第26話 アンティーク時計 ~きっかけ~
朝6時を過ぎた頃、
この日のセムル・ルードは、前日からの予報通り、朝から曇り空で、にわか雨が降っては止み、今か今かと、豪雨に構えて人々は、その時を待っている様だった。
そんな中、セムル・ルードのある小屋の前で1人の男が、まるで..
その小屋を守っているように佇んでいる。
その男は、気づいては小屋の前をうろちょろし、時間を見計らって小屋の外に置いてある
そのまましばらく何処かに消えたと思ったらまた戻って来て、小屋の中に...
こんなことを前日の21時頃から飽きる事なく続けていた。
格好も格好で、古びた長いコートを着て、口元を隠すようにしてわざと襟を立て、頭には深く帽子を被っていた(こちらも目元を隠すようにして..)。
こんな格好で、とある小屋の前をうろちょろしていては、どう考えても怪しまれるのが落ちだが..
この日の朝、大荒れの前兆があった為に、そんな彼を注意して見る者は、ほとんどいなかった。
仮に治安官が、この男の横を通っても見るには見るだろうが、その天候が気になりそのまま足早に去るであろう。
一方、小屋の中では、静かに眠る女性が1人、その左にいびきをかきながら眠る男の子が1人、端には膝を折り曲げてこちらも静かな吐息で眠る馬が、布団代わりに多く敷かれた藁の上で気持ち良さそう横になっていた。
しかし、そのいびきの
「少し静かにしておくれ」
と言わんばかりに頬を軽く舐めたあと、そのいびきのうるささに何の変化もない事に気づくと..
ため息の様に喉を鳴らして、自身の顔を敷かれた藁の上にへと下ろした。
その馬のロウェルの出した音に静かに眠っていた女性、
セシリア・ルージュが反応して目を覚ます。
「...ロウェル? ...フィルに...ここは...」
「どうやら...目を覚ましたようだね?」
そう言って小屋の中に入って来たのは、
ずっと昨日の夜からこのセムル・ルードにある小屋の見張りをしていたセバスティアンだった。
「..セビィ」
「よく眠れた?」
「う..うん。さっき気づいたら、ここに居たから...で、ここは?」
「ここは、セムル・ルードにある僕らが住んでいる家の..隣にある小屋の中だよ?」
「..イルモニカじゃないの?」
「うん。イルモニカには、とても数時間では行けやしないから一旦、スエル・ドバードから1時間くらいで着く、この場所に戻って来ようって決めてたんだ。
フィルやロウェル、それにセシリアの事も考えて、ここでしばらく休んでから時間を見計らって..そのイルモニカに向かおうってね?」
「..そうだったんだ...」
「体は大丈夫? 寒くはないか? もう少し焚き火の火を強くしようか?」
「ううん...大丈夫? この下に敷いてある藁のおかげで凄く暖かいよ..ねえ?
私..どれくらい眠ってた?」
「..そーだなぁ...ここに着いたのは、えー..昨日の21時前くらいだから...セシリアは、その前からぐっすりだったから..
10時間近くは寝てたな?」
「わたし..相当眠ってたね?」
「もう..本当にぐっすり?」
「なんかヤダ...恥ずかしい..」
「かなり疲れが溜まってたんだね...疲れは少しとれた?」
「うん! おかげさまで? ゆっくり寝かせて頂きました...」
「それは、良かった...それにしても..そこで寝てる奴のいびきは、どうにかならないものか?」
セビィがセシリアの横で寝ているフィルについて触れるとセシリアは、フィルの寝顔を見てクスクスと笑い始めた。
「ほんと..大きな いびきだね?
この子も、相当に疲れたんだろ..ありがとうな...フィル」
「フィルも4時過ぎまで起きてたんだ...あとは俺がやるから先に寝ろって言ったら..このざま?」
「ははは...ありがとう...本当に...2人とも...セビィもまだ寝てないんだろ?
あとは、私がやるから早く眠ってよ?」
そう言われほっとしたのかセバスティアンが口を大きく開いてあくびをすると...
その端整な顔が崩れ、それを見たセシリアは、
思わず堪えきれずに笑いをこぼした。
「ははははは...もうセビィ...そんな顔になるまで無理してさ...
はははははは、あと、は、私がやるからさ...くっ..はははははは」
「...あー、すまない...さすがに少しキツいな..」
「...ほら! ここで横になりなよ?」
「うん...じゃあ..失礼する」
セシリアは、自分の寝ていた位置を開け、フィルとの間に1人分の隙間を作るとそこにセビィがゆっくり腰を下ろし、手枕を作って横になった。
「う~ん..暖かい」
「だろう? この上等な
「ああ? 自分で作っておいて何だが..今やっと分かった..
これは上等な藁布団だ?」
「きっと高く売れるぜ?」
「うん! 考えなくては...おい、ロウェル?
今日の夜は頼んだぞ?
何せお前のがんばりにかかってるんだからな?
