第27話 魔力炉
小屋の中で薄明かりに照らされるセバスティアンとセシリアは、互いにしばらく見つめ合っていた。
そんな2人の時間を邪魔するようにセバスティアンの左の横で寝ているフィリップが寝言を言いながら寝返りを打つと、
セバスティアンとセシリアは、慌ててフィリップの寝顔を見た。
「...あっ、焚き火が消えそうだね?! 私...ちょっと薪を足してくるよ」
「あっ! 俺が..」
「いいよ! 後は、私がやるからさ? ...この
「ああ...すまない」
彼に対する沸き起こる感情を誤魔化すようにセシリアは、小屋の出入り口に近い所にある、鉄柵に囲まれ、その真ん中で焚かれた火の中に、側に置かれている山になった薪を1つずつ、軽く投げ入れていった。
そんな自分を見つめるセバスティアンに気がついたセシリアは、
「..だけど、飛んだ災難だったよな?」
「うん?」
「..だってさ、イルモニカでまあまあ繁盛して、いざ各地に店を構えたら..実は、その繁盛を境に業績が落ちていった...っていうね?」
「..うん、父さんも言ってた。どんなにいい物を作っていても、世の中の流れには逆らえないって...それがどれだけ値打ちがある物でも、時代が生んだ価値には、敵わないってね?」
「..私たちは、時代の変わり目のちょうど真ん中に居たんだよ?
最悪なことにね...」
「うん..でもアルテッドおじさんは、そんな不安を一切見せなかった。俺の家族の家に遊びに来た時にね?」
「...」
「その時には、俺の父のジウの店も全くと言っていいほど時計が売れなかった。どれだけいい素材で、何年もかけて作られた時計でも、その時にはもう...
誰1人として、店の前に展示された自慢の時計を見る者なんていなかった。
そんな時にアルテッドおじさんが家に遊びに来た。
遊びに来たって言うよりは、励ましに来たって言った方がいいのかな?」
「..ふふ」
「アルテッドおじさんは、父のジウに...
例え時代が変わろうとも、時計その物の価値は変わらない。
だから俺たち時計職人は自信を持って誇ればいいって?
その内に..またアンティーク時計の魅力に気づいてくれるだろうってね?」
「..うん。私の父は、いつもそうだった..前向きで...
決してへこたれない強い人だった。
私の母さんも、そんな人柄に惚れたんだって言ってた..」
「..そのアルテッドおじさんが俺にね?
..俺にも君みたいな年頃の女の子がいるんだ?
もし今度またここに来るときは、連れて来ようと思うんだが..仲良くしてくれるか?
って言ってね..」
「何て答えたの?」
「もちろん...うん! って答えたよ?」
「...」
「本当は、俺はセシリアのことは既に知っていたけど...
結局、その後アルテッドおじさんがセシリアを連れて、俺たちの家に遊びに来ることは1度も無かった....
アルテッドおじさんが顔を覗かせることも...2度とね」
「..セビィとフィルのお父さんも病気で亡くなってるんだろ?
..フィルが言ってた」
「...ちょうどその頃に起きた
「..魔力炉爆発事故?」
「うん..今から...7年前の4月頃にイルモニカにある当時、サンレルタウンと呼ばれた町の付近に建設された魔力炉が魔法造反者によって爆発した事故の話..」
「..7年前の4月だったら、家族がじたばたしてた時だから...父の時計店をたたまなくちゃいけないかった時だったし..その事は少し聞いたことあるけど..余り覚えてないわ...
ああ!? その事かは分からないけど、
父のアルテッドが確か...5月頃だったかな?
大事な親友が事故に巻き込まれて大変な事になっているから、お見舞いも兼ねて仕事の応援に行って来るってセムル・ルードに行って、1ヶ月ほど家を空けた事はあったけど...」
「...それが俺たちが最後に見たアルテッドおじさんの姿だった..」
「...じゃあ...そのお見舞いって...さっきの..」
「うん...俺の父のジウと母のエレが2人だけで、そのサンレルタウンに旅行に出掛けていたんだよ...俺とフィルを叔父と叔母の家に預けてね?
