#34 鬼面に誓う


 夜の歓楽街で起きた騒ぎは“いつものこと”と処理され、人々は自らの腹を満たし、喉を潤すために屋台へと戻っていった。

 商業街区の建物の一つ、周囲を見渡せる高い建物から騒ぎの収束を確認していたタロスとトラマルは屋上から降り、暗がりにじっと身を潜めて何かを待っていた。


 その前に、影のような気配が近づく。その数、二つ。

 ホテルからの物資配達を任された、特務機関スサノヲの隊員たちだった。

 無言のまま二人の前に重厚な装備ケースを置き、短く会釈して、彼らはまた夜の闇へと溶けていく。


「敵の位置は捕捉しているな。急ぐぞ」

「はいっス」


 タロスが全長二メートルほどのケースの金属の留め具を外すと、冷たい夜気に混じって鉄と油の匂いが広がった。

 躊躇なく防弾スーツを引き抜き、汚れた私服を脱いで順に身に纏っていく。

 しなやかでありながら異様なほどの防弾性を誇る素材が義肢と肉体の境目を覆い、素肌を覗かせる余地を与えない。


 関節部を守る黒と真紅のアーマーを一つずつ嵌め込み、固定具を指先で確かめながら締める。

 金属の噛み合う音が小さく響き、シルエットが次第に戦士のそれへと変わっていく。

 右腰に小太刀『護國』を佩き、右腿のホルスターにHK45を差し込む。

 左右の腿と腰にはクナイを手際よく装着し、背へ垂直に懸架する大太刀『禍叢雲剣』を両手に取る。

 鞘走りの音とともに刃を引き抜くと、街灯の淡い光を受けた刃文が八対の眼にも見える意匠を焔のように揺らめかせた。


「我が忠誠を……天帝の御前に誓う」


 胸奥に燃え上がる熱は言葉にできぬまま、タロスは大太刀を高く掲げ、祈るように、誓うように瞼を閉じた。

 やがて刃を収め準備を終えると、隣ではトラマルが軽やかに装備を整えていた。


 袖を切り詰めた黒装束は、一見すれば柔らかな布だが、撫でれば冷たい鋼の芯を感じさせる。

 薄闇に溶け込みながらも、防弾性と防刃性を備え、小柄な体を締め付けすぎることなく動きを引き出す。

 左腕の赤い機動義手『シナトベ』が低く作動音を漏らし、関節部の金属筋が鈍い光を返す。

 指先がわずかに動くたび、その光が路地の壁に赤い稲光のような筋を描いた。


 背には身長ほどもある戦扇『鬼風扇』。

 黒漆塗りの骨組みと鋼板の扇面が折り畳まれ、背負い具にぴたりと収まる。

 金具を指先でなぞり、弛みがないことを確かめる。

 腰のホルスターにはタロスのものと同じ無骨なHK45を差し、短く調整した二刀小太刀『護國・鬼太鼓』を柄頭が互い違いになるよう背中寄りに装着する。

 鞘口がかすかに触れ合い、細い金属音を残す。

 さらに衣の各所には、手探りでしか気づけぬ位置にクナイが潜む。

 布越しに触れれば、冷たい刃の輪郭が指先を走った。


「……タロス隊長との任務、久々っすね。相変わらずの気迫に身が引き締まるっす」


 軽く笑みを浮かべながらも、その手の動きに無駄はない。今までの無邪気さは息を潜め、その目には静かな殺意と忠義の炎が揺らめいている。


「これは誅滅である。心せよ」


 タロスは短く返し、互いの装備を目で確認する。


 そして二人は最後の工程に手を伸ばす。

 タロスは右、トラマルは左。顔の側面に当てがわれた鬼面が静かな音を立てて装着された。

 途端に路地の空気が重く沈み、肌を刺すような圧があたりを支配する。

“鬼面を見た者は死ぬ”その所以が、理屈ではなく本能で理解できた。



 装備の装着を終えた二人は、無言のまま通信端末を操作し、トラマルが取り付けた発信機の位置を探った。

 所属不明の敵の位置を指し示し、規則的に発信を続ける光点だが、その座標は商業街区ではなく、上層街区の奥まった一角を示していた。


 タロスは眉間に皺を寄せ、地図データを拡大する。そこに記された施設名に、わずかに目を細めた。

 それは九龍貿易商会が所有する建物だったが、倉庫でも事務所でもない。重役や政財界の高官をもてなすための、きらびやかな迎賓館の一つ。本来、武装勢力が立ち入るはずのない場所だった。