今のうちに確り休んでイルモニカまで突っ走ってくれよ?」
フィリップの横で体を休める馬のロウェルは、そのセバスティアンの声に喉を鳴らして顔を上げる。
「本当に頼もしいよ...ロウェルも」
「セシリア?」
「うん?」
「..気持ちは...落ち着いたか?」
「...ああ、あんたたちのおかげで...少しばかりは..」
「そうか...」
「魔法かけてくれたんだろ? あんとき..さ」
「...」
「私が不安に押し潰されて自分を見失ってる時に...あんたが魔法をかけてくれたんだ」
「...」
「..そのあとも、今度は、フィルが私に魔法かけてくれた...
ロウェルだって..感謝してるよ」
「..うん」
「眠りにつくまででいいからさ、少しセビィについて聞かせてくれよ?」
「ああ」
「...あんたは昨日の夜、私のことをずっと前から知ってるって言ってた。
それは...どういう意味だい?」
「...君がスエル・ドバードに引っ越して来る前から知っている。
君の父が時計職人だったて事も...アルテッドおじさんの事を..」
「セビィ...どうして私の父の名前を?」
「理由は、とても簡単だよ?
君の父、アルテッドおじさんは、フィルと俺の父親、ジウ・ネル・デルシアとイルモニカで時計職人をやっていて、それに師弟関係にあったんだ?」
「..イルモニカで?」
「うん。アルテッドおじさんが俺たちの父のジウの師匠で、イルモニカにあった老舗時計店のザイクモルバで共に働いていたんだ。
その後、父のジウはスエル・ドバードに出来たばかりの支店を任せられるまで成長して俺たち家族は、スエル・ドバードに引っ越して来た」
「スエル・ドバードに住んでたのか?」
「うん! 半年間だけどね? そのあと、君も知っていると思うが..
ザイクモルバ時計店が予想以上に儲かったんだ。
例のアンティークブーム煽りでね?
それで、このセムル・ルードにも支店が出来て父のジウが急遽任せられることになったんだ..」
「そうだったのか...それで私の父アルテッドは、スエル・ドバードの支店に..」
「何も文句も言わずにね?
..あのジウがやっていた店なら喜んで後を継ぐよ
..って、師匠でもあるアルテッドおじさんがだよ?
あの人は、本当にそういう人だったんだ...
だから俺たちの父ジウは、アルテッドおじさんの事を、
こころから慕っていたんだよ..」
「あなたたちの父親と私の父は知り合いだったなんて...」
「..俺はいつも遠くから誰かを見ていた。
最初に見かけた時から、何か..気になったんだ。
いつも元気でおちゃめで..
周りの男の子たちに混ざって..
誰よりも目立つ女の子を...俺はじーっと眺めていた。
凄くおとなしくて人見知りの激しい俺は、
そんな活発な女の子に夢中になっていたんだ...
いつも楽しそうで、誰とでも仲良くなれる不思議な魅力を持った赤毛の女の子...
当時の君とは、俺は直接会ったことはない...
でも俺は君の事をいつも遠くから見ていたんだよ...
セシリア・ルージュ...君をずっと..」
「セバスティアン...」
奇しくもセシリアの父アルテッド・ルージュとセバスティアンとフィルの父ジウ・ネル・デルシアは師弟関係であったという事実は、セシリアにとって信じられない様な話であった。
共に老舗時計店の看板を背負えるだけの技術を持ち、店を構えるまでになった2人であったが、
その2人にとって不運だったのは、
アンティークブームの到来は、アンティークなる物にとって終わりの始まりであった事だ。
それまでにもこの世では、珍しいそのアナログ時計は、不思議な魅力を持った大変価値のある物として重宝されてきたが、その反面、
とても庶民が手を出せる値段ではない為に、常に尊ばれる代物として価値を上げてきた。
が、それも"魔法機器"なる物が流行る前の話である。
魔法機器とは、少し古い言い方ではあるが..
(今の若者は、もっとスマートな呼び方を既に見つけているが..)
今から50年前から存在はしていたが、まだまだその開発が未熟な為に、一部の好事家の間で流行りはしたものの、限りなくごく一部だけであった為に、別の世界から持ち込まれた電気なる発明には、とても及ぶものではなかった。
需要価値にしてもそこまで伸びるものではないとされてきたがここ10年で、
その魔法機器なるものが電気に替わる特別なものであると言う、学者たちの声が挙がるとその進化、開発が一気に進み、気づく頃には誰しもが手軽に楽しめるものだと認識され始め、あっという間に普及していったのだ。
そんな最中に起きたアンティークブームであったが
(それは一部の好事家と言われる人たちが買い占めた為であるという説がある)、
こんなにも安価で機能性も備えた魔法機器なる物が存在する時代に、わざわざ大金を叩いてでもアンティークのような物にこだわる1種の変わり者というのは、いつの時代にも存在するものである。
だからといって、老舗アンティーク時計店が
本当は無かったのだ。
こうしてアンティーク時計に対する民衆の感心が無くなると、
それまで1秒のズレもなく動いてきた時計の歯車が狂い始め、
その狂いが幼い子供たちの人生をも狂わせてしまうほどのうねりを生んだのだ。
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