第15話 アプローチ講義後編

 最初の攻略対象は、1.5次元のタカシ君である。

 いや、本人は「1.5次元の」と名乗ってはいるけれど、その実「3次元に未練たらたらの」というのが、正確ではないのか? アイドル応援を諦めたはずのタカシ君が、2次元でも似たようなことをやっていたのが、その証拠だろう……というのが、ヨコヤリ君の見立てである。 

 私は彼の説を採用し、下準備に入った。


 まずは、富谷さんのアイドル化……もとい「アイドルのふり」化にとりかかる。

 具体的には、喪男サークルの面々との、嘘チェキだ。

 対象はトウヨ君、タケシ君、そして太白真人である。

 西くんが、カメラのセッティングをしながら、聞く。

「……トウヨさんとタケシさんについては、サクラちゃんから、聞いたっス。でも、太白真人っていうのは、どーゆーオッサンっスか?」

 ライティングを手伝いながら、ヨコヤリ君が答える。

「自称、仙人。なんちゃら真人っていうのは、仙人が名乗るときの称号ですね。本名は、確かタケダさんって言ったかな、どこにでもいるような名前の人なんですかけど。仙台市太白区の住人だから、太白真人なんだそうです」

 小学校の時分は、普通の男子だった。

 中学高校と私立男子校、そして大学は工学部機械学科に進学したことで、タケダ君は、自ら望んだわけでもないのに、女子の全くいない環境で生活することになった。優秀な成績で大学を卒業、日立だか東芝だか、東京の超一流企業に就職を決めたという。ここまでは、順調すぎるくらい順調だった。けれど、サラリーマン生活を始めてすぐに、彼は自分が女性恐怖症? に罹患していることに気づいた。

「妙齢の女性と話すとき、ドモったりキョドったり、してしまうらしくって」

 程度の差こそあれ、太白真人みたいな経歴の男子が、女性を苦手になるのは、よくあることらしい。同僚や先輩技術者の人たちが根回ししてくれて、彼を女性と接点のある部署につけたり、合コンに呼んだりしてくれた。けれど、太白真人が女性の前で上がったり、緊張したりするクセは、治らなかった。なかんずく、3年半の大企業生活をしているうちに、悪化したという。太白真人は悩んだ。カウンセリングを頼んだり、霊能者に祈祷してもらったりも、した。実は自分がゲイで、だから女性が苦手になるのかな、と思いもした。やはり同僚の一人に教えてもらい、ハッテンバに行ってみたりもした。上野の映画館でお尻を触られたりしているうちに、彼は改めて自分が真正のノンケであることを自覚した……。

 女性が大変好きであるのに、同時に大変苦手でもある。

 二律背反に悩んで、悩み抜いて、やがて彼は悟った。

 悟りを開いて、仙人を名乗ることにしたのである。

 その心は……オンナは、あきらめる。

「超一流大企業は辞めて、今は仙台の機械設計会社のエンジニアですね。部長だか次長だか、結構立派な肩書がついてましたよ。喪男サークルの中では、随一の社交性、社会的常識の持ち主で、随一の稼ぎ頭でもあります。悟りを開き過ぎて、女性に対するデリカシー皆無っていうのが、まあ、問題ではある人ですけど」

 ちなみに、現在では業務用冷凍庫・冷蔵庫の設計製造をやっているとのこと。

「冷蔵庫って言っても、2トントラックやフォークリフトが楽々入るような、超大型のヤツですけどね」


 塾の空き教室が、今回の臨時撮影会の会場となった。

 カメラマンは大学生講師の西くん、本業、工学部の学生さんである。暗幕やライト、レフ版のセッティングは、私とヨコヤリ君で引き受ける。桜子は、にわかスタイリストになって、富谷さんの衣裳合わせだ。

「……こう、たびたび撮影だの現像だのするんなら、いっそ、塾に本物のスタジオ、準備したほうがいいッスね」

「西くんの言うことは、もっともだけど……今回限り、と信じたい」

 1時間半おきに、トウヨ君、光速のタケシ君、そして太白真人が、我が塾を訪ねてくる算段になっている。

 トウヨ君には、クリスマス粉砕のポスター撮影をしましょうと、言ってある。喪男だけでも撮影は、あまりにも自虐が過ぎるから、女子っぽい恰好をした富谷さんを画面に入れて、である。