 「武器の密輸入」、「國への不満」、「決起の時」……これまで断片的に耳にしてきた言葉が、発信機の位置と重なっていく。

 頭の中で線が引かれ、ひとつの輪郭を結ぶ。


 「たいちょー?」

 「クーデターか……愚かな」


 低く吐き捨てた声は、夜の闇に吸い込まれて消えた。

 やがて視線を隣のトラマルへ向ける。その瞳は冷徹に研ぎ澄まされ、迷いを欠片も宿していない。


 「九龍貿易商会に國家叛逆の疑いあり。特務機関スサノヲ、任務を遂行する」


 トラマルが力強く頷き、装備の留め具を確かめる。

 次の瞬間、二人は上層街区へ向け、夜の街を駆け出した。



 発信機の信号は、上層街区の下部。リージョナルタワー建設の初期に作られた街区を指し示していた。

 やや古めかしい高層ビル群の背後に、整然と区画が並ぶ静謐な一角が広がっている。


 街路は黒い御影石で舗装され、等間隔に並んだ街灯が夜気の中で冷たい光を放っていた。

 舗道の縁には手入れの行き届いた本物の植栽が並び、風が梢をわずかに揺らすたび、淡い影が石畳の上に滲んでは消えていく。

 車の走行音もほとんど聞こえず、喧騒とは無縁の場所だった。


 タロスとトラマルは、道を挟んだ反対側の路地に身を潜め、正面の建物を見据えた。

 正門横に掲げられた建物名称は、九龍貿易商会・第三十三迎賓館。


 白亜の外壁は半世紀近くの風雪を経てもなお輝きを保ち、玄関前の階段には左右対称に獅子の石像が鎮座している。

 アーチ状の大扉は青銅の光沢を放ち、欄干や窓枠には往時の職人技を物語る繊細な装飾が刻まれていた。

 フィーアリージョンが建設された当初、この館は國の重鎮や大企業の要人を迎えるための顔として、連日華やかな宴が開かれていたのだろう。


 だが今では、その栄華はとうに過去のものとなり、施設も形式的に維持されるだけの存在であったはずだった。

 そのはず、だった。


 数多の窓から光が漏れ、庭園の芝は刈り揃えられ、正門には護衛らしき影が頻繁に出入りしている。

 中庭の奥では、黒い車両が静かに停車しており、ヘッドライトの反射が時折、建物の壁面をかすめた。


 「取り付けられたのは発信機だけか。盗聴器や各種センサー類はどうだ」


 タロスの問いに、トラマルは唇を尖らせ、わずかに肩をすくめる。


 「あの一瞬じゃ発信機の設置で精一杯だったっす。技術部の人らにお願いして装備変更するっすか?」

 「いや、機構を複雑にすると堅牢性が犠牲になる。必要十分だ」


 短く応じると、タロスは視線を建物の一階隅へと移した。

 幾つもある明かりの灯った部屋の中では、カーテンから漏れ出る光量のやや少なめな一室に指先で示し、声を落とす。


