第42話 3年生の思い

 混乱の末に結果が保留となった部長選挙。その日の部活終了後、1年5組の教室には3年生の部員たちが続々と集まってきた。皆一様に表情は明るくない。

 

 全員が集まるのを待って、現部長の友梨ゆり先輩が教壇に立った。

「みんな色々忙しい中、集まってくれてありがとう。今日の部長選挙の結果を受けて、私たち3年生の対応を改めて確認する必要があると思って、集まってもらいました。みんなも大方察していると思いますが、あの時まりんが出て行った理由は、単に部長をやりたくないからではないと思います。きっと彼女は、この選挙結果が、一部の2年生……まぁ、名前を出しちゃいますが、美羽みうたちの工作によるものだろうと考えたからでしょう。実際、選挙の前に、私の耳にもそう言った情報は入ってきました。でも、事前に情報をくれたみんなには、基本的には部長選挙は私たちが関与すべきことではないと伝え、静観してきたという経緯はあります。今回、部長選挙が保留という結果を踏まえて、今一度、私たちの部長選挙への関わり方を確認したくて、みんなに集まってもらった次第です」


 友梨先輩がこれまでの経緯を簡単に話と、まずホルンの杉本茜里あかり先輩から質問が出た。

「友梨はこの結果を踏まえても、引き続きこの件に関して3年生は関与しない方針を続けるつもりなの?」

 茜里先輩の質問に、友梨先輩が答える。

「それがヤマセンの方針だし、すなわち部の伝統だからね」

 しかし、茜里先輩は尚も続ける。

「確かに伝統はそうかもしれないけど、今回の件は前例のない非常事態でしょ? やっぱりある程度介入に必要だったんじゃないかしら?」

 教室内がざわつき始める。

 

「茜里が言いたいことは分かるけど……」

 友梨先輩が話し始めたタイミングで、教室のドアが開いた。ミクセンこと萩原未来みく先生だ。

「ごめんなさい、続けて」

 そう言いながらミクセンは静かに教室に入り、一番後ろの席に座った。

 友梨先輩が仕切りなおす。

「私も今回の出来事に関して、部長として責任を感じている。ましてや足元のクラリネットパートの後輩が企てたことだから、パートリーダーとしての責任も痛感してるわ。もし美羽たちの不穏な動きを察知した時点で何らかの介入を行っていれば、莉緒りおやまりん、その他の部員たちも傷つかずに済んだのかもしれないとも思う」

「だったら……。なんでそんなに積極的な関与を拒むの? 伝統だから? ヤマセンの方針だから?」

 茜里先輩は徐々に表情が険しくなる。それに対し、友梨先輩も眉間にしわを寄せながら答える。

「逆に、なんでヤマセンは私たちに関与するなと言うんだと思う? 私もヤマセンに直接聞いたことは無いけど、なんとなく理由は分かる。今私たちが介入したところで、10日後には私たちはいなくなるんだよ?」


 友梨先輩の言葉に対して、3年生の表情に緊張が走る。

「多分みんな、あまり自覚せずに今の部が永遠に続くかのように錯覚している部分もあるかもしれないけどさ、泣いても笑っても文化祭が終われば私たちは部活を引退。それが現実。今、中途半端に介入して10日後にいなくなる方が、余程無責任じゃないかしら?」

 3年生が静まり返る中、友梨先輩が続ける。

「10日後にはもうバトンを2年生に渡さなければいけない。文化祭が終わった翌日からはもう、彼女たちの部活なのよ」

 いつも皆の前に立つときは冷静に、凛とした声色で話す友梨先輩の口調が、珍しく熱を帯びている。

「でも、今はまだ私が部長です。だから私の責任で、3年生は最後まで部長選挙には介入しないことを徹底したいと思うんだけど、みんなはどうかしら?」

 

 皆、友梨先輩の瞳に覚悟を感じ、反対をする者はいなかった。しかし、そんな中、前方の席から遠慮がちに声が上がる。

「ちょっといいかな」

 トランペットパートのパートリーダー、直樹なおき先輩である。

「どうぞ」

 友梨先輩が直樹先輩の発言を促す。

「俺も部長選挙に関しては、友梨の意見に賛成。でも、選挙と後輩のフォローは分けて考えるべきだと思う。今、まりんや莉緒の精神的なフォローはしなくていいのかな?」

 