 光速のタケシ君は、お母さんを安心させるための一枚、というふれこみで誘った。彼女とまではいかなくとも、普通の女の子と普通にツーショット撮影できるくらい、社会復帰しました……というのが、キャッチフレーズである。これも親孝行のうち、と彼には諭したのだけれど、それならメイド喫茶でのチェキのほうがいいな……とタケシ君は涼しい顔で言ってのける。金を払ってビジネスライクなツーショットを撮ったところで、お母さんは悲しむだけだよ、と私たちは口を酸っぱくして説得した。

 太白真人への勧誘文句は、女性に慣れるための練習、である。

 女子力100パーセント、色気100パーセントと言った、オンナらしさの塊みたいな女性相手では、太白真人がこれまで同様、ハマグリみたいに固く口を閉じたままになる、というのは予想できる。しかし、過去2回、喪男サークルのオフ会に出席した、富谷さん相手なら、どうだろう? スムースに、とまではいかなくとも、キョドったりドモったりしても、からかわず待ってくれる富谷さん相手なら? あのときの富谷さんは99パーセント男だから、普通に話せた、という言い訳は分かる。それなら、もう少し女っぽさを増量した富谷さん相手に、練習してみるというのは、どうだろう? 80パーセント、60パーセント、40パーセントと、少しずつオトコっぽさを減少させた富谷さん相手なら? ただ単に会話を続けるというのが難しいなら、写真撮影をするという行為にかこつけて、おしゃべりをすればよい。

「ふーん。みんな、それで、渋々引き受けてくれたって、ワケっすか」

「しぶしぶなんて。それは違うよ、西くん。みんな、ウキウキ、わくわく、喜んで引き受けてくれたに決まってるじゃないか」

 彼ら喪男が女性をケナしたり無視したりするのは、「スッパイぶどう」の論理、いわば欲しいものが手に入れられない負け惜しみで、だ。実際にお近づきになると分かれば、プライドだの体裁だのは、すべてかなぐり捨てて近づくに、決まってる。

「衣装は3回転の予定さ。1着目、ヨコヤリ・ママと買い物したときの、キャリアウーマン・スーツ。2着目、ママさん用チアガールの衣裳。これは、体格的に富谷さん勝るとも劣らない、我がママさんチアチーム・サブリーダー、菅野さんからの拝借。そして3着目は、この間のクリスマスプレゼント・ショッピングで衝動買いしたっていう、ミニスカサンタ」

「……トウヨさんっていうオッサン、3着目は拒否するんでは? クリスマス粉砕の人なんスよね?」

「だから、逆なんだよ。彼がクリスマス粉砕を叫ぶのは、自分もクリスマスデートをしたくって、したくって、仕方ないからなんだよ。ミニスカサンタと一緒の写真を撮って、雰囲気だけでも味わえるって知れば、喜び勇んでツンデレ的リアクションをかましてくれるさ」

「ツンデレっすか……」

 3人とのツーショット写真を切り札に、我々は攻略本番に臨んだ。


 場所は我が庭野ゼミから少し離れた中里、石巻バイパスにあるカラオケルームである。

 歌を歌わせる居酒屋は多々あれど、石巻に高校生連れでいける健全なカラオケルームは、そう多くない。サイリウムに法被に鉢巻、タンバリンにマラカスを持ち込んで、私たちは準備万端、富谷さんのミニ・コンサートを開催することにした。

 私、ヨコヤリ君、そして富谷さんという、もともと知人の三人組が、1.5次元のタカシ君をカラオケに招待したのは、コンサートでのアイドル応援のやり方を伝授して欲しいから……というのが、口実である。

