第14話 対抗馬・白石さん
女性が男にモテる要素と、男が女性にモテる要素は違う。
オトコが女子にアピールするのは、つまるところ「力」、パワーである。足が速かったりクラスの人気者だったり、ハンサムだったり背が高かったり、金持ちだったりステイタスがあったり権力者だったり、色々と様態は違う。常に勝ち組にある男というのは、年齢に合わせて、その「力」を次々とすりかえられる男のことを言う。
これに対して、女性が男にアピールするのは、年齢しかない。残酷なことを言うようだが、40歳の美女は、20歳の普通の女子に勝てない。
「……てなことを、三島由紀夫が、不道徳教育講座か何か、エッセイで言ってた。でも、たぶん、これは違うと思うんだよね。オトコの『力』にあたるもの、女の場合は年齢でなく、色気だと思うんだ」
少女には少女の色気があり、熟女には熟女の色気がある。オトコがパワーを次々とすり替えて勝者でい続けられるように、女性だって次々と色気をすり替えて、姫や女王様でい続けることできるだろう。
「……だから、私自身は、ヨコヤリ・ママのなんちゃって女子高生を正面切って非難するつもりはないんだよ。彼女は彼女なりに考えて、色気を次々にすり替えようとしてただけなんだ。母親としては感心させられる態度じゃないだろうけど、理解できるっていう女性も、いるんじゃないかなあ」
「タクちゃん、甘いねえ」
「そう思うのは、桜子がまだ女子高生で、若いからさ。年齢っていう、自力ではいかんともしがたい要素で、男女の駆け引きが決まるっていうのは、悲しすぎるよ」
私がひとしきり講釈を垂れたのは、仙台空港からの帰途である。三陸道は雪こそ積もらないけれど、冬は海からの横風が強く、背の高い車は苦戦する。もちろん飛行機を見に行ったわけではなく、クリスマスに合わせて帰国するモレル氏たちの見送りだ。今生の別れではない……春休みの講義に間に合うように、三人ともすぐに石巻に戻ってくると、このマルセイユ人は約束してくれた。隣家に鍋でも借りにいくような気楽さで、みんなが先週食べにいったラーメンの批評をする中、なぜかそんなに親しくないはずの木下先生が涙ぐんでいた。
告白の時に世話になった古川さんたちは、おじいちゃんの車で来て、塩釜に帰還する。
私は餞別兼クリスマスプレゼントとして、モレル氏たちに「どんぶく」を贈った。東京あたりの標準語で言えば「どてら」、綿のふんだんに入った和風の室内着だ。パジャマ代わりに洒落たデザインの浴衣とかも、選択肢には入れていた。けれど、さすが生粋の日本オタク、既に数着持ってるよ、とモレル氏は言う。プティーさんは、二時間前にこしらえたばかりというズンダ餅を彼らに渡していた。飛行機搭乗前に、お餅は三人の腹の中に無事消え、餞別の役割を果たした。
「ムッシュ庭野に、サプライズがありマース」
モレル氏は、ウインクしながら、少し早めのクリスマスプレゼントだ、と私だけに、きれいにラッピングされた小箱をくれた。大きさ的にケーキか何かの詰め合わせか? という感じだった。茶目っ気あるウインクとともに、帰りの車の中で箱を開けろと言われたので、しばし我慢する。運転中、桜子に開封を頼んだ。中に入っていたのは、百均にでもありそうな、チープな感じの育毛剤とダイエットサプリである。両方ともメイド・イン・チャイナと明記してある、日本メーカーの品だ。
「私のトキメキと感謝の気持ちを返せーっ」
私が叫ぶと、桜子たちはゲラゲラ笑い転げる。
まあまあ、今のダーリンに一番必要なモノじゃない、とプティーさんも笑い転げながら、慰めてくれた。
まあ確かに、髪は薄く、腹も出てるけど。
我がハイエースに同乗していたのは、いつものメンバーなのだけれど、この日はプラス、白石さんがついてきていた。私は知らなかったけれど、モレル氏はピッコロという木管楽器の名手で、吹奏楽部で同じパートをやっている白石さんは、個人レッスンを受けていた、ということらしい。
