第18話 嘘と約束
傷薬の入った木箱をセバスティアンから大事そうに受け取ったセシリアは気になる事を口にする。
「...なあ? フィルが私の顔の傷について知ってるのは分かるけど...なんでセビィが傷薬を持ってるんだい? ...まるで私の顔の事を知ってたみたいにさ?」
そのセシリアの疑問にフィリップとセバスティアンは顔を見合わせ...
「いや! ..それは..えーっと?」
「それはだな..えーこういう時は、なんて言うんだった...フィル?」
「..ぐ...偶然だ!」
「偶然? そう、それだ! セシリア? それは偶然だよ?」
「はぁーん? 偶然にしてはさ...さっきだってわざとらしかったし...やあ! セバスティアン? いったい何の用だい? ..あのさフィル? もう少し自然体で出来ないのか?
それにさ...あたしの裸を覗いた事を問い詰めたら...にいちゃ..じゃなかったって...それもしかして..兄ちゃんに頼まれてさぁ! ..じゃないの?」
「...バレてる」
「あ..いや...それは..」
既にセシリアは、セビィとフィルの思惑を見抜いていた。
この兄弟のわざとらしい演技は、セシリアに取って滑稽であり、腹の底から笑いが込み上げてくるものだった。
ただ、何故セシリアを心配して弟のフィルに覗きまでやらせたのか...そのセビィの本当の気持ちまでは見抜けなかったのだが。
「ははははは、何だよ? お前ら! そんな簡単にしっぽ出してよ? 全く...ははははは..面白い兄弟? はははは」
「..セビィ? やっぱり彼女を騙すのは難しいや...」
「うん...あーセシリア? ..本当にすまなかった...フィルに頼んでセシリアの元に行かせたのは..紛れもなく、この俺だ。...本当にすまない」
「くくくくく...だはははははは..あんたたち兄弟って本当におかしいよね?」
「許して..くれるか?!」
「許す! 許す! ..だってこんなに笑かしてもらったんだからさ? 許さなきゃおかしいだろ? ...だはははははは」
「良かったね..セビィ?」
「ふぅー」
安堵する2人を見つめるセシリアは彼等にもうひとつの質問をする。
「ははは...あぁ...ところでさ? あんたたちは、セムル・ルードに住んでるんだろ? 良かったら今度遊びに行ってもいいか?」
「..あ」
そのセシリアの言葉にセバスティアンから笑みが消えて、フィリップも困った顔をした。
「...セシリア..実は、僕たち明後日にはそこを引っ越すんだよ? ...昨日の夕方に、ちょうどほとんどの荷物を運び終えたところなんだ..」
「..そうか..そうだったんだ..じゃあ...会う事は出来ないな?」
少しの寂しさは当然あった。でもそのような寂しさにセシリアはもう慣れていた。
「..セシリア」
「ううん! いつでも会えるよ?」
「...いつでもって..さ?」
「セシリアがもし..僕たちに..」
「何処に引っ越すんだ?」
「イルモニカだ?」
フィリップの気持ちが言い終わる前、2人を見て言葉を乗せるセシリアにセバスティアンは、はっきりとその街の名前を口にした。大都市であるイルモニカと。
「イルモニカか...もう..会えないな?」
遠くにある大都市に向かう2人に、別れの気持ちを伝えるセシリアをフィリップは否定する。
「会えるよ! もしセシリアがその気があるならさ...」
「何だよ..その気って?」
新しいセシリアの質問にセバスティアンは黙ったまま。
「...」
「..セシリアが...セシリアが僕たちについて来るって気だよ!?」
フィリップの気持ちをただ聞いていた。
「...はぁ? ...そんなの無理じゃん?」
「無理じゃない!」
「...お金はどうするだよ? イルモニカ行きの金なんて...私は持ってないよ」
「僕たちが持ってる..」
「持ってるって...お前らって金持ちなんだな?」
「ううん..違うんだ。セビィがね? イルモニカの傭兵2次試験に合格したんだ。それで奨励金が貰えたから僕たちはイルモニカに引っ越すんだよ!」
──イルモニカ政府は、こうした傭兵志願者に対し労いの意味を込め、2次試験を合格した時点で奨励金を支給する制度を取っている。
(セバスティアンのように決して生活が潤ってる訳ではない(父を既に亡くし、母も病弱な為に)家庭には、その奨励金にそういった環境も考慮され少しばかり(と言ってもセビィに取って大変)上乗せされる。
この為か、毎年のように奨励金欲しさに傭兵志願する者は少なくない(だいたいそういったよこしまな気持ちの者は、1次試験の余りのキツさに音を上げるものである)。
こうして傭兵を志す者に少しでも気持ちの負担に努めることで傭兵を志願する価値を高め、最終試験に望む意気を高めるのである──
「..傭兵か? セビィは..」
セシリアは、立派な者を見る目で話した。
「ああ、なんとか2次試験は突破できた..後は、1ヶ月後の最終試験だけなんだ? それで奨励金も支給されたし、余裕も出来たから俺とフィルは...母がいま治療の為に住んでいるイルモニカに引っ越す事に決めたんだ」
「そうなんだ...セビィ? がんばれよ? あんただったら大丈夫...そんな気がする...嘘も下手だしな?」
「..まあ...そうだな」
「へへ..それにセシリア? セビィは、仕事もしているんだ? 奨励金でしょ? それに稼いだお金があるから4人でもなんとかやって行ける..だからセシリア...ついておいでよ? 一緒に行こうよ? ...イルモニカにさ?」
フィリップは真剣だった。セシリアを酒場から何とか自分たちと一緒にイルモニカへ連れて行く為に...
「...ありがとう。でも無理だよ。昨日の今日に会ったばかりの人間について行くなんて...無理に決まってじゃんか? 私は、あんたたちの事、何も知らないしさ...分かった! さては、あんたたち..私を誘拐するつもりだな?」
「誘拐だなんて?! 僕たちは...セシリアを..」
「はははは、冗談だってフィル? さっきも言ったけど..その気持ちだけで充分なんだよ? ..だからフィル...泣かないでくれよ?」
「...だったら..だったらセシリアも...2度とあんな風に泣かないでよ...」
「...うん..分かった....約束するよ」
セシリアは、馬のロウェルの上で泣くフィルに近寄りそっとフィルの頭に両手を添えると、そのフィルの頭を優しく自分の右肩へと持っていった。
そしてセビィは、その時、セシリアが一瞬だけ
ぐっと苦しみを堪えるような表情を見せた事を見逃さなかった。
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