 富谷さんをニワカ・アイドルにして、実際にライブ方式で歌って踊ってもらい、実地でやり方を勉強しようという魂胆だ……とヨコヤリ君が彼に説明する。

 富谷さんのイラスト入りの法被をピシっと身につけ、「アキラ❤命」と染め抜いた鉢巻をキリリと締めると、とたんにタカシ君は生き生きしだした。

「てか。ヨコヤリ君、君が推してる姫って、なんて人?」

「……声優の田村ゆかりです」

「おー。田村ゆかり。ビッグネームじゃないか。世界一かわいいよね。永遠の17才。あっ、最近それは辞めたんだっけか。何よりオトコの影がなさそうなのが、いいよね。清純派ってのは、あーでなきゃ。ボクなんかさあ、7年越しでファンやってたアイドルが、いきなり事務所解雇で引退だよ。オトコを作って。てか、子どもを作って。それもさあ、特定の誰か、自分ではかなわないくらいのイケメンに取られたってのなら、諦めもつくさ。それか、ファンの誰かとくっついたってのなら、祝福もするよ。でもさ、どこの誰だか分からない人の子どもって、なによ。事務所辞めたとたんに、あっちこっちで枕営業してた醜聞、出まくりだし。彼女のトップオタ、あんまりのことに、手首を切って自殺未遂したんだよ。まあ、そいつは、彼女と結婚するはずだったのはボクなのにって抜かす、カンチガイ野郎だったから、あんまり同情はしてないんだけどさ。そう、つぎ込んだカネの額から言えば、ボクこそ、彼女の生涯の伴侶にふさわしい男だったんだっ」

 すごい早口だなあ。

「あの、タカシさん、その辺で……」

「ヨコヤリ君っ。君だって、田村ゆかりが実は結婚してましたって聞かされたら、悲しむだろ?」

「いや、僕、ニワカオタだから、そのへん、よくわかりません」

「ちっちっち。ゆかり王国民は、みんな、ガチの中のガチ勢なんだよ。そんな弱気でどーする」

「いや、だから、色々と分からないから、教えてもらうために、今回は来てもらったんですけど。実は、アイドルファンをやるのも、初めてですし」

「ふーん。じゃ。歌に合わせてサイリウムを振るところから、はじめよか」

 富谷さんのアニソンメドレーが、一時間ほど続く。

 途中、トイレでちゃっちゃっと早着替えしてきて、最後にはミニスカサンタだ。

 目が座ったタカシ君は、我々の呼びかけを無視して、一人語り始めた。

「うむ……こうしてみると、アキラちゃんて、ちゃんと女の子してるね……オジサン、その気はなかったのに、足フェチになりそうだよ……君がアイドルでもなんでもないのが、少し悔しい気持ちだよ……それに、男のハートの持ち主ってのが、実に残念だ……いやでも、女の子同志の恋愛っていうのは、尊いしな……実にいい、実にいい……つかぬことを聞くけど、アキラちゃんって、処女?」

