第25話 安眠 ~補助魔法~
「うん?! うっ! ..うわぁぁぁあ!!!?」
急に目の前に現れた青白い炎を二ズルたちは慌てて振り払おうとするが、その炎は、その場を収める程の大きさに燃え上がり..
「ぎゃあああ!! 助けてくれぇぇぇ!!?」
男たちは、体を揺らし必死に叫んだ。
────
──
「..おーい? 店主は、まだか..酒のおかわり」
「あん? 店主なら、さっき血相を変えて..何人かの客たちを連れて出ってたぞ?」
「はん? なんでぇ?」
「知るかよ。...どうせ、また..無銭飲食か何かだろ?」
「...う? なんだ? 叫び声...」
「おーい!! 大変だ?! 人が燃えてんぞぉ!?」
酒場の出入り口から突然割って入った声に、中で酒を味わって居た客たちは、その異変にようやく気付き、流れ出て路地裏に駆け付けると、地面で暴れ回る4つの燃え上がった炎の塊に触れないように叫ぶ。
「うわぁ..こりゃーひでぇ」
「おい早く! 水だ!? 水を持って来い!?」
「そこの扉を開けろ!?」
店の中から出て来た客の1人が路地裏に繋がる店の扉を開けるように言ったが、既に中に居る者がそれ開けようとしているものの音を立てているだけで決して開こうとはしなかった。
「あと...1分もしない内に開くよ?」
「..ああ?」
この状況を何とかしようとする高齢の客は、炎の前で呑気な事を言う男に間抜けな顔を向ける。
「...じゃあ、俺も..そろそろ」
「..おい!? おめぇ、今がどんな状況か分かってんのか?」
「ええ...もちろん?」
「...」
「言ったでしょ? ..あと1分程だって?」
「..おめぇが...やったのか?」
「それに...火傷なんかしませんよ。単なる..はったりですから? ...では失礼」
セバスティアンは、強引に会話を終わらせるとフィリップとセシリアが向かった方向に走り出した。
─────
───
路地裏を抜けたフィリップと布で顔を覆うセシリアは、大通りを前にして、人目に付かないように慎重に身を潜めている。
フィリップの目指した干物屋は、酒場ボルカから少し離れた場所にあった。
夜を迎えても客足がなく不満そうにしている店主が店の中にある椅子に座って何やらぶつぶつ言っている。
フィリップは、物陰に隠れるようにして辺りを見ていた。
その後ろでセシリアは、顔をうつ向かせてフィリップの合図を待っている。
「セシリア..いい? あの干物屋の横の...あの柱を見て?」
そう言ってフィルの指さす方向の柱に、馬車が括られていた。
「...あれは、ロウェ..」
「うん...あの馬車の後ろのドアを僕が開けるから、セシリアは僕が合図したらその車に乗ってドアを閉めて..いい?」
「うん...分かった」
その返事を聞いたフィリップは、辺りを見渡してから馬車の方へ歩み寄った。
干物屋の店主から見えないように馬車に近づき...もう1度、周囲を見てから馬車のドアを静かに開けて、セシリアに見える位置にまで移動し...辺りを円を描くように広く見渡してから...
フィリップは、セシリアに向かって頷いた。
セシリアは、その合図を受け取ると今にも走り出しそうになる気持ちを押さえ、ゆっくり前に進み、フィルがさっきやった干物屋の店主から見えないように歩を進め...