そのサンレルタウンの帰りの列車を待っているときに...その魔力炉爆発事故に巻き込まれたんだ。
爆発して魔力炉から漏れた無為の魔力をふんだんに浴びてしまったんだ..」
─今から7年前の4月、イルモニカにあったサンレルタウンで起きた
"魔力炉爆発事故"
魔力炉とは、
魔法戦争の始まる前に当時のアルル・ダードとイルモニカの境界線の真下にあった
"ジャール"
..と呼ばれる孤島の岩山の奥である不思議な石が発見される。
その石は、直径5メートルほどの大きさで神秘的な光を発して宙に浮いて存在していた。
..あとに仮の名前として魔法石と呼ばれていた物だ。
その石を最初に発見したのは、単なる冒険好きのイルモニカ側に住んでいた浮浪者であった。
その事を街に持ち帰って話すとたちまち噂は広がって、あれよあれよと、その場所に一目でもその光を見ようと人が群がり...あっという間に観光の名所になってしまったのだ。
イルモニカ政府は、その噂を知ると、直ちに魔法石と呼ばれる物が存在する場所に古代学者等を向かわせ、その不思議な光を発する石を徹底的に調査させた。
そして、"魔法石" と名付けられたその石には、人々の考える範囲を超越した力があり、その魔法石を利用すれば、我々の想像を越えた資源になりうるとの答えを出した。
こうして魔法石と呼ばれた物が学者たちの手で研究され今の魔力炉といったものへと姿を変えたのだ。
しかし、話はそれでは終わらない。
その魔法石なる物が噂に上がったときには、当然の様にアルル・ダード政府が絡んでくるものである..。
アルル・ダード政府は、その魔法石と呼ばれる石の存在する場所は、我々の領土でもあると主張してきたのだ。
この事も、後の魔法戦争に深くかかわっているのだ..
結局、戦争の引き金になるものの後ろには、
その利益はどちらのものか?
といったものが見え隠れしているのだ...
その戦争終結後に、連合国となったイルモニカとアルル・ダードは、その魔法石と呼ばれるものから途方もなく溢れ出る魔力を使って生活基盤の助けにならないかに着目すると、その13年後に魔力炉と呼ばれる新しいエネルギー源泉の開発に成功すると、その後の実験等を終え、
魔力炉の開発から5年後の...
エレス世紀2618年.7月に
サンレルタウンから20キロほど離れた場所に建設された最初の魔力炉を正式に稼働させた。
それにより時代は電力なるものから新しい資源となる魔力を使った生活へと少しずつ代わり始めたのだ。
だからと言って...その新たな源泉なるものが直ぐに受け入れられる訳ではなかった。
その魔力を使っての生活に何ら支障は出ないのかといった議論は何度もされてきたし、その魔力炉に危険はないのかといった声も当然ながら上がった。
仮に魔力炉なるものが、爆発でもしたらどうなるのかという不安もされてきたが、サンレルタウンの当時の市長アルソは、イルモニカ政府の新しい実験の為の場所提供に立候補して莫大な金を政府から受け取り、開発稼働までさせたのだから、今後はその新しい源泉とうまく付き合っていけばいいだけの事で、不安等は最初だけで慣れてしまえばこちらの方が利便性があって良いことにいずれは気がつくであろうと述べると、
その不安を忘れさせるよう、この一帯に住む市民たちの生活から光熱費を無料にすることを約束する。
それから月日が過ぎ、魔力エネルギーを生む魔力炉は世界でも普及し、存在していることが当たり前の様になっていっく。
それから更に魔力炉が稼働して70年以上が経った..
2693年の4月に事件は起こる。
サンレルタウンの名所でもあるリドゥル川の橋で昼頃、
1人の男が何やら騒いでいるとの通報を受けて、近くにいた治安官2人がその男に事情聴取をしたところ..
