#18  ポンコツ車に花束を


 下層街区の一角で静かに店を構える、古風なバー。

 テーブルを挟み、二人の男が黙々とトランプを手に向かい合っていた。

 眉間に深い皺を刻み、真剣な面持ちでカードを握りしめるのはハムド。

 対するブラストは、半目でぼんやりと手札を眺め、気怠げな様子だ。

 二人はI.P.E.と京極ハイテックスの企業間抗争にそれぞれ駆り出され、偶然鉢合わせた。だが、どちらもあまりにも気が乗らず、互いの企業の二つ名持ち《ネームド》同士として激突するフリだけ取ったあと、いつものバーに揃って退散してきたのだった。


 私情だらけのその勤務態度に、開店準備中のマスターもため息を隠そうともしない。装備をそこそこに脱ぎ散らかし、フルフェイスヘルメットをテーブル脇に転がしたままトランプに興じる二人を見れば、無理もなかった。


「……フラッシュ! これでどうだぁーっ!」


 ハムドが自信満々にカードをテーブルへ叩きつけた。

 対するブラストは、表情ひとつ変えずに手札を開く。


「残念、フォーカード」

「あ゛ぁ゛ぁぁぁ!? 今の絶対諦めてる顔だったじゃん!」

「ポーカーフェイスくらいするだろフツー。アンタ、バイザー外すと顔に全部出るな」

「うぅ……今月のお小遣いもう無いよ」


 渋々手首に埋め込まれたICチップを翳し、Cost《コスト》を支払うハムド。

 直後、バーの端末がカランと反応音を立てた。

 しばらくしてナッツの盛られた皿が運ばれ、ブラストは無言でそれを摘む。涙目のハムドを横目に見ながら、次の勝負に向けてカードのシャッフルを始めた。


「そういえば、刑事さん見てないけど。最近どうしてる? 窓際から卒業でもしたのかな」


 ハムドの問いに、ブラストはカードを配りながら顔をしかめる。


「あー……実は、避けてんだよ。極東重工の時、スサノヲの襲撃がやけに早かったろ。疑いたかねぇが、もしかすると【鎧の男】側のスパイかもしんねぇ。だから今は、泳がせて様子見ってとこだ」


「……マジ?」


 ブラストはグラスを傾けながら、言いづらそうに言葉を濁す。

 続けて、テーブルのナッツを皿ごとわし摑みにして口へ押し込んだ。


「大体、あのオッサン情報屋とか言うくせにいっつもガセネタ掴ませてくるし。ヘラヘラしてる。金にはがめついし。前々から怪しいと思ってたんだよなー。あー怪しい怪しい。シバいたら【鎧の男】の居場所とか吐かねぇかな」