「わ。キモっ」

「タカシさん。そういうこと、女の子に面と向かって聞くから、気味悪がられるんですよ」

「でもさ、ヨコヤリ君」

「彼女だって、思いっきり引いてます」

「そうか……そうか……すまない……つい、3次元アイドルファンをやってた時代の記憶を思い出してしまって」

「はあ」

「なんか、アキラちゃん、サークルの会合のときと違って、かわいくね?」

「まあ、気持ちは分かりますよ。ついこの間も、トウヨ君や太白真人さんたちに、チェキを頼まれてちゃって」

「なんだってぇ」

 いきなり、スゴイ大声だ。

「陸上部の練習見学に行ったとき、タカシさんだって、一緒に写真撮ったって聞きましたけど。チェキ」

「ヨコヤリ君。アキラちゃんとヤツラのチェキ、ある?」

「確か、ありますよね、庭野センセ」

「うん。あるな」

 私は、例の仕込みで撮った写真を、次々にタカシ君の前で開陳した。

「くっそー。アイツらー。僕なんか、一枚だけなのにー、それも、ジャージ姿の彼女とだけなのにー。抜け駆けしやがって」

 歌い疲れて、オレンジジュースをごくごくやっていた富谷さんが、ニコニコしながら、言った。

「あははは。タカシ君、コーフンしすぎ。それを言うなら、ヨコヤリ君とは、パンチラ・チェキしましたよ」

「ええっ」

「ほれ。パンチラ」

 実際に、ちらっと、富谷さんはサンタ衣装のスカートを、たくし上げてみせた。

 タカシ君は、しゃべるのも忘れ、顔を真っ赤にして、視線を釘付けにした。

「食いつき過ぎッスよ、タカシさん。これ、練習の時にはく、レーシング・ショーツですって。ほら、ここに、アシックスってマーク、ついてるでしょ」

「ホントだ……ああ、でも、すごくびっくりした。いや、その、ユニホームって分かってても、エロいことは、エロいよね」

「あははは。こんなオトコ女に興奮しないでくださいよ、タカシさん」

「いや、まあ、その」

 よし。

 ここで、一人漫才アプローチ、開始だ。

「……チェキを撮ったメンツの中では、太白真人さんが、一番食いつきがよかったなあ。『これはブルマか。ブルマなのかー』って大騒ぎして。ボク、ブルマの実物なんて、見たこともないッスよ。一体いつの時代の話をしてるんだかって、呆れちゃいました。陸上競技の練習用ユニホームだって教えたら、神棚に飾っておきたいから、一枚譲ってくれ、だって。でも、これはスポーツ用品であって、エッチな用途に使用するフェチグッズじゃないって、当然拒否しました。実際着用してこそ用をなすんだから、太白真人さん自身がこれを着用して、広瀬川河畔をジョギングするとかいうなら、お譲りしてもいいですけど? てジョークを飛ばしたんです。仙人さん、真顔で考えこんじゃって、言うんです。『オレは男だよ』って。だから、ボクも言い返しました。『ボクだってオトコです』って。そしたら、なるほど、そうかあ、着用コミでプレイするグッズなのかあ、ですって。そこは、アキラちゃん女じゃんって、ツッコむところでしょ」

「あははは。いかにも仙人らしいエピソードだ」

「ムッツリ度は、トウヨさんのほうが、上ッスかねえ。せっかくのクリスマス粉砕なんだから、横倒しにしたツリーを踏んづけるっていう構図で、撮影したんですよ。カメラのセッティングしている間、トウヨさん、黙ってられなくなったらしくって、『クリスマスは資本主義の陰謀だ、欧米の手先による文化介入そのものだ……』とか、一席ぶち始めて。演説している横で、ボクはポーズとりました。倒れたツリーに片足をのっけた、立ちポーズ。そしたら、急に演説が止まって……何かと思い気や、トウヨさん、ミニスカサンタのパンチラに視線釘付け。違う構図でもう一枚行きますって言われて、ボクが足を下げると、演説再開。で、また片足上げてパンチラすると、演説ストップ。再開、ストップ、再会、ストップ。本人以外のみんなが気づいて、クスクス笑っちゃって。カメラマンの西センセが『しゃべるか見るか、どっちかにしたら?』ってからかったら、即座に『見るっ』て絶叫。そのあと、慌てて『いや、間違い、演説っ』て言い換えて……」

「仙人に負けず劣らず、煩悩のかたまりだなあ、社会運動家」

「光速のタケシ君は、その点、開き直ってたなあ。ピンクのランニングショーツも悪くないけど、白いのとか花柄とかの、ないの? て」

「これまた、ストレートすぎ。アキラちゃんは、なんて答えたの?」

「はいてきてもいいけど、ポケットの中で、右手を光速運動させるの、ヤメてくださいって、頼みました。タケシさん、じゃあ光速は止める、代わりに音速とか走る速度とか匍匐前進のスピードならいいか? ですって」

「ぶっ」

「わ。ふきださないでくださいよ」

「ごめん、ごめん……みんな、なんだかんだ言って、アキラちゃんのセクシーなところ、見てるんだなあ」

「中身、オトコなんスけどねえ」

「骨格や筋肉はオトコっぽくても、なんか違うところで女の子っぽいっていうか……みんなとの掛け合いっていうか、マンザイみたいなやり取りが、なんだかすごくあざとい感じで」