 「……あそこを見ろ」


 その窓下に、不自然に増設された大型の空調ユニットが見える。

 それはすなわち、空調機器を増設するほどの熱を発する何かが運び込まれた。ということ。

 つまり、内部にはサーバーや通信機器が収められている可能性が高い。タロスはそう睨んだのだった。


 見張りの巡回の死角を計算し、二人は路地を抜け、建物脇へと移動する。

 外壁に沿って身を伏せ、窓下の暗がりへ滑り込むと、タロスは腰から一本の黒いクナイを引き抜いた。


 義手の指先が、無音のままクナイの刃先を滑らせた。

 切断線が窓ガラスに白く浮かび、慎重に一筋の線を描く。

 最後の一点を切り終える直前、内側から金属靴の小さな擦過音が響いた。

 ちょうど良くそよいだ夜風が、カーテンの裾をゆらゆらとはためかせた。

 室内の薄闇で、人影に僅かな動きがある。


「おい、誰か窓開けたか……?」

「俺じゃねぇよ。開けんなっつったろ。テメェ閉めとけ」

「……ったよ。ウゼェな」


 窓が開く瞬間を待ち、タロスは息を止めた。

 反射的に開いた隙間から、油断した顔が覗く。

 クナイが下から掬い上げるように走り、刃は無言で喉元から後頭部へ抜けた。

 抵抗の暇もなく、男の身体が軋んだ窓枠に寄りかかり、そのまま外へ崩れ落ちる。

 血の温度が一瞬、手首に伝わった。


「行け」


 背後に控えていたトラマルが、低い姿勢のまま素早く滑り込む。

 猫のように軽やかな足取りで床を駆け、室内で唖然とする男たちに刃を閃かせた。

 息を呑む声が上がる前に、首筋や心臓を正確に突き、影のように次の標的へ移る。

 倒れたテロリストの体から漂う血の匂いと、埃っぽい古木の香りが混ざった。

 廊下側の扉へ跳びつき、内鍵を掛け、金属バーを落とす音が響く。


「……片付いたっす」

「よくやった。外を警戒しろ。誰一人通すな」

「了解っす、隊長」


 タロスは窓のシャッターを引き下ろし、部屋の全景を一瞥する。

 厚手のカーテンは半ば閉じられ、古びた絨毯の上には重厚な机が鎮座していた。

 机上には端末群と記録メディアが乱雑に置かれ、ランプの橙色の光が細い影を作っている。

 空気は微かに湿っており、室内の古さを物語っていた。


 タロスは椅子を回し、端末の電源を入れた。

 義手の指先が滑らかにキーボードを叩くたび、ファンの低い唸りが響く。

 裏帳簿、輸送先リスト、武器の搬入経路。どれも國家叛逆の罪としては致命的な証拠だった。

 しかし、彼の眉が僅かに動いたのは、その整然とした準備の異常さだった。


(……若い私兵の独断にしては、あまりに整いすぎている)