「そんな簡単な話じゃないでしょ……。でも、泳がせるって言ったっていつまで?」

「そうだな……敵に襲われて命からがら俺らんとこに転がり込んできて、来て助けて下さーい! とか言ってきたらーーその時考えるか?」

「そんなことあるかなぁ」

「ンな衝撃展開は流石にねぇだろ。来月分の給料、全部賭けてもいいぜ」


「今日の負け、取り返せるな」と、ブラストは意地の悪い笑みを浮かべてドリンクを一気に飲み干す。

 空のグラスを卓上に戻すと、重々しく背をもたれさせ、次の勝負に向けて肩の力を抜いて意識を集中させた。


 だが、その静寂は長くは続かなかった。

 静寂を破ったのは、外の通りから届いたわずかな車の急停車音。

 雑踏に紛れかけたその異音に、ハムドは小さく眉を寄せる。


「……君、今の聞こえた?」

「さぁな、けど、なんか嫌な感じがする」


 ブラストは言いつつも、無意識のうちに入口の方へと目を向ける。

 その直後、バーの重たい扉が乱暴に押し開けられた。

 店内の涼やかな空気を裂いて、薄汚れたコートの男がよろめきながら現れる。

 その顔を見た瞬間、二人の手がカードから離れた。


「ガウア……!?」


 ハムドが椅子を引き、駆け寄ろうとする。

 男――ガウアは肩で息をしながら、店内を一瞥する。額に擦り傷、コートは土埃まみれで膝に軽い出血の跡が見える。


「……ああ。ひとまず撒いた……が、ちょっと、限界だな」


 そう言って、ガウアは扉際に身を預けるようにして座り込んだ。

 ハムドが迷わず支えに入り、ブラストも無言のまま立ち上がってテーブルを離れる。


「どう見てもシャレになってねぇぞ。肩からも血が出てるじゃねぇか……!」

「かすり傷だ。ちょっと派手に転んだだけだよ。急に窓から飛び降りてみたくなってな」

「なんだそりゃ……んで、そんなナリで血相変えて来るってことは何かあったのか」

「均整局が下層街区の粛清に動き出しやがった。けど、これは國の指示なんかじゃねぇ……局長の独断。暴走だ……」


 ガウアはそう言って、震える手で上着の内ポケットを探る。

 やがて取り出したのは、ガウアの携帯端末だった。


 ガウアが震える手で携帯端末を差し出したとき、ブラストはそれを奪うように取り上げた。

 画面を素早くスクロールし、通話履歴、メッセージの記録をざっと確認する。

 その視線は鋭く、冷たい。


「……念のため、な。悪く思うなよ、オッサン」


 無言のまま横から覗き込んだハムドも、わずかに頷いた。

 ガウアは抵抗しなかった。ただ、疲弊しきった様子で二人を見返している。


 しばらくして、ブラストが端末をテーブルに投げ出した。


「――白だ。オッサン、マジで局に追われてる」


 ハムドも端末を確認した後、安堵の溜息を吐き出した。


「署内のローカルネットワークでも位置情報で捜索が始まってる……本当みたいだ」


 それでもなお、ブラストは目を細めた。


「最後に一個だけ聞かせろ。 オッサンさ、本当に……俺たちを売ったこと、一度もねぇのか?」


 ガウアは静かに、けれど力強く答えた。


「バカ野郎、いくらお前が素行不良だからって言っても、誓ってそんなことしてねぇよ。……俺はただ、下層街区の奴らを守りたかっただけだ。 それは今も変わらねぇよ」


 その言葉に、一瞬だけ重苦しい沈黙が落ちた。

 やがてブラストは鼻で笑い、ガウアの肩を軽く小突いた。


「いいぜ、信じてやる。……オッサン、詳しく話せ。何があった」


 落ち着いた口調の奥に、今までとは全く違う、研ぎ澄まされた刃のような狂気が滲んでいた。


 ハムドはマスターと協力して店のカーテンを引き、外からの視線を遮る。

 それから手早く店の照明を落とし、最低限のランプだけを灯す。

 バーの中は、緊張と焦燥の匂いが充満していた。


 ガウアは息を整えながら、震える手で水のグラスを握りしめる。

 それを一気に喉に流し込み、荒く息を吐いたあと、ようやく口(ここは比喩なので良し?)を開いた。


「……均整局が、下層街区への大規模粛清を始める。今、ザフト支部が……いや、もしかしたら、ザフト全体の均整局が狂い始めてるかもしれねぇ」

「さっきも言ってたが、そんな大それた行動、ホントに國からの指示じゃねぇのか?」


 ブラストが眉をひそめる。


「國の指示じゃねぇ……局長、クリフの独断だ。表向きは“國”の命令ってことにしてるが、ツクヨミの協力者に確認したら……そんな通達は出てねぇって返事だった」


 一息に言い切ると、ガウアは苦しげに咳き込んだ。


「均整局局長が……勝手に」


 ハムドが呟く。


「ああ。下層街区を強制摘発して、暴徒という名の何の罪もない人々を“粛清”するつもりだ。 それで均整局の威信を高め、自分は英雄を気取るつもりってわけだ」


 ガウアの声には、言いようのない後悔が滲んでいた。


「俺も最初は止めようとした。けど、支部の連中の殆どがもうクリフに取り込まれてた……。 少しでも逆らえば、始末される。俺も……その始末されるところを逃げ出してきた」