この男は魔導書を所有していた為に、魔法許可書の提示を求めた。
しかし、この男は、それに黙っまま、問に応じる気配はなく、困り果てた治安官は、近くの魔法監視官を呼ぼうとした際、その隙を見てこの男は、治安官に持っていた魔導書を投げつけると走って橋を渡り北側の森にへと逃げて行った(この北側に走って逃げていった事が、この男にとって意図的であったのか、または偶然だったのかは今となっては分からない..)。
その場にいた治安官は、慌てて直ぐに治安本部に連絡を入れ、20分後に駆け付けた魔法監視官3人を含む約30人でこの不審者が走って逃げて行った北側を中心にして捜索に乗り出す。
しかし、北側の森等を徹底して探すも不審者を見つけられず1時間が過ぎ..
更に応援に駆け付けた15人の治安官と合流して再度捜索するも、この不審者の足取りが掴めずに3時間以上が経過していた。
その頃、その不審者が逃げて辿り着いていた場所は、例の魔力炉が幾つも並んだ施設で、この男は、その大きな魔力炉の1つを塀の外から眺めていた。
しばらく眺めたあと、この男は右手に不思議な光を浮かべ、大きな玉の様なものを作り出し、
それに何かを唱えると...
黒い模様が浮かび、その黒い模様が浮かぶ大きな玉を、目の前にある大きな魔力炉へ向かって飛ばす。
だからといって魔力炉に届く筈は..無い。
なぜなら、魔力炉には結界が張られているかだ。
世界でも優秀な魔導師や賢者達によって作られた結界が存在する以上、
ちょっとやそっとの魔法、例えそれ以上でも(1.2人ほどのハイクラスの魔導師程度が作り出した魔法でも..)、意図も簡単に跳ね返される筈であったが...
あろうことか、その模様が浮かんだ大きな玉は、
その結界を意図も簡単に突き破り、その先にある魔力炉に穴を開けたのだ。
その瞬間、大きな爆発が起きる。
横に並んだ魔力炉2号機、3号機を巻き込み更に大きな爆発を起こした。
───
──
その日の夕方を前にサンレルタウンでの観光を終えてセバスティアンとフィリップの父ジウとその母エレは帰宅の為の列車を待っていた。
列車が向こうから見えるとジウとエレは椅子から腰を上げて足下に置いていたお土産の入った大きな鞄を手に取ろうとジウが取っ手に手をかけた瞬間、
遠くから大きな爆発音と地響きがその駅を襲うと、
周囲の明かりが全て消え、
一斉にそこにいた人々が何事かと声を上げる。
いつもの穏やかであった空気が慌ただしい雰囲気にへと変わった。
数分後、緊急用にあらかじめ用意されている電力により、魔力に変わって作動すると消えていた明かりが灯され、少し暗かった駅の構内に明るさが戻ったが、原因を掴めない人々は、相変わらず慌ただしいままだった。
その爆発音が、まさか魔力炉に因るものとは、その時は考えもしなかったのだ。
───
事件発生から4時間近くが経ったとき、列車の動かない駅構内で人々が騒ぎ始めた。
駅の外を見ると遠くから白い光と黒い光が混じり合いながらこっちに向かって来るサンレルタウンを覆うほどの煙に気付いたのだ。
「...悪魔だ...悪魔の光だ? ...みんな..逃げろぉぉ!」
1人の男性の声に反応した構内にいる人々は、声をあげ一目散に駅の外を目指して逃げ始めた。
ジウは怯えるエレの手を確り握りながら駅の外に向かって来るその光を発する煙を見ていた。
それが何の煙か検討もつかなかった、
しかしジウはある事に気がついた。
その向かって来る煙の先にあるものが魔力炉だという事を..
ジウは、エレに今から外に逃げても無駄であることを伝えると、人々がどんどんと消えていく構内にある待合室へと連れて行き、
そこで少しでも煙から身を守るようにと指示する。
エレは、ジウに言われた通りに体を隠すようにしてその場に屈み込んだ。
そしてジウは、そんなエレを覆う様にして抱き締めると1分も経たずに、その2人に構内に入り込んだ煙が降りかかり、何とも言えない不思議な違和感に耐えるジウとエレから意識を奪っていった。
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