第25話 最初の夏休み

 7月20日木曜日。昼下がりの音楽室は、吹奏楽部員たちで活気づいていた。今日は1学期の終業式。授業は無く、午前中で終業式も終了。いよいよ明日から夏休みが始まる。野球部は残念ながら昨日の試合で、僅差にて敗退。今日から吹奏楽部は8月5日のコンクールに向けて最後の追い込みである。

 部活開始時のミーティングが終わると、いつものように授業隊形のレイアウトを合奏隊形に変更する。今日以降、8月末まで授業隊形のレイアウトに戻すことはない。音楽室も臨戦態勢だ。


 

 午後5時、部活終了。誠也せいやは今日もえり子をはじめ、いつものメンバーで帰宅する。

「うにゃ~! 平日なのに、こんなに早く帰られの、嬉しいね~」

 バスの中で、えり子がひまわりの様な笑顔を、いつもにも増して輝かせている。

「折角だから、1学期の打ち上げしちゃう?」

「いいね! 賛成!」

 

 陽毬ひまりの提案に、満場一致で打ち上げ開催が決まった。会場はいつも通り、陽毬のいとこが経営するイタリアンレストラン、「Osteriaオステリア La Gemmaジェンマ」だ。

 

「たっくんにLINEしとくね」

 陽毬がいとこの「たっくん」に早速連絡し、予約をしてくれる。

「いつもお世話になってるけど、大丈夫?」

 誠也が心配して陽毬に尋ねる。このメンバーで度々お店を利用させてもらっているが、いつもファストフード店並みの値段でおいしい食事をご馳走になっているので、誠也はかえって恐縮していた。

「うん、大丈夫。心配しないで」

 そう言って、陽毬は誠也に小さくウインクした。


 

「それではみなさん、1学期お疲れ様でした~! かんぱ~い♪」

 お洒落なイタリアンレストランでお酒を楽しむ大人たちの空間で、今日も場違いな高校生の声が響く。

「やっぱり、夏休みはいくつになってもワクワクするよね!」

 夏鈴かりんの退部の一件で最近元気の無かった奏夏かなも、今日ばかりは笑顔がこぼれる。

「うにゃ~、そだね! 折角の夏休みだから、思いっきり楽しまないとね~」

 えり子は大好物のチーズハンバーグを食べながら、幸せいっぱいでとろけそうな笑顔をしている。

「でもさ、3年生の先輩たちは大変そうだよね。部活と並行して受験勉強だもんね~」

 萌瑚がそう言うと、誠也も同意する。

「そうだよな。2年生も、まりん先輩みたいに特進クラスで進路が明確な先輩は、もう将来の進路を視野に入れた勉強してるもんなぁ……」

 先ほどまでの浮かれた雰囲気に若干のブレーキがかかったところで、陽毬が皆に問いかけた。

「みんな、将来の進路とかって、もう考えてるの?」

 