 ガウアの言葉に、さきほどまでにはなかった覚悟が宿った。


「今頃はもう“掃除”に動き出してるはずだ。 ……だから、頼む。ブラスト、ハムド。局長を、クリフを止めてくれ」


 バーの静寂に響くのは、ガウアの苦しげな呼吸音だけだった。

 一拍置き、ブラストは息をついた。


「ははっ、マジで衝撃展開じゃねぇか……」


 自嘲気味に笑うその表情は、それから真剣な目に変わる。


「……いいぜ。助けてやるよ、オッサン。均整局はな、俺らもここ最近どうにも怪しいと睨んでたとこなんだ」


 どうやって切り込もうか考えていたところに、面倒ごとの方からやってきた。正に渡りに船だと、ブラストは口端を持ち上げる。

 ブラストはゆっくり立ち上がり、拳を打ち鳴らした。


「ただし、その分、たっぷり奢ってもらうからな」

「おう、何杯でも付き合うさ……生き延びたらな」


 ハムドも、ふっと小さく笑い、カードを片付け始める。


「ブラスト、君も来月分のお給料全額僕に払うの忘れないでね」

「聞こえねぇ聞こえねぇ。準備しろすぐに出発すんぞ!」

「ちょっと! 自分だけしらばっくれるのはずるいよ!」



 バーの重たい扉を押し開けると、濁った空気が肌を叩いた。

 上空には巨大な人工地盤――リージョンプレートが広がり、自然光を遮っている。

 プレートの裏面には無数のビル群が逆さまに突き出し、どれも無機質な光を滲ませていた。

 下層街区特有の、湿った鉄と廃油のにおい。

 そこかしこに並ぶ破れた看板、軋む送風機、剥き出しの配管。

 人工照明だけが薄ぼんやりと街を照らし、昼も夜も境目が曖昧なままだった。


 店先の路肩には、無骨な旧式セダンがぽつりと停められていた。

 メタリックグレーだったはずの車体は埃にまみれ、艶を失い、 ところどころ剥げた塗装がフレームの赤茶けた地肌を晒している。


「……このポンコツで行くのかよ」


 ブラストが眉をひそめ、吐き捨てた。

 日光の届かぬこの街では、メンテナンスもままならない車両は生きた化石のように扱われる。


「ぽ、ポンコツとはなんだポンコツとは!」


 ガウアは憤然と叫び、運転席のドアをばたんと開けた。


「レトロと言え! この年式のはなぁ、高かったんだぞ! お前ら、傷でも付けたら……損害賠償だけじゃ済まさねぇからな!」


 ハムドは呆れた顔で後部座席に滑り込みながら、軽く肩をすくめた。


「怒るポイントが微妙にズレてるよね、いつも」


 ブラストは鼻を鳴らし、助手席に無造作に転がり込む。


「あー、はいはい。安全運転で頼むぜ。 せめて爆発とかはカンベンな」

「ったく、信用ねぇなぁ……」


 ガウアはぶつぶつ言いながら、キーを回す。

 エンジンは一瞬呻くような音を上げたが、何とか目を覚ました。

 車体が振動し、鈍い排気音を撒き散らしながらも、まだ動く力を証明してみせる。


「見ろよ。動く芸術品だろ、これが」

「……まぁ、走るうちはな」


 ブラストが窓の外をちらりと確認する。

 上空、逆さに生えたビル群の間を、ドローンの小さな光がいくつも飛び交っていた。

 その一部が、不自然に滞空し始める。


「……急げオッサン。追跡ドローンが来る」

「マジかよ…もう少しは安心してドライブできると思ったんだがな…」


 ガウアは低く唸るエンジンを吹かし、廃墟混じりのスラム街を駆け出した。

 ブラウトたちを乗せた車は振動を全身に伝えながらスラム街区を飛び出し、人工灯火に照らされたハイウェイへと滑り込んだ。

