第41話 1年生の思い
部長選挙の結果を受けて、クラリネットパートの上原
「誠也、知ってた?」
誠也が教室に入るなり、いきなり
「いや、俺もさっき、拓也先輩から聞いたところ」
「ホント、信じられない!」
そう言って、真梨愛は息巻いていた。そんな真梨愛の向こう側、教室の後方には席に座っている
1年生が揃ったのを見計らって、呼びかけ人である慶が話し始める。
「みんな、忙しいところ集まってくれてありがとう。今日の部長選挙について、ちょっと気になる情報を耳にしたので、それを皆で共有したいと思って集まってもらいました」
慶はそう前置きをすると、早速本題を語り始めた。慶の話す内容は、先ほどトランペットパートで拓也先輩が話していたこととほぼ同様だった。
誠也は慶の話を聞きながら、慶自身はいつからこの動きを知っていたのだろうかとふと疑問に思った。慶は今回の騒動の首謀者ともいえる中村
「以上が、私がこれまでに知り得た範囲です。他に何か情報を持っている人はいますか?」
慶が呼びかけるが、特に他の部員から挙手は無かった。
「では、以上を踏まえて、何か意見がある人はいますかね?」
慶がそう言うと、まずは真梨愛が主張する。
「こんな選挙、無効に決まってるじゃない! やり直しよ! こんな裏工作してを混乱に陥れて。何がしたいのかわからない!」
真梨愛の意見に反論する者はいなかった。教室内に沈黙が広がる。多希は下唇を噛んで怒りに震えている。そして、その沈黙を破ったのは、やはり多希だった。
誠也の予想に反して、多希は穏やかに話始める。
「私も真梨愛と同じ意見だわ。自分たちが練習を楽にしたいがために、莉緒先輩の選出を阻止した。そんなことが許される訳がないじゃない。そんなに練習したくないのなら、部活辞めればいいじゃない? なんで真面目にやりたい人たちを巻き込むのよ!」
多希は徐々にヒートアップする。
「この夏のコンクールだって、そうよ。そんな連中がいなければ、支部大会だって行けたはず。他校に負けたんなら仕方ない。でも、なんで同じ部活の部員に足を引っ張られなきゃいけないの? そんな人、コンクールに出る資格なんてないのよ!」
多希はついに立ち上がって叫んだ。
「多希落ち着いて!」
横で誠也が制止するが、多希の耳には届かない。
「それに、その連中の口車に乗せられて、投票した人もこの中にいるんでしょ? 誰なのよ! 名乗り出なさいよ!」
「多希!」
見かねて誠也が立ち上がり、右腕を多希の前に挙げて制止する。しかし、興奮している多希は、その誠也の腕を強く握りしめる。
「ねぇ、誰なのよ! なんで私たちの部活を滅茶苦茶にしようとするのよ!」
泣き叫ぶ多希。多希の爪が誠也の腕に食い込む。しかし誠也は動じず、むしろ穏やかに多希を諭す。
「多希、大丈夫だから。まずは、落ち着こう」
多希の耳元で優しく語りかける。
「誠也……」
多希はその時、初めて隣にいた誠也の存在に気付いたような顔をする。
「大丈夫だから。ね、多希」
「……うん、ごめん」
誠也は多希の背中に左手を回し、ゆっくりと座らせる。多希が座って、ようやく握りしめていた誠也の右腕を離すと、誠也の腕は所々血が滲んでいた。
「誠也、私……」
「大丈夫だから。落ち着いて」
誠也がそう言って微笑むと、多希は左手で誠也の右手を軽く握り、自分の左胸に押し当てて、深呼吸した。誠也はその多希の行動に軽く目を見開く。
(あ、あの、多希さん、俺の手が胸に当たってるんですけど……)
誠也は、場違いだと思いつつも気にせずにはいられない右手の感触に、内心慌てふためいたが、再び訪れた沈黙の中で、この場はどうすることもできなかった。
「そもそも、その裏工作ってのは本当に存在するのか?」
次に沈黙を破ったのは、「黒ヤギ」ことチューバの青柳
「今は様子見ようよ」
誠也が小声で多希にそう言うと、多希は頷き、ついでに手を胸元から下げてくれたので、誠也はとりあえず安心した。
実施に首謀者と推測される2年生は木管楽器が主のため、今回の件も金管と木管とで出回っている情報にも差があるようだ。誠也はたまたま2年生の拓也先輩から話を聞いただけであって、金管パートの黒ヤギから疑問が出るのも、分からなくはなかった。
「えっと、えっと、ごめん、私……」
小さな声が上がった方向に、皆の視線が集まる。アルトサックスの小野寺
「えっと、私、武藤
「小野寺さん、待って」
恵梨香がそこまで話すと、別の方向から声が上がる。佐藤
「多希ちゃん達の気持ちもわかるけど、これはあくまでも選挙でしょ? 誰が誰に投票したかは明らかにするべきじゃないと思う」
しかし、松村
「でも、相手は不正を働いているのよ? ある程度は解明するべきじゃない?」
「まぁ、不正って言えるかどうかだよな」
ここにきてようやく誠也が声を上げると、今度は皆の視線が誠也に集まる。左手で多希の肩を抱き、右手で多希の手を握っている構図に視線が集まり、今更ながらに一瞬怯んだ誠也だったが、構ってもいられなかった。もっとも、その前の興奮状態の多希を皆見ているのだから、そこを気にする生徒はいなかった。
「誠也くんは、これを不正じゃないって言うの?」
そう言う果穂に臆することなく誠也は続ける。
「まぁ、個人的には許せないけどさ。でも、選挙運動だと主張されたらそれまでだよな。『私はまりん先輩を推薦します。まりん先輩に是非、清き一票を』って言うのと何が違うと言われたら、言い返せない」
「誠也?」
再び多希の目に不信感が宿る。多希にしてみたら、味方だと思っていた誠也に裏切られると思ったのかもしれない。
「多希、大丈夫だから。まずは、聞いて」
そう言って誠也は握ったままの多希の手に少し力を込める。
「確かに誠也くんの言う通りだよね」
慶もようやく口を開く。
「いろんな力が働いたにせよ、投票用紙が改ざんされたとか、選挙自体に不正があったわけじゃない。選挙を取り仕切ったのは3年生だしね。そして、部員たちは最終的には自分の責任で投票した訳だから、選挙結果は軽視できないんじゃないかな」
「でも、それじゃやる気のない連中の思うつぼじゃん!」
尚も反論する真梨愛に、パーカッションの関根
「ごめん、俺さ、ぶっちゃけ涼乃先輩と、その後
(奏翔、それは違うと思うぞ!)
