第13話 豚の貯金箱に色気はあるか

「ゾンビ、見っけ」


 我がパーティメンバーの前衛にして花形「ヤルミン」が軽く剣を奮うと、緑顔にオサゲの女ゾンビはあっさり膝から崩れ落ち、首がゴロゴロと道端を転がっていった。この手のRPGのお約束として、退治されたモンスターは、ドロップアイテムを落として自然消滅する、というのがあるけれど、この『ナイト・クエスト』内では、そんなことはない。リアリティを追求するためか、単なる手抜きか、遺体はどこまでも遺体のまんまで残る。

 ゾンビの首から下は、チューリップ畑に佇むオランダ娘のような、メルヘンチックな赤いエプロンドレスと木靴姿だった。ちょん切られた首は骨と食道だけが造形されているだけだったけれど、ダラダラ、血を流し続けている。

「悪趣味よね。てか、ゾンビなんだから、こんなに出血するはずないのにね」

 私はヤルミンの言葉に頷きながら、胴体付近にしゃがんだ。

 しゃがんだまんまの私を見て、ヤルミンが再び声をかける。

「どうしたのさ、スワン?」

「……スカートをめくるっていう、選択肢がコマンドに出ないなーと、思ってさ」


『ナイト・クエスト』は、中世ヨーロッパの呪われた街を舞台にしたアダルト・ホラーテイストあふれるRPGである。プレイヤーとして参加するのには年齢制限があり、「娼婦」「盗賊」「暗殺者」等、物騒な職業について、夜と闇しかない世界を冒険する。

 私は一癖も二癖もあるパーティメンバー「ヤルミン」「ケイスケ」「しっぽ妹」「アノマロ君」「メイド伍長」と組んで、このネットゲームを楽しんでいた。ちなみに、参加者の半数とはオフでも面識があるメンツで、残り半分も薄々、正体が分かっている。要するに、気ごころが知れた……知れ過ぎるくらいの面々で、だからこそ、思ったことはズケズケと言う。

 私のスカートめくりを、「小学生のガキかよ」とツバでも吐きそうな勢いで咎めたアノマロ君はまだ優しいほうで、「悪趣味」「やりたいなら、エロ娼婦のアバター止めて、ゴブリンとかでやれ」「なんでこう、オッサン臭いんだ」……等々、聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせられた。

 私は、言い訳した。

 そう、最近、色気の研究をしているのだ、と。

 アノマロ君が、ケイスケに「このオッサンのタワゴト、本当ッスか?」と聞く。

 リアルでは我が忠実な塾講師ケイスケは、ヨコヤリ君と富谷さんの恋の顛末を、かいつまんで語った。

 一同、彼の解説の頷く。

「なーるほど」

「てか、諸君。なんで私自身の説明は無視するくせして、ケイスケのは鵜呑みにする?」

 しっぽ妹がすかさず反論してくる。

「それは、ご自分の胸にお聞きなさい」

「冷たいなー」

 色気の話に戻れば、「男と女」以外の何やかやにも、色気があるものかどうか、趣味と実益を兼ねて調査に来たのである。

 パーティメンバーはみんな私の年下……それも結構な年下なのだろうけど、こう、アバター姿で叱られると、ちょっぴり丁寧語が出てしまう。

「無機物にも色気を感じる人って、いるでしょう。たとえば、女性の靴に色気を感じるフェチな人。ナイフとスプーンでもBLの話を語れるって豪語する腐女子ちゃんたち、とか」