 削除されたログを遡り、断片的に残されたメールや画像を拾い上げる。

 背後からはトラマルの靴音が、一定の間隔で床を踏む音として響く。

 外の様子をうかがうその耳は、わずかな異変も逃さないよう研ぎ澄まされている。


「隊長、足音多数っす。まだここはバレてないっすけど……時間の問題っす」

「まだしばらくかかる。反応を探り、変化があればすぐ報告せよ」


 タロスは短く命じ、奥歯を噛み締めた。

 本来の目的は、不穏分子の排除だけで足りるはずだ。

 だが、胸の奥に鈍く沈む違和感が、指を止めさせない。


 復元作業の進捗バーが最後まで達し、一つの動画ファイルが現れた。

 再生ボタンを押す。


 暗い倉庫に整然と並ぶ密輸武器の山。

 その前で冷ややかに指示を飛ばす、武者然とした赤き鎧の大柄な男の姿。


「……オウゼン」


 低く押し殺した声が零れる。


 十年前、人型機動兵器『神威』を駆り天帝へと叛逆の刃を突きつけ、だがタロスによって阻まれ逃げおおせ、そしてタロスの半身を奪った護帝機関アマテラス“朱雀”の元隊長。

 表舞台から姿を消し十年もの間行方を掴ませなかった男が、画面の中で生きて動いている。


 カメラが横へ移動し、さらに一人の影を映す。

 全身を漆黒の鎧に包んだ【鎧の男】。


 全てが繋がる。

 オウゼン、鎧の男、常闇の抱擁者は同じ陣営にある。


「隊長! ヤバいっす! もうすぐそこまで来てる!!」

「時間が足りぬ……」


 証拠の全てを確保するには、あと数十分は必要だ。

 だが、迎賓館の主も押さえねばならない。

 守るか、攻めるか。逡巡するタロスの胸元で、携帯端末が短く震えた。


 震えた携帯端末を手に取る。

 画面の光が薄暗い室内に浮かび、そこには近頃“数奇な縁”と“任務以外の事情”で連絡先を交換した、スサノヲ以外の知り合いグループからの通知が並んでいた。

 本来なら今、この状況で目を通すべきものではない。戦闘の足音は、すでに廊下の奥から確かに響いている。


 しかし、表示された一文を認識した瞬間、タロスの呼吸がひとつ浅くなる。

 視界が狭まり、耳に届くはずの周囲の物音が遠く霞んだ。

 メンバーの一人であるヒューズが、黒い装甲の兵士と交戦し、それを乗せた輸送船を破壊したとある。


 あの黒い兵士。

 トラマルと共に出会い、発信機を取り付け、ここまでの道のりを示してきた、不穏な存在。

 偶然にしては出来過ぎている。

 だが、降って湧いたこの敵との戦闘データは、たとえ僅かだとしても生存と効果的な戦術を組む上で貴重な一雫だった。

 タロスは指先を走らせる。


《タロスだ。今、別の任務で追跡している者らに酷似している。詳細な情報を求めたい》


 送信から数秒。

 ヒューズからの返答と共に、映像と静止画のデータが端末に流れ込む。

 戦闘中の激しい揺れでフレームがぶれ、その隙間から覗く敵の輪郭が、タロスの記憶にある像と重なっていく。

 装備の形状、挙動、わずかな癖。ひとつひとつを脳裏で照合するたび、曖昧だった輪郭が濃くなっていく。

 そして最後の瞬間、頭の奥で確信が爆ぜた。


《受信した。彼奴等、間違いない。【鎧の男】に連なる者共だ》


 短く打ち返し、端末を腰のポーチにしまい込む。

 彼らには、この一夜を凌いでから説明すればいい。捕縛し、情報を吐かせねばならぬ理由が、タロスにもあった。

 すぐに現実が押し寄せる。


 ドアの前では、トラマルが全身を反らせ、両脚を床に踏み締めていた。

 断続的に叩きつけられる衝撃が蝶番を悲鳴させ、金属の軋みが室内に響く。

 隙間の向こうで、複数の影が揺れていた。

 鋼の光沢を放つ銃口、壁に反射する光。

 小柄な体に似合わぬ力で押し返し、歯を食いしばるトラマルの頬を汗が伝う。


「合図と共に扉を開け。私は正面から、貴公は側面から、テロリスト共を食い破る」


 背面の鞘から、大太刀が音もなく引き抜かれる。

 まるで生き物かのような艶かしく鈍い光が白い刃に走り、タロスは静かに構えを取った。


 視線が交差する。

 互いに呼吸を合わせ、次の一瞬を測る。

 規則的だった衝撃がひときわ大きくなり、蝶番が悲鳴を上げた直後、タロスが短く顎を引く。

 それが合図だった。


「開け!」


 トラマルが身体を捻り、扉を一気に引き放つ。

 体当たりの直前に障害物を失った敵が、勢いのまま雪崩れ込む。

 わずかに浮いた足元、崩れた姿勢。

 その中心に、白閃が走った。


 斬撃は一息のうちに二歩を駆け抜け、首筋を断ち切った。

 肉が裂け、骨が砕ける音が室内を震わせ、血の霧が宙に弾ける。

 赤黒い飛沫は壁に散り、肉体は音もなく崩れ落ちていった。

 悲鳴と断末魔が、サーバールームの密閉空間に重く響き渡った。


 タロスは、血を噴き出しながら崩れ落ちる敵に一瞬だけ視線を飛ばす。

 服装、装備、その立ち居振る舞いからして、九龍貿易商会の若衆。下位構成員で間違いない。

 