馬車の後ろに立つと、周囲を確認しその車のステップに足を付け、中に入り、そのドアの内側に付いた両方の取手を確り掴んで...ゆっくりと手前へ引いた。
干物屋の店主と楽しそうに話すフィリップの声が聞こえる。
その声を馬車に乗ったセシリアは、身を潜め聞いている。
時間が4分ほど過ぎた時、フィリップの声が消えると馬車に近寄って来る気配をセシリアは感じ、干物屋の店主を相手する声がフィリップからセバスティアンに代わったのが分かり、馬車のドアが開いてフィリップが入って来た。
そのドアが閉めるとフィリップは、
「セシリア? あと少しだよ...」
「フィル....わたしは..わたしは...怖かったんだ、わたしは...」
「うん...もう大丈夫..僕とセビィがついてる..」
「...あいつらが私を追って来ないか心配なんだ..」
「アルダ・ラズムの奴らだね? ...あいつらなら、今ごろアルル・ダードに向かってるよ? 昨日も言ってたろ? イルモニカ政府の傭兵の仕事があるって..あのズバルも...それからセシリアの胸ぐらを掴んだあいつも...みんなイルモニカ政府の傭兵に駆り出されてるよ?」
「本当に..」
「うん! 本当だよ? ...アルダ・ラズムの城に残ってるのは、城を守ってる門番くらいだよ?」
そう言ってくれたフィリップにセシリアは寄り添い、フィリップの左肩に顔を埋めた。
────
──
「もういいのかい?」
その干物屋の店主の声にセバスティアンは、
「ああ! 本当に助かった..感謝する」
「なに..そこの柱に括って置いた馬車を見張っていただけだよ?」
「それでも助かった..ありがとう」
「いやいや気にするな? あんたらみたいに気前のいい客なら..いつでも歓迎だぜ? いつでも馬車の面倒も見るぜ...いやしかし大した馬だ..こんな馬は、この近くじゃ余り見かけねぇ...アルダ・ラズムの兵士でもない限りはなぁ?」
「そうか? 分かったありがとう..では失礼する!」
「おう! また来てくれや?」
その店主の声に頷くセバスティアンの横をあっちこっち見渡しながら必死な形相の二ズルたちが歩いてる。
「じゃあ、頼んだよ...ロウェル?」
彼が跨る馬のロウェルに声を掛け、首筋を軽く叩くとそのロウェルは、前足を大きく上げてから地面を叩いてから歩き始める。
揺れるセバスティアンは自分の顔に付いて残っていたテープの存在に気付き、それを剥がし内ポケットにしまって..
後ろを振り返ると、二ズルが険しい表情で彼を見つめている。
「...さあ、ロウェル? 行こう!」
...曇った夜空の大通りの道に、前を見るセバスティアンの声が響き、その声に応えるよう馬車は、鼻を鳴らし勢いよく走り始めた。
────
──
しばらく揺れる馬車の中で黙っていたセシリアは、
フィリップの肩に顔を埋めたまま口を開いた。
「...失敗したら殺されるって考えたら..私の中でまた何かが壊れたんだ」
「...」
「もしニズルにバレたら..きっとあのアルダの奴らに知らせて私をむちゃくちゃにしに来るって考えたら...もう眠ることなんて出来なかった」
「...その最悪の事も僕たちは、想定していたよ。もしニズルに僕らがセシリアを逃がそうとしている事がバレたらどうするかも」
「...バレたら..私を見捨てたかい?」
「見捨てる?! そんなことするもんか!
セシリアを見捨てるくらいなら僕は魔法を使うよ!」
「フィル..お前..魔法使えんのか?」
「まあね? 脅しくらいの魔法なら...ほら! 僕にだって使えるよ?」
そう言ってフィリップは、広げた右手の上に炎を浮かべる。
「へぇー! 凄いな?! フィル?」
「へへん!」
「はは..でも魔法監視官に見つかったら捕まるぞ?」
「捕まる? 構うもんか! 悪い奴らをびっくりさせるくらいなら魔法監視官だって許してくれるよ?」
「..そうか? じゃあフィルは、その魔法を使って悪い奴らをやっつけるんだな?」
「やっつける? 違うよ! セシリア? 悪い奴らをやっつける為じゃなく...大事な人を守る為だよ?」
「..大事な人を守る?」
「うん! 僕が主に習ってるのは、補助系の魔法だよ?
だから間違っても悪い奴らをやっつける為じゃないよ?
もう武器としての魔法の時代は終わってるからね?」
「..そうか...偉いなフィル? ..あっ! じゃあさっき私がハシゴを下りるときにフィルが構えていたのは...」
「そうだよ! もしセシリアが足を滑らせて落ちたら大変だからね?」
「はぁん? 私が、そんなにドジに見えるのかい?」
「へへ、万が一に備えてさ?」
「...そうだったんだ」
「うん、それに僕だけじゃないよ? セビィだって魔法が使えるんだよ?」
「..あんたたち兄弟って凄いんだね?」
「へへ、そうかな?」
「...じゃあ、あのとき...セビィは、私に魔法を?」
「きっとそうさ? だからセシリア。安心してお眠り?」
そう言ったフィリップは、セシリアの両肩に優しく両方の手を置き、目を瞑って何かを唱えると彼女の体が一瞬だけ暖かい光に包まれた。
その光がセシリアのこころの奥にある..
ありとあらゆる畏れがこびりついた不安を取り除いて消えていくと..
セシリアは、急に安堵に誘われるように眠気が訪れフィリップに持たれかかるようにして倒れた。
その彼女をフィリップは優しく抱き抱え、自身の傍らにそっと寝かせ、
その穏やかに目を瞑るセシリアに声をかける。
「怖かったろ? でも、もう大丈夫だよ。
僕とセビィがついてる..だから安心してお休み?
セシリア...」
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