第2話大敗
千葉大学サッカー部の快進撃は、大学サッカー界に激震を走らせていた。
経済学部特有の合理的思考をピッチに持ち込んだponziのタクトは、まるで見えない糸で操るように、凡庸だったチームメイトたちを機能的なパーツへと変貌させた。さらに、医学部のユリエによる徹底したコンディショニング管理は、シーズン後半になっても選手の運動量を一切落とさなかった。
地方の国立大学が、私立の強豪校を次々と「盤上」で詰ませていく。その光景は、戦術の勝利であり、知性の勝利に見えた。
しかし、関東大学リーグ決勝という頂の舞台で、彼らは真の「怪物」と対峙することになる。
対戦相手、日本大学。
そこは、潤沢な資金で全国からエリートを集めるタレント軍団だった。だが、今の彼らが恐れられている理由は、組織力ではない。ブラジルの名門フルミネンセのユースから、彗星のごとく現れた一人の留学生——ロマーリオの存在だった。
試合当日。快晴の国立競技場は、異様な熱気に包まれていた。
スタンドの一角には、新興財閥である村田財閥の令嬢・ミカの姿もあった。東大を首席で卒業した才女でありながら、父の命によりJ3買収プロジェクトを指揮する彼女は、ビジネスとしての「最強の駒」を探しにこの地を訪れていた。
「ブラジルの至宝、ロマーリオ……。彼がJリーグの、そして我が財閥の広告塔に相応しいかどうか、見極めさせてもらうわ」
ミカは冷徹な瞳でピッチを見下ろしていた。
一方、ピッチサイドでponziに最後のアドバイスを送るのは、白衣を脱いでユニフォーム姿の恋人を見つめるユリエだった。
「ponzi、ロマーリオの心拍データと過去の走行ルートを解析したわ。彼は十五分おきに集中力が切れる。そこが唯一の勝機よ」
「わかっている。知性で、野生を凌駕してみせるさ」
ponziは自信に満ちた笑みを浮かべ、聖地の芝を踏みしめた。
だが、その自信は開始わずか三十秒で、粉々に粉砕されることになる。
キックオフ直後、ボールを受けたロマーリオは、千葉大のボランチが寄せるよりも早く、まるで重力を無視したかのようなステップで一人を抜いた。カバーに入ったディフェンスが足を出した瞬間、ボールはロマーリオのつま先で魔法のように跳ね上がり、頭上を越えていった。
——シャペウ。
嘲笑うようなテクニック。そのままロマーリオは、四十メートル近い弾丸シュートをゴールネットに突き刺した。
「……何だ、今の?」
ponziの喉が渇いた。ユリエの分析も、自慢の戦術眼も、ロマーリオの「個」の前では何の役にも立たなかった。ロマーリオのプレーは芸術的でありながら、同時に獲物を引き裂く獣のような獰猛さに満ちていた。
前半二十分。ponziは必死にチームを立て直し、緻密なパスワークで中央突破を図る。しかし、ロマーリオは守備でも異次元だった。ponziのパスコースを、野生の勘だけで読み切り、強靭なフィジカルで体ごと奪い去る。
「Hey, Japanese BOY. サッカーハ、数学ジャナイ。魂ノブツカリ合イダ」
耳元で囁かれた挑発。直後、ロマーリオの豪快なオーバーヘッドキックが炸裂した。
前半だけで2対0。
後半に入ると、日大はもはやロマーリオにボールを預けるだけの単純なチームになった。だが、その単純な戦術が、千葉大を地獄へと突き落とす。
ロマーリオは、まるで子供を弄ぶ大人だった。ゴール前でわざとシュートを打たず、千葉大のディフェンスを三人も四人も引きつけてから、股抜きで抜き去る。倒れ込む相手を見下ろし、歯を見せて笑う。
三点目、四点目。
最後の一点は、ponzi自身がロマーリオに一対一(デュエル)を挑み、無残に弾き飛ばされたこぼれ球から生まれた。
ピー——。
無慈悲なホイッスルが鳴り響いた。
スコアボードには、5対0という残酷な数字が刻まれていた。
ponziはピッチに崩れ落ち、熱を帯びた芝生の匂いを嗅ぎながら、指先を土にめり込ませた。歓喜に沸く日大のベンチ。勝利のダンスを踊るロマーリオ。その喧騒が遠く感じられるほど、彼の心は深い絶望の淵に沈んでいた。
「私の……負け?」
スタンドで立ち尽くすユリエの目から、一筋の涙がこぼれた。科学が、医学が、圧倒的な「野生」の前に屈した瞬間だった。
しかし、誰もがロマーリオの強さに酔いしれる中、ただ一人、別の場所を見つめている女性がいた。
村田財閥のミカだ。彼女は双眼鏡を置き、手元のタブレットに「ロマーリオ:不採用」と叩き込んだ。
「傲慢なブラジル人には興味がないわ。……面白い。五点取られてボロボロに負けていながら、最後まであの怪物の喉元に噛みつこうとしていた、あの『眼』……」
ミカの冷徹な瞳が、ピッチで泥にまみれて絶望するponziを捉えていた。
「彼よ。我が財閥が投資すべき、真の『デュエリスト』は」
エリート令嬢ミカの指先が、ponziという一人の敗者の運命を、静かに、しかし強引に手繰り寄せ始めていた。
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