 アノマロ君が、すかさず反論する。

「それを言うなら、色気じゃなくて、エロスだと思うぜ、スワン」

「アノマロ君。君の言う、色気とエロスの違いって、なにさ」

「見えそで見えなさそうなチラリズムが色気。モロ出し丸見えなのが、エロス」

 大人げないのは分かっているけど、思わず揚げ足取りな反論をしてしまう。

「靴フェチの人にって、モロ出し丸見えてない赤いハイヒールって、何さ」

「だから、靴フェチの人たちは、エロいかエロくないか、二択の感じ方しかできないって、コト」

 言い合いになりそうなアノマロ君と私を、メイド伍長が止める。

「アノマロくん。マスターとして命じます。それ以上、屁理屈こねてると、アンタまでオッサン臭くなるから、止めて」

「いえーす、マーム」

「それから、スワン。そんな話なら、ナイトクエストないじゃなくとも、できるじゃない」

「あ。そうだった。無機物についてっていうより、モンスターとかクリエーチャーとかの色気について、しゃべたかったんだよね」

 しっぽ妹が、首を傾げる。

「……モンスターの色気?」

 バスタオルを身体に巻きつけて、見えそで見えなさそうなギリギリを狙うフランケンシュタイン。腋毛処理中を覗き見されて、恥ずかしそうな狼男。

「吸血鬼とか、エルフとか、最初っからエッチ臭かったり可愛いかったりして、色気普通にありますよーというキャラクターも、いるけど」

 ヤルミンが、当たり前過ぎる意見を出してくる。

「結局、人間に近い……リアルの男と女の特徴を持ち合わてるかどうか……じゃないの?」

 私はため息をついた。

「やっぱり結論は、そうなるか。なんか、平凡」


「スワン。結局、何がしたかったわけ」

「ゾンビ萌えやケモナー向けのお色気教室を開いて、一儲けする」

「うわ。守銭奴」

「ヤルミン、もうちょっとオブラートに包んで発言してよ」

 君とケイスケだけは、味方だと思ってたのに。

「そもそもスワン。そのアンタの教室、誰得だよ。ていうか、そもそも需要あんのか」

「アノマロ君。エビみたいなカニみたいな君のアバターにだって、惚れる人はいるかもしれないよ」

「スワンに改めて言われなくたって、オレはモテモテだっつーの」

「はあ」

 本音を言えば「一人漫才アプローチ」ネタに、行き詰って心境を開拓に来たのだった。

 漫画等で実際の「お色気シーン」を調べたところ、バリエーションがあんまりないことに、気づいた。

「七年目の浮気」でのマリリンモンローから、「モーレツごっこ」の被害者まで、特に小学生向けの漫画では、スカートがめくれるシーンは多々あれど、女の子はステレオタイプな反応しかしない。ベタな定番なお色気シーンだから、いいんじゃないか……という意見は分かるけど、慣れてくれば、それは次第に「お色気」の意味を失っていくのではないか……と思う。初めてスカートをめくって見えたパンツは、新鮮でコーフンするかもしれないけど、365日毎日繰り返されれば、それは教室のカーテンが風がめくれたり、洗濯物がはためいたりするのと、同じくらいの風景になってしまう。パンツが飽きたらパンツの下を狙っていくというのは、ありきたりであって、行きつく先は「倦怠期」だろう。

「だからあ、ネトゲの中で、そんな大人の事情を語るの、やめてよね」

「申し訳ない、メイド伍長。話の流れついでに、全くの興味本位で聞いちゃうけど、マイマスター、他のアバターに、カツコイイとか、エロイとか思ったことないの?」

「少なくとも、ゾンビの彼氏が欲しいと思ったことは、ない」

 この手のバリエーションの狭さは、日本だからであって、世界に行けば、また違った反応があるんだろうか?

「アメリカ行こうが中国行こうがタンザニア行こうが、ゾンビを気色悪いと思う人の割合は、一緒じゃないの?」

「お色気でもエロスでも、言い方はともかく、やっているのはゴールの先延ばしでしょ? 結局」

 ヤルミンがバッサリ私の懊悩を切り捨てると、アノマロくんが冷やかした。

「ひゅーひゅー。さすが彼氏持ちは言うことが違うねー。てか、ゴールって何さ、ヤルミン」

 ケイスケが大人の対応で、いなす。

「まあまあ。あんまりプライベートなツッコミはしないの」

 しっぽ妹が「私しゃ彼氏なんておらんから、偉そうなことは言えないんだけどさ」と前置きして、言う。

「色気とかエロって言うのは、ゴールの先延ばしって言うより、接近するための促進剤じゃないの?」


 その後、私たちは二手に別れて「色気」が先延ばしか促進剤か、喧々囂々やりあった。

「ゾンビとゴールインしたら、ちんちん腐りそう」というアノマロ君の嘆きに、ヤルミンが「童貞、乙っ」とツッコミ、その日の冒険はお開きになった。

「中身が子ども」のアバターと……いや、中身が子どもの高校生たちと語っても、あんまり生産的でない、ということだけは、分かった気がする。

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