第21話 セシリアの指名

「おい! セシリア? お前なんか作ってやれ?」


「あの客にかい?」


二ズルは一旦客から離れて、カウンターの直ぐ近くにある台所に立ったセシリアに声を掛けた。セシリアは自分から離れた位置に座る客に目を向け、二ズルを見る。


「ああ、そうだ」


「はいはい...分かったよ?」


セシリアは面倒くさそうに返事してコンロに火を付けフライパンを置く。


「...おいセシリア?」


「..はいはい...次は何だよ?」


「...肉は使うなよ?」


「...分かってるよ? 大事な肉は夜のお客さま用だろ?


だから使うんなら..ハムと卵までにしとけだろ?」


「そう! そうじゃ..それくらいにしとけ」


この時、内心はヒヤッとしていた。自分の本当の気持ちを見透かされたのではないかと...


だからセシリアは、フライパンに火を通すなり、それに合わせて高鳴る胸の内から溢れる笑みを一生懸命に押さえていたのだ。


「で、お客さんは...この近くに住んでるのかい?」


「..ああ」


「それにしても..あんたいい男だね? そんな身なりはしてるけど? ..おっと失礼?」


「ああ..そ..そうかな?」


「ええ..本当ですぜ? ..それによく見りゃ..あんた本当に大人かい? えらく若く見えるぜ?」


「そ! ..そうかい?」


「ああ、答えなくて結構? 大事な客を詮索せんさくするようじゃ..店主失格だい?」


訪れた客は、出来るだけ..だらしのない飲んだくれに見えるよう装った。ただそれが相手にどう映ったかは別だが...


「..ところでお客さん...どうしてこんな所へ?」


「..あっ...ああ!? ここに..その...女がいると?」


「ほぉ...お客さん? ..それはどんな女だい?」


「..その...寝る....とか?」


「...カッカッカッカッカ..そうかいそうかい..あんたもあの女に釣られて来たのかい?


..通りでこんな時間にあんたみたいな男が1人でやって来て...レモネードとはね?」


ニズルが客にお決まりの質問をして、返って来た答えいつものに笑い声を上げていると、そこへセシリアがトレイに乗せた別々のハムエッグとトーストを運んで来る。


「..お客さん...でいい?」


「...ああ!? じゅ、じゅ...充分だ!」



紛れもなく嘘が下手なセバスティアンだった。


どんな下手な変装をしても目までは、隠しようがなかったのだ。セシリアもそんなセバスティアンにまるで赤の他人に接するかのようなをしてみせる。


「おい? セシリアよ...喜べ..お前を求めて来た新しい客だ?」


「...」


「..でも本当なら今夜にでもさっそくと言いたいところなんだがね? 何せ今夜は、この女...予約でいっぱいなんですぜ?


だから明日にでも..」


このニズルの言葉にセシリアは急いで背を向けてカウンターの横にある冷蔵庫の方へ行き、そこからレモネードをまた1本取りだし急ぎ足で元の位置へと向かった。


「あ..今夜はなんとか出来ないのか?」


「そう言っても今夜は..予約が...常連もいますしね?


そりゃワシだって新顔のお客さんを優先したい気持ちはやまやまなんですがね?


さすがに..常連を差し置いて新顔のお客さんにってんのは...ワシも気が引けますぜ?」


「...そうか」


そこへセシリアが戻って来て..


「ごめん邪魔するよ? ねえお客さん? ..これ私からの奢り?」


そう言ってセシリアが客に変装したセバスティアンのいるテーブルの前にレモネードを置くと、今度はテーブルの上に両手を置いてわざと胸元を開かせたブラウスから胸の谷間が見えるように構えてみせた。


「..あ..えっ? いや...」


「......けっ! この女、色気付いていやがる?」


たじろぐセバスティアンを尻目に背を向けニズルの横に行き耳打ちするセシリア..


「なあニズル?」


「うん..なんだい?」


「1度でいいからさ..私にも指名させろよ?」


「はぁん?」


「1回でもいいから私が選んだ男と寝かせろって言ってんの? そうした方が私もやる気が出るだろう?」


「...このスケベ女が! ..全く...すっかり女になっちまってるよ? ...しゃあねえな..お客さん? この女があんたのことを..えれぇ気に入ったみたいなんでね? こっちの指定時間なら構わないけどね?」


「何時ごろだ?」


「今日の19時ってのはどうです?」


「..構わんが...」


「おいセシリア? 文句はねえだろうな? あとになってやめたってのは無しだぜ?」


「..ああ」


「お客さん...決まりですぜ?」


「..では..頼む」


「...」


「じゃあ...お客さん、前払いになりますがね...新しいお客さんは、最初の料金が少し割り増しでしてね? ..えー...」


「これで足りるか?」


そう言って客に扮したセバスティアンは5枚の200ギルド札をニズルの前に差し出さすと..


「..え? ...じゅ..十分ですぜ!? お客さん!」


「良かった..」


「...」


「これだったら多少の延長も構いやしませんぜ?! ...なんだったら今の時間なら、2.3時間ほど相手させますぜ?」


「..いや...19時前にまた来る...」


客のセバスティアンはそう言い残してから立ち去ると、直ぐ様セシリアは彼が口にしなかった自分が用意した食事の乗った皿からトーストを取り口にくわえ、それ等を乗せたトレイに飲みかけのレモネードと開けられていない方を置いてから片手で抱え3階の寝室へと向かった。


「おい! セシリア! 今の内に確り休んどけよ?!


何せお前は、今夜から次の朝方まで寝れやしねぇんだからな?」


背中越しに聞こえる二ズルの大きな声に彼女は、


「まあ! しゅっかり、やしゅんどくよぉ..」


トーストをくわえたまま器用に喋り、胸の内で..


(大丈夫だよ..ニズル...私は今夜は寝る気なんてないからさ..


それから..ありがとうよ..


セビィ...それにフィル...あんたたちのおかげで..


すっかり食欲が戻ったよ..それに私は、今から確り休んで準備して待ってるからさ...頼んだよ..)


セシリアの口から残りのトーストがちぎれ落ちてゆく..


彼女は、その落ちたトーストに声を出さずに..


"セビィ"


と言った。

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