 再び教室内がざわつく。

「確かにそれは必要だし、私たち3年生の役割でもあるわよね。ただ、やっぱり今後のことを考えると、私たちじゃなくて、できれば2年生で誰か適任者はいないかな?」

 友梨先輩が皆に尋ねると、フルートの西山 はるか先輩が答える。

「1年生だけど、ひまりんは莉緒と一緒の中学校だよね。信頼関係もあるし、ひまりんは見た目と違ってしっかりしている子だから、大丈夫だと思う」

 遥先輩の提案に友梨先輩も納得する。

「確かにな。直樹、まりんは?」

「まりんも1年生の佐藤奏夏かなと中学校が一緒だけど、信頼関係って意味では、リコとか誠也の方が良いかもしれないな。ただ、1年生には荷が重すぎないかね? 美羽たちの標的にされるとか」

 直樹先輩の懸念に、友梨先輩が応える。

「もしそういうことがあれば、私たちの出番でしょう。標的とか言うレベルになれば、それはもはや悪質なイジメでしょ? そうなったら引退とか関係ない。先輩としてしっかり指導すべきでしょう」

「確かにそうだな」

 直樹先輩も納得する。


「じゃ、莉緒はひまりん、まりんはリコと誠也にそれぞれフォローをお願いしよう。そして、何かあったらすぐに私たちに相談するようにって。それでどう?」

「うん、いいんじゃないかな?」

 直樹が答える。

「茜里は?」

「私もいいと思うわ」

 茜里先輩も納得した様子で頷く。

「じゃ、その3人には私から伝えるわ。他に何かある人いる?」

 友梨先輩が皆に問うが、3年生の誰からも追加の発言はないようだ。友梨がミーティングを締めようとすると、ミクセンが声を上げる。

「私から良いかしら?」

 

「先生、どうぞ」

 友梨先輩が教壇を降り、ミクセンに場所を譲る。ミクセンは教室の後方から前に歩きながら話し始める。

「邪魔しちゃってゴメンね。ヤマセンから様子を見てくるように言われてね」

 教室の前方に出たミクセンは、教壇には上がらず教卓の横に立った。

「みんなにとって私は、本当に使えない教員だって思ってるかもしれない。いつもうろちょろしてるのに、質問してものらりくらりとしか答えないし」

 ミクセンがはにかみながら続ける。

「でもね、あなたたちがこれから10日間でやろうとしていることはそう言うことなのよ。今回あなたたちは、凄く良い方針を打ち出せたと思う。積極的な介入はしない。でも、いざという時にはすぐ対応できるよう、1年生のフォロー者を決めておく。きっと今日みたいなディスカッションができたのも、ヤマセンの教育方針の成果かもしれないわね」

 3年生は皆、神妙な面持ちでミクセンの話に耳を傾けた。

「あと、私からのアドバイスとしては、目的を見失わないことね。今回の場合、フォローの目的はあくまで赤坂さんと青山さんの精神面でのフォローでしょ? もちろん青山さんが部長になって、赤坂さんが副部長を引き受けてくれたらベストかもしれないけど、それはあくまで彼女たちが決めることだからね。それは忘れないでね」

「はい!」

 3年生全員の声が揃う。

「私からは以上です」

 そう言って、ミクセンは後ろの席に戻った。その後、3年生の面々は何かあったらすぐに情報共有することを確認し、解散となった。



 3年生が音楽室に戻ると、2年生が数名残っているのみだった。人数に比べカバンの数が多いので、1年生がどこかで集まっていることは容易に想像がついた。

「直樹、私、教官室にいるから、リコたち来たら声かけてもらっていい?」

 友梨先輩は直樹先輩にそう告げると、音楽準備室の隣の教官室に入っていった。

「おっけー」

 直樹先輩は友梨先輩からの申し出を引き受け、音楽室に残った。

 

