第22話 たどたどしい道のり

寝室のベッドの上であぐらをかき、1階から持ち込んだトレイの上にのったさっき自分が焼いてセビィが全く口にしなかったハムエッグを美味しそうに食べては、そのトレイに乗ったレモネードの2本の内の開いた1本の残りを(セビィが唯一口にした)一気に飲み干し、声を出してため息をつく。


するとその勢いから大きなゲップが出て、その音が寝室の外にまで響き..


そんな自分の音に少しおどけてセシリアは、


「..クックックックッ」


..と含み笑いをして、その皿の上に乗った残りのハムエッグを平らげた。


ここ何ヶ月も、食事を味わって食べる事を忘れてしまっていたセシリア。そんな彼女にセバスティアンとフィリップが寄り添ってくれた事から生まれた気持ち...だからその気分に食べる、決して贅沢とは言えない皿の上に乗ったハムエッグがセシリアには、に思えたのだ。


────


食事を終え、あの客との約束まで少し眠ろうとした...が、とてもゆっくり眠る余裕はセシリアには無かった。


身体は、いつだって疲れている。それでも眠気を奪ってしまう気分がそこにあった。


こころが騒いでいたのだ。


早く来て! ニズルに..あの野蛮なアルダ・ラズムの兵隊どもに、この下手な変装をした計画がバレる前に..この町の男どもに気づかれる前に..私の手を握って..


────

──


2本目のレモネードを開けてちびちび飲みながら窓の外にあるベランダを見ていたセシリア。


3階の寝室の窓の外にあるベランダと脱衣室側にあるバルコニーを挟み、ちょうど2階にあるベランダの屋根が広がっている。


その屋根から屋根に伝って歩きフィルは、バルコニー側に架けた長いハシゴを使い登り、そこからこの寝室のベランダにやって来たのであろうとセシリアは考えていた。


バルコニーの出入り口は脱衣場にあるが、その内扉の前に使っていない道具の入った箱を置いている為に、出入り口は使えない。


その為に、外にあるバルコニーに出るには、やや不恰好ではあるがその脱衣場の窓から出入りするようにしている。


セシリアは、逃げるにはそこしかないことは分かっていた。


昨日の夜のフィルを思い出すと、それしか考えられなかった。


(...じゃあ、あの内扉の前に置いてある荷物を..退けといた方がいいな?)


そう思ったセシリアは、直ぐに脱衣場の方へ向かい、その内扉の前に置いている一番上の箱に手をかけた時、ニズルの顔が頭をよぎる。


(..いや! ..やめとこう...下手な行動をしてバレたりしたら..


この計画は全て...おじゃんだ..)


────

──


15時半を過ぎ、セシリアは、さっき食べ終えた皿等を乗っけたトレイを持って1階へと降りて行った。


自然と目の先がニズルを追い..そのニズルを捉えると、その目線が自然であるかのように装うが...


それが返って不自然さを呼んでいる。


セシリアは、客のテーブル席に持たれかかりじっとしてるニズルから目を離し、カウンターにある厨房の傍らに片手で抱えたトレイを置いて、そこから食べかすの付いた皿を流し台にへと運び、蛇口をひねり水を掛けると、食器用洗剤をうんとかけたスポンジをその水で濡らす。


────


二ズルの様子を伺いながら、さっと洗える皿をわざと念入りに洗う彼女は、そのニズルがうたた寝している事に気がつき...少しほっとしては、泡の付いた食器を念入りにゆすいだ。ようやく洗い終え、皿を食器棚に仕舞って、濡れた手を着ている服の腰辺りに擦り付けて3階に戻ろうとした。その時、セシリアの背中に声が向けられる。


「..あん..おい? ...お前まだ寝てねぇのか? とっとと寝とけって...何度言わすんだい。全く..しゃあねえ女だ..」


「ああ?! わか..分かってるよ...」


「...もう直ぐお前が望んだ男と寝るんだろう? 確り寝て準備しとけ..それとも興奮して寝れないのか?」


「いやぁ...そ..そうじゃないけど..」


「だったら少しは休んで確り準備しとけ...お前は今夜から明け方いっぱい..寝れやしないんだからよ?」


「..ああ」


セシリアにとってなんでもない会話がこの時は、


いつニズルに首根っこを掴まれるのかという恐怖があった。


それがさっきまでの気分あのを奪って行ってしまったのだ。


────


寝室に戻っても彼女の気分は落ち着かず...夕方を過ぎる頃には不安だけになってしまった。


セシリアは、ここを出ようと1度は決意した。でも、1人ではそれが難しい事も分かって悩み苦しんだ。そんな彼女の気持ちにフィリップとセバスティアンがやって来て..


「一緒行こうよ?」と声を掛けてくれた。


しかし彼女が希望を知る度に、その気持ちを邪魔するように大きな不安等が近付いて来て、それを直ぐに忘れさせてしまう。


...まるで希望と不安は..姉妹兄弟の様で...離れても引っ付く腐れ縁だ。


────

──


18時半を過ぎる頃には酒場ボルカに数人の客が集まっていた。


出された肉のツマミにラム酒をうまそうに飲み、また肉を口に運ぶ。


いつもの常連...


そんなまだ穏やかな酒場にあの寝室を予約した客が入って来た。


「..ああ...お客さん..えれぇ早いな?」


「..すまない」


「ああ..構わんよ...なんか飲むかい? ..それとも、さっそく3階に上がるかい?」


「ああ..3階に...」


「じゃあ...参りますか?」


...そう言ってニズルは階段の方へ向かって行き、客に扮したセバスティアンがそのあとに続くと..カウンター席で飲む1人の客から愚痴がこぼれた。


「けっ..つまらねえな! 色男なら他を探せ!」


────


「さあ、お客さん...ノックしてから入って?」


3階の寝室前で二ズルは階段を上り終え後ろに立った客に手振りを交え扉を開けるように勧める。


「..あっ..入っていいのか?」


「そんな遠慮なんかなさらんでええ..さあ入って入って..もう準備して待ってますぜ? あの女。..えー、19時50分くらいに下に降りて来てもらえればいいですぜ? それ以上は勘弁して下され..なにせ予約でいっぱいなんでね。...では..ごゆっくり?」


そう言って下に降りて行くニズルの姿が1階に消えるのを確り確認したあとセバスティアンは、そのセシリアのいる寝室をノックした。


「..開いてるよ」


そのセバスティアンのノックに間を置いてから気の抜けた声が中から聞こえ、ドアノブをゆっくりひねって開けると...


そこには、ベッドの上で壁に持たれかかり不安に押し潰されたかのような表情して、開けられた窓の外に虚ろな目を向けるセシリアが居た。

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