「え? そうかな」

「自分のかわいいところとか、エロいところとか、知り尽くして、オトコ心をもてあそぶ女の子みたいで」

 そりゃ、そーだ。

 彼女の語ったエピソードは、実際にあったやり取りじゃない。私たち「ブレイン」陣が、富谷さん自身と一緒に、資料を漁り、練りに練ってこしらえたものなのだ。

「あ。ボク、かわいいですか? あざといですか? オトコ女なのに?」

「うーん。妙な色気があるのは、庭野センセも、ヨコヤリ君も、認めるんじゃないの?」

 こうして、とうとう、タカシ君は富谷さんの色気を認めた。

 ヨコヤリ君の分析によると、彼は負けず嫌いである。

 あまたいるアイドルファンの中でも、ライバルたちを出し抜くことに快感を見出す、競争心旺盛なタイプだ。狙った相手との結婚を妄想したりする、本気勢でもある。

 だからこの際、それを最大限に利用する。

「そろそろ時間なんで。タカシさん、アイドル応援講座の最後に、チェキのやり方伝授、お願いします」

「うん。逆に、ボクのほうからも、お願いしても、いいかな?」

「なんです?」

「いや。ヨコヤリ君じゃなくて、アキラちゃんに、だね……」

「言ってみてください」

「長年アイドル道を歩んできた一人のオタクとして、ニワカたちに負けたくないんだ。頼む、アキラちゃん。ヤツラより過激なチェキを撮らせてくれ」

「過激って……」

 私がタイミングよく、助け船を出す。

「うーん。トウヨ君や太白真人に負けないレベルのって言ったら、やっぱり、ヨコヤリ君と一緒に撮ったっていう、パンチラ・チェキになるのかなあ。ちょうど今日は、見せパンみたいなの、はいてきてることだし。それでOKです? タカシ君」

「いや……その……できれば、ヨコヤリ君自身も勝てそうなのを……パンモロ・チェキとか、手ブラ・チェキとか」

「そんなの、いくらなんでも、ボク、イヤですよお」

「逆のパターンなら、どうかな、タカシ君。つまり、アイドルのほうが過激に肌をさらすってのではなく、ファンのほうが脱ぐってのは?」

「は? 庭野センセ、いったい何を……」

「どんな過激なチェキを許す地下アイドルだって、フルチンのファンの横で、笑顔でポーズってのは、ないよ。今なら富谷さんのパンチラ付き。これは千載一遇のチャンスじゃないか」

「えっ。でも、アキラちゃんがイヤって……」

「自分の肌をさらすのは恥ずかしいけど、タカシ君自身のを見学するのは、構わないって言ってるよ。普通の女子の前でなら、変質者扱いされる行為ではあるけれど、富谷さんは中身オトコだから同性のマルダシなんか平気の平左だし、あざとく可愛いって褒めてくれたのが嬉しいから出血大サービスする気にもなってる。そうだよね、富谷さん。さあさ、彼女の気が変わらないうちに、ズボンとパンツ、他脱いだ脱いだ」

 彼が戸惑っている間に、私は強引にタカシ君をマルダシにし、素早く西くんに合図を送った。

 こうして、パンチラ富谷さんに大コーフンする喪男の写真(バッチリ勃起の証拠付)、できあがり、である。


 一人目攻略のあかしを、その夜のうちに、ヨコヤリ君はママに持っていった。

 湯豆腐用に松前コンブを準備していたママは、「今、手が離せないから、冷蔵庫にマグネットで貼りつけてて」と余裕の反応だった。残業で帰って来ない父親抜きで、母子は食事をした。ヨコヤリ・ママの関心は、テレビのバラエティ番組の韓国旅行で、ヨコヤリ君は、再三写真に注意を促す必要があった。

 富谷さんの色気に喪男サークルの崇拝者タカシ君がコーフンする図、に、最初、ママは関心なさそうだったのだが……。

「なかなかやるじゃない。合格」

 もっと近くで見たいから、取って、とママは息子に現物をリクエストした。

 近眼の人がするように、しげしげと写真に顔を近づけて、ヨコヤリ・ママは言う。

「この子、サイズは普通っぽいけど、ソリがすごいわねえ」

 どうやら証拠能力うんぬんというより、タカシ君のマルダシのほうに、ママは興味津々のようだった。

「一人ができるんなら、他のメンツにも、同じこと、できるでしょ。無条件で合格出してあげるから、マルダシ・チェキ、頼むわよ」

 ヨコヤリ君は、改めてママのことが嫌いになったそうな。

 

 後日、塾長室で夕食の様子を彼から聞いて、私は後悔した。

「いらんことをして、自らハードルを上げちゃったなあ。あとのまつりだ」

「いいですよ。これで、基準がはっきりしたことですし」

 一人漫才の新ネタを練るべく、私はヨコヤリ君を誘って、再びマンガの読み合わせにとりかかったのだった。

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