まりん先輩のガサツさを誰よりも知っている誠也は、心の中で突っ込みを入れながら少し笑った。
「だから俺は、自分の意志でまりん先輩が部長になったらいいなって思って投票したんだよね」
「でも、まりん先輩もやる気のない連中の一味なんでしょ?」
真梨愛が奏翔に反論する。しかし、今度は誠也が割って入る。
「真梨愛、それは誤解だよ」
「じゃ、なんでまりん先輩がやる気のない連中に推されたの?」
誠也はため息交じりに、真梨愛の疑問に答える。
「まぁ、当てつけだろうね」
「当てつけ?」
真梨愛の目が若干見開く。
「そう。まりん先輩も暗に美羽先輩たちのことを批判してたからね。恐らくその報復も兼ねてまりん先輩が嫌がる部長を押し付けたんだろうね。これでまりん先輩が部活辞めたら、連中にとっては一石二鳥だろうし」
「最低!」
真梨愛の目に再び怒りが宿る。
「ほんとに」
誠也が呆れ顔をする。
再び慶が口を開く。
「現状、選挙で不正があったと断定することは難しいし、実際やり直しも無理だよね。だったら、一度結果が出た以上、私たちがまりん先輩を支持することが、ある意味最大の報復になるんじゃないのかな?」
そう言う慶に、
「なんか~、慶ちゃんの口から『報復』って言葉が出るなんて~、ひまり、びっくり~」
「当たり前よ。私だって相当頭に来てるんだから。でも、論理的に戦わないとね!」
慶はそう言って、こぶしを握り締めた。
「この場は、正式な決を採る場所じゃないから、多数決とかで1年生がみんなで意見を統一する必要はないんだけど、他に意見ある人いる? 全然否定しないから自由に言っていいよ」
そう言って慶が優しい笑顔で発言を促すが、誰も追加で意見を述べる者はいなかった。
「じゃ、今日の選挙結果を支持と言う事で、賛成の人!」
慶が呼びかけると、1年生全員が挙手をした。
「ありがとう。じゃ、今日はこれで解散しましょう。この先、部内で何か困ったことがあったら、まずはみんなで情報を共有することにしましょう。決して一人で悩まないようにね!」
慶がそう呼び掛けて、1年生のミーティングは解散となった。
誠也がえり子たちと教室を出て廊下を歩き始めると、後ろから多希に声をかけられた。
「誠也、今日はごめん」
申し訳なさそうにそう言う多希に、誠也はもちろん、えり子や陽毬たちも笑顔で接した。
「いや、謝ることなんて無いよ。ディスカッションなんだから、言いたいことは言えばいい。まぁ、あまり感情的になっても逆効果なことはあるけどな」
そう言って、誠也は笑う。
「腕、傷になっちゃったね。ごめん……」
多希が心配そうに誠也の腕を見やる。誠也の右腕には、多希が爪を立てた跡が付き、滲み出た血が固まっていた。
「多希、狂犬病の予防注射、打ってるか?」
誠也が意地悪そうに言うと、多希は一瞬怪訝そうな顔をしたのち、眉間にしわを寄せる。
「失礼ね、野犬じゃないわよ!」
そう言って、一同笑った。
音楽室に向かいながら、先ほどの奏翔の発言を思い出した。まりん先輩に投票した生徒も、皆が2年生に言いくるめられて投票した訳ではないようだ。正直、奏翔の発言にはまりん先輩を過大評価している面は否めなかったが、それでも、まりん先輩を認めてくれている人がいる。そして、1年生はまりん先輩を部長として支持する考えで一致した。その事実が、誠也はとてもうれしく感じた。
誠也が音楽室に戻り、えり子と帰り支度をしていると、
「誠也、リコ。ちょっといいか?」
「ほい。どうしました?」
えり子が首をかしげながら答えると、直樹先輩が続ける。
「友梨から二人に話があるんだけど、来てもらっていいかい?」
「はい、大丈夫です」
誠也とえり子は突然の部長からの呼び出しに心当たりもないまま、とりあえず直樹先輩について行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます