男?
「あ、スカート捲れてる、やっば」
金と若干黄緑がかった色をした髪色は私の大好きな人を彷彿させる風貌をしている
『興尾 龍星』学園内では誰もが知っているスーパー有名人である。
テストは必ず満点、頭脳明晰、容姿端麗、進学科に在籍しながらも、その持ち得た頭脳から数多の企業からのオファーも来ているとかなんとか...。
平々凡々な私とは全く別世界の人間...、謂わば天才だった。
(そういえば、私の嘗ての友人も天才に近い人間だったなぁ)
「本の蟲さんさぁー、名前、なんていうの?」
「あ、と、きなこ、蜜葉きなこ(みつば きなこ)」
「ふーん、きなこか。きぃちゃんって呼んでもいい?」
興尾龍星...キョウちゃんは私にずいっと顔を近づけると、私の大好きな人によく似た碧い瞳で言ったのだ。
「...おうじさま」
ぽつり、思わず声が溢れた
ハッとして口を抑えるが時すでに遅し。
キョウちゃんは碧い目をまんまるとさせて口をあんぐり開けた
「王子さま?この僕が?」
「ちっ、違うんです!私の大好きな本に出てくる星の王子さまっていうんですけどね⁉︎そっくりでして!」
「そっくり」
「そう!そっくりなんです!キョウちゃんの髪の毛とか雰囲気とか、その綺麗で澄んだ宇宙のような瞳とか全て!だから、間違えて口からこぼれてしまった、と、いい、ます、か...」
早口に言い訳をするが、徐々に尻すぼみになっていってしまう。だって自信が持てないんだもの
『お前は一生、本の世界に籠っていろ』
頭を一瞬過ったのは失った友人
また、酷いことを言われてしまうのだろうか。引かれてしまうのだろうか
「...すごいね!」
「ぇっ」
「同級生も上級生も大人も、皆未だ心は子供の癖してさー、大人ぶってる割に皆つまんないの!」
「つまんない・・・?」
「口を揃えて『お前の容姿は常人離れしている』『髪を染めるな』『お前の為を思って言っている』『黙って言うことを聞いておけ』だとか、あーもう五月蝿い!こちとら地毛だっつーの!」
ガシガシと髪の毛を掻くキョウちゃんは年相応の女の子で。幾ら秀才だの持て囃されていても、この子も未だ子供なんだな、と勝手に思った
ぽかんとした声で思わず訊ねてしまう
「引かないの?」
「如何して引く必要があるの?きぃちゃんは自分の持っている言葉で一生懸命に僕を褒めてくれたじゃん。正直な子はすき」
「気持ち悪くないの」
「寧ろ嬉しい!」
心臓がとくとくと、小刻みに鳴りだす。
まるで機械仕掛けの壊れた時計が、針がまた動き出したかのような、そんな不思議な感覚
「僕は未だ子供だもん!大人なんかだいっきらいだものっ!」
無邪気に笑う彼女の背後の窓には宵闇が広がり始めていて。
一瞬星がきらりと降ったように観えた。
図書室に籠もりきりの本の蟲の前に現れたのは、星の王子さまみたいな女の子
嗚呼、お星さま、このドキドキの正体はなんですか?
END
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