 振り抜いた勢いを殺さぬまま、更に一歩踏み込み、横薙ぎの一閃を放つ。

 全長一・八メートルの大太刀は、サイバネ化されたタロスの人間離れした膂力によって、刃が触れたもの全てを僅かな抵抗すら許さず、横一文字に両断していく。


「トラマル!」

「あいさー!」


 呼応して、タロスの側面からトラマルが躍り出た。

 両手に握られた護國・鬼太鼓が逆手に構えられ、押し寄せる敵兵の急所を正確に穿ち、刃は血管を断ち切るたびに命を奪った。

 刃が肉を裂く感触と共に、短い断末魔が空気を震わせる。 動きを止めれば囲まれる。そうなる前に、トラマルは飛び退き、再びタロスの影へと潜んだ。


 足元に積み上がる屍が、赤黒いぬかるみを作る。

 たちまち室内に血と臓物の臭いが充満し、呼吸を重くする。

 敵の足が竦む音が聞こえるほど、空気は冷たく張り詰めた。


 出鼻をくじかれた敵が、その場に立ち尽くす。

 次の瞬間、照明の明滅に合わせ、血煙の向こうに“それ”が浮かび上がった。

 白と朱を塗り分けられた鬼の面。

 無機質でありながら、生者を睨み据えるような眼窩の暗闇。死そのものの象徴が、そこに立っている。


「……と、特務機関……スサノヲ……」


 誰かが掠れ声で呟いた。

 小さなその声が、まるで波紋のように隊列へと伝わっていく。

 背筋を駆け上がる悪寒。心拍が乱れ、喉が渇く。

 恐怖という名の毒が、群れ全体へと一瞬で回り始めていた。



 突入してきた第一陣を退けたタロスとトラマルは、扉の前で恐れ慄き、二の足を踏む九龍貿易商会の下位構成員へ断罪の刃を突きつけた。

 床には首や腕、脚が無造作に転がり、血と臓物が放つむせ返る臭いが迎賓館を満たしている。

 空気は重く湿り、喉の奥に鉄と脂の味が貼りついた。

 大太刀を構えたタロスが、凍りつくような声音で問う。


「問う。貴公らの主の目的は如何に」


 沈黙。

 誰もが、その圧に言葉を封じられていた。


「黙ってちゃわかんねーっすよ!」


 トラマルが一歩踏み出し、唇の端を吊り上げる。


「アンタらのクソみたいな親玉が、バカみたいに武器を集めて何企んでるか……吐けって言ってんスよ!」


 その一言で、空気が裂けた。

 殺気が膨れ上がり、超振動短ドスや超合金製のカタナを握る手が震えるほどに力を帯びる。


「我らの“御帝”になんて口聞いとんのやダボがぁ!」

「強き國の為にィィィ!」


 咆哮とともに、鉄砲玉のような突撃。

 タロスは刃をいなし、肉を断ち、鮮血を払う。


「ここを任せる。一人も通すな。私は首級を捕える」


 データの確保には数十分を要する。

 その間、押し寄せる敵を副官一人で抑えるという意味を、トラマルは理解していた。


「任務拝命しました、隊長」


 その笑みは、猛火の中で笑う鬼のよう。


「我が武威をご照覧あれ、っスよ」


 タロスは無言で頷く。

 次の瞬間、サイバネ化された脚力が床を砕いた。

 破片と血潮を巻き上げ、タロスは敵の頭上を飛び越える。

 空を切り裂く一閃が袈裟懸けに敵を両断し、迎賓館の奥へと消えた。


 残されたのは九龍貿易商会の若衆と、戦意を滾らせたトラマル。

 護國・鬼太鼓を腰の鞘に納め、背負った巨大な戦扇を抜く。

 鉄骨のような骨組みが開き、敵の視界を覆い尽くす。


「さあお立ち合い!」


 戦場を震わせる声が響く。


「ここはボクが地獄の門番ッスよ。『赤鬼の右腕』、トラマルのお出ましッス!」


 戦扇が振り上げられた。

 迫る先陣を叩きつけた瞬間、爆ぜるような衝撃音と共に血飛沫が咲く。


「膺懲、遂行――!」


 巨大な戦扇が振り下ろされ、迫る先陣を叩き潰した。

 鉄骨を軋ませるような轟音と共に、血飛沫が夜桜のように散った。

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