桜子が、全くの興味本位に尋ねる。
「白石さんの彼氏って、どんな人?」
「消防士。今、渡波勤務で、ハシゴ車とか乗り回してる」
「へー。オジサン?」
「4つ年上の先輩。高校出て、そのまま消防に入ったの」
出会いは中学時代。
白石さんのお姉さんが彼氏と高校の同級生で、同じ吹奏楽部員だった。白石さんはお姉さんに憧れて、自分も吹奏楽をやり始めたばかり。見学にいらっしゃいと誘われて、高校に遊びに行ったとき、初めて彼氏の出会った。
「部員が50人以上いたのに、男子は8人だけ。……でも、オレ、全然モテないんだよって、悲しい顔して言うの。ウチが彼氏できなかったら、彼女になってあげるからって、生意気言って慰めたのが、なれそめ」
1学年240人なのに、200番台から浮上できなかった成績の悪さが理由か、それとも、身長195センチという、バスケやバレー選手のような、恵まれ過ぎた体格が怖そうに見えたせいかは、分からない。雲をつくような大男が、ピッコロという小さな楽器を奏でるのを、白石さんはカワイイと思ってしまったそうな。
「……お姉ちゃんがフルートやってたから、ウチも最初はフルートかなって、思ってた。でも、同じ楽器をやってると、一緒に演奏会出れない可能性もあるよって、言われて、気が変わったの。まあ、レギュラー争いとかで、お姉ちゃんとギスギスするのも、やだったし。で、フルートの姉妹って言っていい関係の楽器? てことで、ピッコロを選んだわけ。彼氏のことを、無意識に考えてたかどうか、分かんない。でも、あ、最初に紹介してもらった大男さんと同じ楽器だって、あとで気づいた。ひょっとして運命の出会いって、ひとりで盛り上がったの」
まあ、フルートとピッコロというパートの関係で、お姉さんと彼氏は、もともと親しくはあったのだろう。彼氏とは学年のズレが大きかったので、たびたび教えは乞うていたけれど、学生時代、ついぞ一緒に演奏したことはなかった、という。
「もしかして、彼氏さん、お姉さんのほうに、気が合ったんじゃない?」
「こら。桜子」
「……分かんない。今となっては、どーでもいいかな」
「で。お姉さんって、彼氏、いたりするの?」
「それも、分かんない。今は、携帯電話のショップ店員してるよ。家業の手伝いをして欲しいんだけど、お父さんと仲悪くて。このままじゃ、ウチが漬物屋を継ぐことになっちゃう」
「白石さん、二人姉妹?」
「そう」
二人姉妹の妹。
偶然にも桜子と一緒の立場、というわけか。私は桜子に代わって、聞いた。
「サルトビ氏にピッコロを習っているのがバレたら、彼氏さん、不機嫌になっちゃうんじゃないの? 浮気の疑いで」
「庭野センセ。ウチの体型、見てくださいよ。そういうのは、絶対大丈夫なんだから。身長160、体重76キロのおデブさんに粉をかけてくるのって、ウチの彼氏くらいのモノだから」
「自虐的だなあ」
有料道路の終わりが近づく。料金所が迫ってきたので、私は助手席のプティーさんに、お金の準備を頼んだ。プティーさんは私のブリーフケースから財布を出し、ついでになぜかハイチュウの袋を出して、みんなに配った。窓を開けると、手がかじかんだ。他のみんなは、幸福そうに口からフルーツの香りをさせていた。ハイチュウ一つで飽き足らず、次々に姪は小袋を開けている。
「白石さん。丸森さんと知り合いになったのは、高校に入ってから?」
「そうです。てか、正確に言えば、この塾に来てから」
「せっかくの6人グループなのに、ちょっと、仲悪くなった?」
「今でも友達だけど。恋愛観は、真逆だなあって」
口の中のものを飲み込んだ桜子が、頓狂な声を上げる。
「というと?」
くだんの彼氏が浮気「もどき」をして、白石さんは丸森さんに相談に行った。
