第20話 レモネード

午後の14時過ぎても、セシリアは寝つけなかった。


体はとても疲れているが、こころが騒いで落ち着く事が出来なかったのだ。


ベッドの上で泣いても何も変わらない..


焦りのようなものが沸き起こり、


その先にあの優しい笑顔の2人が居るのだ。


セシリアは、気を紛らわす為に一度立ち上がり窓際に肘をかけ外を覗いた。すると酒場に続く道の遠くからさっき見た、あのだらしない不恰好な男が酒場の方にやって来るのが分かった。


「...こんな時間に」


セシリアは何か直感的なものを感じた。


の客が一目で分かるという直感が...この1年で身に付いていたのだ。


そのたどたどしい男が酒場に入って行くのを見るなりセシリアは、ベッドの上に覆い被さるように俯けになって枕に顔を埋めて大声で叫んだ。


「くそやろう! どいつもこいつも..男どもは...少しは、昼寝でもしてろよ!」


セシリアはそう叫んだあと、直ぐに立ち上がり寝室のドアを乱暴に開けて階段を急ぎ足で下りて行った。


もうここに居たくないのだ。


セシリアは、その勢いで2階の階段を下りようとした時、あのニズルの声が聞こえた。


「..あん? ああ! セシリアついでだ。


悪いが酒の準備を手伝ってくれや?」


そうやって彼女をニズルの声は、いつも...掴み続けるのだ。


──────

────


「...分かったよ」


セシリアは間を置いて返事をする。


「すまねえな...でお客さん? 何にします? ラム酒かい? 上等な酒は今の時間は出せないが? ...それとも」


「..いや...水と何か...」


やって来た客は低い声でボソボソと喋った。


「水? ..お客さん..遠慮はいらんよ..なに大丈夫だよ? うちは酒1杯をべらぼうな値段で売ったりはしやしませんぜ?」


「..そうなのか?」


「ええ...それにうちは、酒以外の商売もやってましてねぇ?」


そう言ってニズルはカウンターで物を出す準備を進めるセシリアにわざとらしく目を向ける。


(客に「それはどうな商売だい?」と言わせる為に。


これがボルカの新しい客に対するやり方であり、セシリアという存在をみとめさせる振る舞いである)


「さあ? 遠慮なさらずに..」


「..では、レモ..レモネードはあるかな?」


「レモネード?」


「ぷっ!」


その客の注文にニズルは呆気に取られ、セシリアは吹き出してしまう。


「あ..あ、無いのならいいのだが...」


「いや..あることはあるんだが...本当にそれでいいのかい?」


「ああ!」


「...ふん。ガキかよ?」


食器を数枚、棚から取り出したセシリアは鼻で笑ってから冷蔵庫を開けた。


「まあ...この酒場にゃ..色々な新顔の客が来る事は...来るがね..あんたみたいにレモネードを頼むお客さんは、初めてだ..」


カウンターに向かって来るニズルに、セシリアは冷蔵庫から出したレモネードの入った瓶を渡しに出向く。


この時セシリアは、この酒場でレモネードを頼む変わった客を窺ったが髪はボサボサだが顔は、しかめっ面をした若い男だと分かる。


それと何故か左右の頬に大きな絆創膏が貼ってあり身なり同様に少し汚れた眼鏡を掛けていた。


セシリアは、そんな男が気になったがレモネードの瓶を二ズルの手に渡しカウンターに戻ろうとニズルと客に背を向け...4歩目を踏んだ瞬間、目を見開き...


「ああっ!?」


声を漏らした彼女は、慌てて後ろを振り返る。


が、ニズルは客と会話をしていた為に気づかれはしなかった。


その聞き覚えのある声、あの下手な変装をしてわざとらしく、しかめっ面をする男は...


そうセバスティアンであった。

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