 助手席のブラストは、走り出すや否やダッシュボードに無造作に足を投げ出す。

 後部座席ではハムドが古びたパネルを指先で叩いたり、スイッチを押したりと、興味を隠しきれない様子だった。


「……お前らなぁ、人様の車に乗ってるって自覚が……」


 ガウアが呻くように言葉を漏らすが、二人からの返事はない。


「聞こえてんのか? 人様の車に乗る時ってのは……」

「……なぁ、オッサン」


 ブラストが、ダッシュボードを指でリズムを刻みながら声をかける。


「均整局の“粛清”ってのは、あんなに一度に集まるもんか?」


 ガウアは嫌な予感に駆られ、バックミラーを覗き込んだ。

 人工光に照らされた高架の彼方から、十数台もの黒塗り車両が列を成して迫ってくるのが見えた。

 均整局員たちは既に車内で銃を構え、間合いを詰めるタイミングを計っている。


「チィッ、アイツら、もう嗅ぎ付けやがったか!」

「ヤツら、完全に暴徒だな。手荒くいってもいいんだろ?」


 ブラストが助手席で愛銃である二挺のサブマシンガンを取り出し、窓の外を睨みつける。


「あぁ! ……あ、でも窓ガラス突き破って銃撃戦とかはやめ……」

「ハムド!」


 ガウアの制止の声を待たず、ブラストが短くハムドの名を呼ぶ。


「はいはーい」


 ハムドは軽く返事をすると、後部座席から身を乗り出し、天井へと蹴りを叩き込んだ。

 錆びたルーフパネルは音もなく空中に浮かび、弧を描いて後方の追撃車両へ向かっていく。

 吹き飛んだルーフパネルに衝突した車両は横滑りし、後続車を巻き込んで乱れた。


「あー、そうなるのかー……」


 ガウアは半ば諦めたように、車体をわずかに揺らしながら加速させた。

 だが、無理やりオープンカーと化した車内で、ブラストはお構いなしに立ち上がると、ニヤリと笑った。


「さぁて、パーティタイムだ!」


 掛け声もそこそこに、後続の車両に向かって銃弾の嵐を浴びせかけた。

 乾いた音が連続し、均整局の車両のフロントガラスやタイヤを正確に撃ち抜いていく。

 防弾加工ではなかったのだろう。撃たれた車両はハンドルを失い、隣同士で絡み合って火花を散らし、ついには激しく衝突した。

 爆発音が続き、ハイウェイの一部は瓦礫と黒煙に覆われていく。

 数台を爆破させ、道路を塞ぐ形になったところで、ブラストは満足げに助手席へ腰を下ろす。

 これ見よがしに銃口に息を吹きかける真似をして、胸をそびやかした。


「ふぅ~、楽勝だな! ……で、窓ガラスがどうかしたか?」

「……いや、もういい。お前らに期待した俺がバカだった……」


 ガウアは深く息を吐きながら、ハンドルを握り直す。

 しばらく走ったところで、車内に微妙な沈黙が流れた。

 ガウアはどうにも収まりきらなかった思いを吐き出すように、ぼやき始める。


「お前……高かったんだぞ、この車……それをお前ら、ルーフを……」

「……なぁ、オッサン」


 またしてもブラストが、飄々とした口調で話を遮った。

 嫌な予感を覚えたガウアが、思わず身をすくめる。


「均整局の“掃除”ってのは、バイクも乗るのか?」


 焦ってバックミラーを覗き込むと、今度は十数台のバイク部隊が追いすがってきていた。

 漆黒の機動スーツに身を包んだ隊員たちが、鋭い陣形を組みながら加速してくる。


「ありゃ選抜機動チームじゃねぇか……くっ、連中、本気だぞ……!」