「進路かぁ……」

 誠也が考えこむ横で、えり子が笑顔で陽毬に問いかける。

「ひまりんは、やっぱりアイドル希望なの?」

「うーん、当面はアイドルやっていくつもりだけど、その先はドラマとか映画とかにも出てみたいな~って思ってるよ」

「ほげ~! しゅご~い!」

 それを聞いてえり子の笑顔が更に明るくなる。


「そういうリコは? 将来何になりたいの?」

 今度は陽毬がえり子に問う。

「私はね、学校の先生を目指してるんだ」

 相変わらずの笑顔で答えるえり子に、奏夏が問う。

「小学校? それとも中学校とか?」

「うにゃ~、まだ決められてないんだよね。小学生の時は小学校の先生に憧れてたし、中学校の時は中学校の先生になりたいなって思ってたし……」

「あー、わかる!」

 萌瑚も同意する。


「さかなは?」

 えり子が奏夏に話題を振る。

「私はまだ漠然としてるんだけど、医療とか介護系の仕事に就きたいと思ってるんだよね」

 奏夏が少し控えめに答える。

「素敵じゃない! 大事なお仕事よね」

 陽毬が奏夏に笑顔で答える。


「萌瑚ちゃんは声優だもんね!」

 えり子が言うと、萌瑚も控えめに答える。

「まぁ、一応ね。なれたらいいなとは思っているよ」

「そんな弱気じゃだめだよ~。もっと自信もっていかないと~」

 陽毬が力強く萌瑚を応援する。


「誠也くんは?」

 萌瑚が今度は誠也に話題を振る。

「俺は……、まだ具体的には考えてないんだよね」

 誠也がはにかみながらそう言うと、えり子がそれに反応する。

「あれ? 片岡はラジオDJになりたいんじゃなかったの?」

「そ、それは夢って言うか、憧れって言うか……、進路みたいのとは違うと言うか……。ってゆうか、お前、人の夢をバラすなよ!」

 誠也は内に秘めた思いを思わぬ形でえり子に暴露され、戸惑いを隠しきれなかった。

「ラジオDJも素敵じゃない! 夢はね、他人に言った方が叶うって言うよ」

 陽毬がフォローに、誠也もとりあえず納得する。

「まぁ、叶うといいんだけどね」


 その後もお互いの将来の夢について暫し盛り上がった後、陽毬が不意に語りだす。

「それにしてもさ、先輩とか見てて思うんだけど、みんな結構まじめすぎるよね。みんなもっと楽しめばいいのにって思う」

「逆に、陽毬ちゃんは部活もやって、アイドルもやって、凄すぎるよね」

 誠也は思わず感心して言うが、陽毬はまだまだ楽しみ足りないらしい。

「でもさ、貴重な高校生活最初の夏休みだよ? 部活以外にも何か楽しみたいじゃん!」

「そうだね! 人生で3回だけのJKの夏休みだもんね!」

 えり子も目を輝かせて賛同する。

 

「え? 海とか、プールとか行っちゃう?」

 奏夏が乗ってくる。

「う~ん、それもいいけど、何かこの夏、コレやったっていうもの、やりたくない?」

 陽毬が身を乗り出してくる。

「え? それって、部活じゃないの?」

 誠也が冷静に指摘すると、えり子から目を輝かせて言う。

「部活だけじゃつまらないって話よ。JKの夏休みをもっとエンジョイするのよ!」

「そんなこと言ったって、俺JKじゃないし……」

「片岡も、DKの夏、エンジョイしようよ!」

「DKって、何だよ……」

 

 誠也はどうも女子たちの盛り上がりについて行けない様子だった。

「ほら、男子高校生の青春って言えば何?」

 陽毬に突然問われ、誠也は考えたが何も浮かばない。

「うーん、何だ? そんな『よし、バンドやろうぜ~っ!』みたいなこと、浮かばねーよ」

「え? バンド?」

 陽毬が微妙な表情をする。

「あ、ごめん。今のは適当だけど……」

 さすがに適当に答えすぎたと反省する誠也に対し、陽毬はパッと表情を明るくする。

「面白いね! バンド!」


「ちょっと待って。俺たち、ブラバンのメンバーで、更にバンドって無いだろ」

 誠也は自分が言い出したこととはいえ、それはあり得ないと思ったが、既に陽毬の想像は膨らむ。

「確か、文化祭のステージ、まだ枠が余ってるらしくて募集してたから、バンド組んで出演しようよ!」

「うにゃ~! しゅご~い!」

 えり子が大きな瞳を更に見開いて興奮している横で、誠也は頭を抱えた。

(おいおい、さすがに無理があるだろうよ……)

 

「でもさ、文化祭のステージって、軽音部も出るんじゃないの? 被っちゃって大丈夫?」

 奏夏が心配する。

「その前に、そのステージ、吹奏楽部うちらも出るだろ」

 誠也が冷ややかに突っ込みを入れるが、えり子の耳には届いてないらしい。

「大丈夫よ。軽音部なんて、きっと毎日部室でお茶飲んでるだけだから」

「おい、えり子。偏見がひどすぎるぞ」

 誠也が一応突っ込むが、すでに蚊帳の外である。

 

「私、ギターならちょっと弾けるけど、みんな、何か楽器できる?」

 陽毬が早速、パート決めに入る。

「私は楽器はちょっと……」

 えり子が遠慮がちに言う。

「さかなちゃんは?」

「私も、残念ながら……」

 陽毬が問うと、奏夏も首をすくめて応える。更に陽毬が萌瑚に振る。

「萌瑚ちゃんは?」

「楽器は、ユーフォしか……」

 萌瑚も申し訳なさそうに答える。

「ユーフォはちょっとね……」

 これには陽毬も苦笑いである。

 