「同僚の人に誘われて、合コンに行ったのよ。ウチという彼女がいるのに。そのことがバレて、平謝りに謝るっていうのなら、許してあげないこともないかなって、思ってたけど。ズーズーしく開き直っちゃって。これはオトコのつき合いだから、しょうがないんだってさ。なによ、それ。日頃、女子高生の彼女がいるんだって自慢して回ってるの、知ってんだからね。公務員だからモテて仕方ないなんて、ウチに向かって自慢すんなっつーのっ」
私は思わず、なだめ役にまわった。
「まあまあ。本人がいないところで、そんな、行きどころのない怒りを出されても」
「……丸森さんに相談に行ったのは、理系ガールズ6人の中で、一番かわいい女子だったから。なんか、男あしらいとか、うまそうだったし。一緒になって、怒ってくれて、電話でだけど、彼氏に説教までしてくれて。ああ、大親友なんだなーって、思ってたんだけど。その後、丸森さんがオタサーの姫って知って、がっかり」
「どう、がっかり?」
「純愛路線で、ウチの彼氏に怒ってくれたわけじゃ、ないんだなーって。単に、身近なイケメンが、他の女とイチャコラするのが、キライなだけなのねって」
「まあ、たぶん、そういう人なんだろうね」
「それで……彼氏の件で相談に乗ってもらった時の、恩返しがしたい」
「というと?」
「丸森さん、今みたいな、浮気性のまんまじゃ、たとえば、結婚とかしてから、苦労しそうでしょう。だから、今のうち、まっとうな恋愛観を育てるの、手伝ってあげたい」
まあ、丸森さん本人に言ったら、余計なお世話といいそうな話だ。
第一、結婚して高校生の息子がいるのに、丸森さんに便乗して「オタサーの姫」を満喫している中年女性が、すぐそばにタムロしているではないか。
「そうなんですよね。……でも庭野センセ。ウチと利害関係が一致しませんか?」
「は?」
「ヨコヤリ君の件、ウチも詳しく知ってるんです。なんせ、ヨコヤリ・ママが授業の後のお茶会で、ペラペラしゃべるものだから」
「うん」
「庭野センセや、ヨコヤリ君は誤解してるけど、ヨコヤリ・ママと丸森さん、結託しているわけじゃ、ないんです。どちらかと言えば、ヨコヤリ・ママが、丸森さんを利用している感じ」
「うすうす、感づいてたよ」
「丸森さんが、富谷さんの喪男サークルを乗っ取ろうとしてるのも、ヨコヤリ・ママにけしかけられたからです。で、二人を引き離すことができれば、庭野センセとウチ、ウインウインの関係になりませんか? ウチは丸森さんの暴走を止められる。庭野センセは、富谷さんのサークルを守れる」
「理屈ではそうだけどさ。具体策が思い浮かばないなー」
「実は、ウチもお菓子作りは、得意なんですよ」
体型が味の良しあしを決めるわけではないけれど、体重増加をモノともせず、色々と食べ歩いてきたという白石さんの舌を、私は信用してもいいと思った。
「……ヨコヤリ・ママのお茶会の時、何回かに一回は、ウチが手作りお菓子を持参することにします。丸森さんが気にいってくれたら、少しずつ回数を増やしていって、いずれは、ウチが主催者のお茶会を、開催」
「なるほど」
でも、そこまでして、丸森さんの「姫」路線を修正しようとする、執念はなんなんだろう。
「……モテる女子を見てると、気持ちが折れそうになるから」
明るくいい子っぽい白石さんだが、ぽっちゃり体型という恋愛のハンディキャップは、重々承知している、ということか。
「そして、一回振られたら、次がないかもしれない、から。ウチ、富谷さんにも、無茶苦茶シンパシーを感じてるんです」
「OK。お菓子の砂糖とクリームの代金は、私にも負担させてくれ」
「あ。そういうつもりで言ったんじゃないんです」
「私も、体型みりゃ分かるだろうけど、甘いモンは大好きだ。自慢の作品を味見させてくれるってことで、手を打とうじゃないか」
ジョルジュのプレゼント、早速役に立ちそう、とプティーさんはダイエットサプリのケースを、ちゃらちゃら振った。
こうして、私たちの一味に、力強い味方が、また一人加わった。
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