 不安げに呟くガウアをよそに、ハムドは後部座席で悠然とバイクの隊列を眺めていた。


「数は……十六、七ってとこかな」


 そう呟くと、ハムドは手刀でリアガラスにひびを入れ、そのままフレームごと蹴破った。


「……あぁ、リアガラスまで……」


 ガウアがぼそりと呟く間もなく、ハムドは身を乗り出した。

 その背部、装着されたリアクターが低く唸りを上げ、眩い山吹色の輝きを放つ。

 光は線を引くように後方へ尾を引き、まるで燐光のように空間に残滓を刻みながら、 ハムドの身体を一層、幻想的に、異質な存在へと変貌させた。


 その輝きの中で、ハムドは腕に仕込まれた高振動ブレード“スフィカ”が備えるワイヤーショットを展開。

 一瞬の閃きで、最後尾の機動隊員にブレードを突き刺し、強引に宙へ引きずり飛ばす。

 無人となったバイクへ跳び乗ったハムドは、リアクターの山吹色の光を散らしながら車列に突入した。

 カスタムサブマシンガン【スターリングMk.ⅩⅢ】を抜き、正確無比な射撃で次々と敵を排除していく。

 周囲から浴びせられる弾幕をものともせず、ハムドはバイクの上に立ち上がる。

 リアクターから吹き出す光が、疾走するバイクの群れに鮮やかな弧を描いた。


 走る足場を次々と飛び移り、隊員たちを蹴り飛ばし、バイクを奪いながら前進する。

 最後の隊員を蹴り落とし、跳躍したハムドは、 背後に煌めく燐光を引きながら、再びガウアたちの車へと戻ってきた。


「ただいま~」


 後部座席に無事に着地したハムドを見て、ガウアはもう言葉もなかった。

 感嘆と脱力の入り混じった、深い溜息を漏らすだけだった。


「お前らといると命がいくつあっても足りねぇよ……天井も、リアガラスも、ぶっ壊しやがって……」

「……なぁ、オッサン」


 三度目の問いかけ。


「今度は何だよ!?」


 ガウアが半ばキレ気味にブラストに食って掛かると、

 ブラストはミラーを覗き込みながら呟いた。


「均整局ってのは……装甲ヘリまで持ってんのか?」


 ガウアの顔から血の気が引くのに、時間はかからなかった。

 バックミラーに映る光景にガウアは絶句する。


 巨大な黒い影――装甲ヘリが、五機。


 しかも全機、こちらを追い詰めるように低空を這ってくる。


「うそだろ……連中、完全に俺たちを殺しにきやがった!」


 声が裏返ったまま、助手席のブラストを見る。

 だがブラストはダッシュボードに足を投げ出したまま、タブレット端末を弄るばかり。

 その態度が、なおさらガウアの神経を逆撫でした。


「ハムド~、ひとっ飛びしてプロペラの根本切っちまえよ」

「無茶言わないでよ! その前に僕がバラバラになるって!」


 ハムドは半笑いで後部座席から応じる。

 車内のこの場違いな空気に、ガウアはさらに頭を抱えたくなった。


「ったく……もう好きにしろよ!!」


 諦め半分、ガウアは蛇行しながら必死にハンドルを切る。

 背後から鳴り響く機関銃の掃射。

 道路に、車体に、鋭い弾痕が次々と刻まれていく。


 遠くからバイクのエンジン音が聞こえ始めたのは、その時だった。


「バイク……!? このタイミングで機動チームの増援かよッ!!」


 半狂乱で叫ぶガウアに、ブラストは気だるげに笑った。


「オッサン、よく聞けよ。あれが均整局ごときのバイクの音に聞こえるか?」


 聞き慣れた機動バイクとは違う。

 大地を軋ませるような、重低音の咆哮。


「まさか……こいつは……」