「誠也くんは?」

「俺は……遠慮するよ」

 陽毬の誘いを断った誠也に、えり子がふくれっ面で抗議する。

「片岡! 折角のJKの夏休みをエンジョイしたくないの?」

「だから俺はJKじゃないっつーの! 俺は……、なんか裏方でいいわ」

 そう言う誠也に、奏夏も同調する。

「私も他に楽器できないし、裏方希望で……」

「えー? さかなも?」

 えり子は口をタコのように尖らせる。

「私も裏方希望で……」

 遠慮がちに萌瑚がそう言うと、えり子の表情が再びパッと明るくなる。

「そうだ、萌瑚ちゃん、ピアノ弾けるからキーボードで!」

「え~! 私バントとか自信ないよ。しかもそういう目立つのはちょっと……」

 伏し目がちにそう言う萌瑚に、陽毬が問いかける。

「でもさ、萌瑚ちゃんは将来、声優になりたいんでしょ? だったらいつまでも裏方じゃダメなんじゃない?」

「そうだけど、まだ自信ないし……」

 そう言って視線を落とす萌瑚に、陽毬は遠慮なく続ける。

「じゃ、いつから声優になる準備始めるの?」

「え?」

 萌瑚が不意に顔を上げる。

「私たちと同じ高校生でデビューしてる声優さんもいっぱいいるんだよ? 機会があったら迷わず挑戦しないと!」

「う、痛いとこ突かれた……」

 そう言って、萌瑚はうなだれる。

「じゃ、萌瑚ちゃんはキーボード決定ね! あとベースとドラムが欲しいわね」

 陽毬が構わず続ける。

「ドラムは、パーカスの子、誰かやってくれないかしら?」

 奏夏がそう言うと、えり子も同調する。

柚季ゆずきちゃんとか、いいんじゃない?」

 えり子の提案に陽毬も賛同する。

「確かに! ルックスも可愛いしね~。そうなると、ベースはコントラバスの遥菜はるなちゃんかな」

「うん! イメージぴったり!」

 えり子も大きくうなずく。

 

「で、リコはあとヴォーカルしか残ってないけど、いい?」

「ほげ?」

 陽毬に指摘され、えり子は途端にぽかんとした表情をする。

「うにゃ~! それはちょっとやばいよ~! みんなかわいい子揃いだし~」

 突然自信なさげに慌てだすえり子に、陽毬は笑って言う。

「大丈夫だよ。リコのルックスなら全然OKだよ! ね、誠也くん」

「お、おう。えり子も十分可愛いって」

 突然振られ、誠也は驚きつつも、答えた。

「そりゃ、片岡は私の一番かわいいところを知ってるから、そう言うかもしれないけどさ~」

 なぜかテンパっているえり子に、誠也は冷ややかに言う。

「お前、今、サラッと凄いこと言ったぞ」

 誠也の一言に、えり子以外は爆笑した。

「しかも、ヴォーカル指名されて、歌よりも見た目気にするってどーよ」

 奏夏も追い打ちをかけるように指摘し、更に笑いに包まれた。


 なんだかんだと言いつつヴォーカルはえり子に決まり、ベースとドラムは明日、直接本人に交渉してみることとなった。

「よし! 私たちの新しいバンドに乾杯しよう!」

 陽毬の声掛けに、皆、グラスを持ち上げる。

「じゃ、ヴォーカルのリコ、よろしく!」

 陽毬の振りにえり子が調子よく応えるが……。

「それでは、私たちの新しいバンド……、そうだ、名前決めないとね」

 えり子がそう言うと、みんな、グラスを持ったまま、拍子抜けで苦笑する。

「バンド名か……。それはちょっと決めるの時間かかるね」

 苦笑する陽毬の横でえり子が腕を組んで考える。

「うーん、『放課後コーヒータイム』とか」

「それ、パクリだろ!」

 誠也の突っ込みにえり子が反論する。

「オマージュよ!」

「都合よく言い換えやがって……」

 しかめっ面の誠也に、今度は奏夏がいたずらっぽい笑顔で提案する。

「ひらがなで『ぶらばん!』とかね」

 誠也が呆れながらも律儀に突っ込む。

「みんな軽音のイメージが偏ってる! 一旦、から離れようよ」

 いい加減、グラスを持つ手も疲れてきた。

「まぁ、とりあえず、乾杯しましょ」

 そう陽毬が促すと、えり子が再び音頭をとる。

「それでは、私たちの新バンド……、『アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ』に……」

「コラ、えり子! メニュー表から勝手に名付けるな~」

「かんぱ~い!」

 皆、満面の笑みでグラスを合わせた。


 明日からいよいよ高校生活最初の、そして一生に一度きりの、高1の夏休みが始まる――。

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