 直樹先輩が楽器ケースを開こうとすると、2年生の拓也たくや先輩から声をかけられた。

「直樹先輩、まりんから返信ないっす」

 拓也先輩の隣では陽菜ひな先輩が心配そうな表情をしている。

「そっか、ありがとう。まぁ、あまり刺激しても悪いから、まずは返事が来るのを待とうか」

「そうっすね」

 直樹先輩の助言に拓也先輩も同意する。

「あと、まりんのフォローをリコと誠也にも頼むことにしたよ。だから、まりんから返事が来たら、リコたちにも情報流してやってくれ」

「わかりました。なんかすみません、俺たちの学年が色々迷惑かけて……」

 拓也先輩は申し訳なさそうな顔をする。

「いや、拓也が謝ることじゃないよ。それに、選挙で決まったことはみんなの総意だ」

「まぁ、そうなんすけどね……」

 直樹先輩にそうは言われても、やはり拓也先輩の気持ちが晴れることは無かった。


 それからやや暫くして、廊下が少しざわめき始めた。1年生が音楽室に戻ってきたようだ。直樹先輩は、誠也とえり子がなるべく二人になる瞬間を狙って、話しかけることにした。

 

「誠也、リコ。ちょっといいか?」

 直樹先輩が誠也とえり子に話しかけると、二人とも怪訝そうな表情で直樹先輩を見る。先に反応したのはえり子の方だ。

「ほい。どうしました?」

 えり子が首をかしげながら答えると、直樹先輩が続ける。

「友梨から二人に話があるんだけど、来てもらっていいかい?」


 誠也とえり子が直樹先輩に連れられて音楽教官室に入ると、中には友梨先輩と遥先輩、そして陽毬ひまりがいた。


「ごめんね、帰るところ呼び出しちゃって」

 友梨先輩が誠也とえり子に気遣って声をかける。

「いや、全然大丈夫です」

 誠也が答えると、友梨先輩は少し笑って早速本題に入った。

「今、あなたたちに来てもらったのはね、3人には莉緒とまりんのフォローをお願いしたいと思ってね」

 それを聞いた誠也たちは、一様に驚いた。

「俺たちが、フォロー……ですか?」

 戸惑いながらも誠也が友梨先輩に聞き返す。

「そう。さっき3年生で色々と話してね。3年生も色々な意見があったんだけど、私たちはこれまでと同じように、選挙結果については1・2年生の自主性を尊重して、干渉しないことにしたの。ただ、莉緒とまりんに関しては、精神的にもフォローが必要だと思ってね。だから、あなたたちには彼女たちのフォローをお願いしたいのよ」

 友梨先輩が簡潔にそう話すと、今度はえり子が質問する。

「フォローっていうと、私たちは具体的に何をすればよいですか?」

「私がお願いしたいのは、彼女たちの様子を教えてほしいことくらいかな。それ以外、あなたたちが彼女たちにどうかかわるかは任せるわ。それに私たち3年生がかかわった方が良いかどうかは私たちが判断するから、あなたたちは適宜、彼女たちの様子を教えてくれると助かる」

「なるほど~。わかりました~。お役に立てるよう、頑張ります!」

 陽毬が少しおどけて敬礼すると、友梨先輩は笑って言った。

「よろしく頼むよ!」


 ♪  ♪  ♪


 帰りの電車の中、誠也は大きなため息をついた。スクールバスを降りるまで、どこで誰が聞いているかわからなかったため、部活の話題を話すことはできなかったが、電車に乗って周囲を見回し他に同じ高校の生徒がいないことがわかると、少し気が抜けた。

「しかし、大役を担っちゃったよな~」

 誠也はこわばった筋肉をほぐすように伸びをする。

「まぁ、それだけ友梨先輩に信頼されていると思うべきかしらね」

 そう言って、陽毬が微笑む。

「対応は任せるって言われたけど、どうしようかね」

 えり子が早速この後の作戦について考え始める。

「とりあえず、莉緒先輩は多分明日以降も部活に来ると思うから、ひまりんは接触しやすいよね」

「そうだね」

 誠也の話に陽毬も同意する。

「問題は、まりん先輩だな。明日来てくれるかなぁ~」

 そう言って誠也は頭を抱える。

「まりん先輩が明日来てくれれば、まずはどんな様子かを窺ってからよね。もし来なければ……、拓也先輩がLINEしてるはずだから、その結果も知りたいし、まずは先輩たちと情報交換かしら」

 そう言うえり子に、誠也はため息交じりに同意する。

「そうだね。ただ、うーん、どうだろう? 明日土曜日だし、まりん先輩、部活来ない気がするな~」

 

 明日、まりん先輩が部活に来る可能性は低いと判断し、来なかった場合の対応を考え始める誠也だった。

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