「そう。お察しの通り――」


 ブラストが言い切る前に、空中で一機の装甲ヘリが火を吹き、爆裂四散した。

 その煙の中を割って現れたのは、黒鋼の獣。

 マットブラックに塗装された重武装バイク。

 鋭く光るヘッドライトの奥、フルフェイスマスク越しに光る青い双眸。


「――黒備えのお出ましだ」



「オッシャァーーッ!! 間に合ったぜェ!! ブラスト、ハムド、無事かぁぁッ!!」


 エンジンの轟音に負けじと叫ぶ声が、ハイウェイに反響する。


「ご大層な的じゃねぇか! ぶっ飛べぇッ!!」


 派手な登場をした黒備えの男ーーファルはバイクをドリフトさせ、スライド走行のまま片手でバイクに装備されたミサイルランチャーを引き抜く。

 狙いを定めた瞬間、二連発のミサイルを叩き込んだ。

 爆音。咲き乱れる炎の花。

 撃墜されたヘリが、隣の装甲ヘリを巻き込みながら空中で激突する。


「相変わらず、派手にやるねぇ……って、あぶなっ!」


 爆発の余波で吹き飛ばされたプロペラが、回転しながら飛んでくる。

 ハムドは間一髪で回避。 プロペラは運転席と助手席の間をすり抜け、フロントガラスを真一文字に裂き、 ボンネットへと突き刺さった。


「もう……もう……なにも言うこたぁねぇよ……」


 震えるガウアの声に、車内は一瞬静まり返った。


「一丁アガリってな!」


 ファルはバイクを旋回させ、再び爆音を引き連れてガウアたちの車に追従する。

 彼の後ろでは、火の粉を上げる装甲ヘリの残骸が次々とハイウェイに降り注いでいた。



 ハイウェイでの熾烈な戦闘をなんとか切り抜けたガウアたちの車と、ファルを乗せた黒備えの大型バイクは、猛スピードで均整局ザフト支部前へとたどり着いた。


 傷だらけの車体をギシギシと軋ませながら、ガウアは車を停める。

 かろうじて走行できていたのが奇跡といっていい状態だった。

 一拍置いて、助手席のブラストが伸びをしながらにやりと笑う。


「オッサン、運転お疲れさん!」

「ありがとう、刑事さん! 楽しかったよ!」


 後部座席のハムドも、まるで遊園地帰りの子供のような無邪気さで礼を述べる。

 何の悪気もない、清々しいまでの笑顔。

 その様子を見たガウアは、ゆっくりと、怒りを押し殺すような声を絞り出した。


「そうかい、そうかい、そいつぁ良かったな……俺は、なぁーーーーんにも楽しくなかったけど、なッ!!」


 最後はほとんど怒鳴りながら、勢いよくドアを閉めた。

 その瞬間、車体がまるで生き物のようにビクンと跳ねたかと思うと、ボンネットの隙間から小さな爆発が起き、白煙がもうもうと立ち上った。


「う……うぅ……」


 ガウアの声が震えた。

 追い打ちをかけるように、閉めたばかりのドアが車体から外れ、

 ガコンという情けない音を立ててアスファルトに転げ落ちる。

 ガウアはその場に膝をつき、崩れ落ちた。


 メカヘッドに涙を流す機能はない。

 だがもし、彼の頭が生身のままだったなら――今頃、間違いなく号泣していたことだろう。


 白煙を吐きながら静かに沈黙するポンコツ車と、 その前で項垂れるガウア。

 そしてその周囲には、何食わぬ顔でバイクから降りたファルと、屈託ない顔で立つブラストとハムドがいた。

 均整局ザフト支部の鉄骨とガラスでできた巨大なビルが、無言で彼らを見下ろしていた。


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