第17話 王国の記念日
大都市イルモニカのある大陸から約5000km東に王国アルル・ダードは存在する。
そのアルル・ダードにイルモニカの王を含む政府関係者がおよそ4年振りに訪れる事になっていたこの日は、あいにく大雨で酷く荒れていた。大雨は数日前から降っており、政府同士の交流までには、どうにか止んで欲しいと関係者をやきもきさせるものであったが大雨は、その願い通り、その日の朝方には止んで覆っていた雲は消え、晴天の青空を見せる。
そんな王国アルル・ダードの首都ゼムアにある宮殿に大型の飛空船が1つと、それに続いた小型の船は、その大地に着くと音を立てて開かれた扉から1人の背中に金色のイルモニカ傭兵団を意味する刺繍がされた白いローブを着た魔導師が降りて来た。
「...イルモニカ傭兵団! 各自に準備し整列せよ!」
大きな声に大型船から黒色のローブの魔導師たちが、その声に従って降りて来る。小型の船からも補助の役割として遣わされた傭兵団(アルダ・ラズムを含む)もそれに続き、先に出た長の魔導師の前に列を成したあと、イルモニカ政府関係者(王族)、そして最後に国王であるハーム・ヴェルチノの姿が現れた。
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王国アルル・ダードに4年振りに訪れたイルモニカのハーム国王とその政府関係者をアルル・ダードの市民は、この記念日を盛大に歓迎し、その日は朝から首都ゼムアだけでなくアルル・ダード全体が盛大に祝って、アルル・ダードに訪れたイルモニカ政府を一目でも近く見よう遠出して来た者は、決して少なくなかったのだ。
(実際にイルモニカからも、その光景を見ようとイルモニカ政府の乗る飛行船が飛んでいる時には、空での渡航は禁止されている為に、この日の数日前から、わざわざ海を渡る便で来る者が大勢居たのだから...)
首都ゼムアの閉鎖された公道の両脇を埋めつくし集まった多くの人々はイルモニカ政府を乗せた車が次々と通る度に大きな歓声を上げて歓迎をアピールしていた。イルモニカの紋章の入った小さい旗を振る者、また音楽の都として知られるイルモニカの来訪を祝して音を奏でようと楽器を鳴らす者までいた(これにはその場に居た魔導師が物の持ち込みは禁止されている為、即やめるよう注意を促す)。
「ふん...滑稽な」
そんな光景を見守るように注視していた各傭兵の中にアルダ・ラズム傭兵団たちの姿が在った。
胸元にアルダ・ラズムの紋章が掘られた重苦しい(..ものに感じられる)鎧に、白いヘルムを脇に抱え立っている姿は、丈夫なローブを着る傭兵(魔導師)たちの中でも一際目立っている。
このイルモニカ政府から傭兵として帯同した約50人のアルダ・ラズム傭兵団。その指揮を取っていたのは第2班団長でアルダ・ラズム傭兵団の中佐でもあるコーナ・スタレクタであった。その隣で補佐を務めるズバルは、興奮して声を上げ続ける観衆に呆れていた。
「..仕方がないのではないか? このような素晴らしい日なのだからな..」
「...そうですかね」
指揮者のコーナがそんなズバルを見るなり声をかけるが、彼の返事は表情同様に素っ気ないものだった。
イルモニカ政府を乗せた全ての車が会食の場所として設けられたゼムアの高級レストランへ向かうのが確認されると今回の傭兵全指揮権を任されている王国アルル・ダードの魔導師ロコ・フレシドが公道に立った。
「全てのアルル・ダード魔導師、イルモニカ国の魔導師及び帯同する者たち。公道前に出よ!」
この声に、その場にいる全ての魔導師──今では魔術師とは呼ばず魔法を使う者は皆、魔導師と呼ぶよう統一してある。これはそのニュアンスにより随分と印象が変わってしまうからで、言葉や風習の裏にある歴史が、どれだけ重要なのかを物語っているものだ──及び傭兵に参加した者が人垣を掻き分けて公道を囲む列が出来る。
しばらくして、政府の向かった逆の方向から1人のローブを着た長身の男が歩いて来るのが分かった。
「......ルーシェ..ルーシェ・アルクド・シュタイン様だ!!」
喜びと興奮で騒いでいた観衆であったが、1人のその大声で驚きと共にあっという間に静まり返っていく。
「..ルーシェ様だ!」
「こんなの初めてよ..」
「ルーシェ様!!」
「しっ..静かに!」
落ち着いて歩いて来る1人の魔導師にまるで雷に打たれたように静まり返っていく観衆から興奮を抑えられずに叫ぶ者を除き、ひそひそ話だけが響き渡るだけの空気が出来る。
ルーシェ・アルクド・シュタイン。このアルル・ダードの大魔導師でイルモニカを含む世界で5本の指に入る魔法使いである。彼の姿を写真等で見た事はある人々は多いが実際に間近で見た者は、皆無であろう。ましてや、その大魔導師が閉鎖されているとは言え市民がよく使う公道を歩いているのだから...
そんな歩く彼の周りを光が走っている。
不思議な光だが、とても優しい光だ。
彼の過ぎて行くと公道前を囲む傭兵たちが、驚いた表情を浮かべる。
まるで存在しないものを見るかのようにだ...
アルダ・ラズム傭兵団が並んだ列からも声が漏れる。
「..ありゃ何だ? ...本物か?!」
「口を慎め?」
「..あっ?! はい!」
「...小妖精だ」
指揮官コーナが驚き声を出す者に注意すると同時にそれが何かを教えた。
「まさか本当に存在するとはな?」
ズバルも驚いていた。3年前まで既に全滅したとされた小妖精だったが、魔法戦争の舞台となったシェル・ビーの森で数人のアルル・ダード傭兵団に因って発見され今では、大魔導師ルーシェの側で暮らす。
(小妖精と呼ばれる妖精は、非常に気性が荒く決して人に懐く事はないと言われていた)
小妖精は、周りが見えていないのか無邪気に飛び回っては、その軽い身体を公道前に立っている傭兵たちに時折ぶつけては、自身の髪を触ったり不思議な音を立てたりと落ち着きのない様だった。
黙ったまま驚き困っている傭兵たちに気づいたルーシェは、そんな自分の周りを飛ぶ小妖精に..
「こら、ティルクナ...少し落ち着きなさい?」
ティルクナと名付けられた妖精は、それでも嬉しそうに何も気にせずに飛び回る事をやめはしなかった。
ドレスを意識して作られたであろう薄い生地の衣を身にまとい、目を瞑ったままで笑みを浮かべ自由に飛ぶ姿は、自然の風を想像させる。
...そんな小妖精が急に空に立ち止まり、目を見開いて、その先に威嚇をし始めた。
不思議な音を立てて...
「これティルクナ! 好い加減にしなさい? ..これは大変失礼した。申し訳ない?」
「いいえ..構いませんよ」
ルーシェは、急なティルクナの態度にびっくりしては、威嚇するティルクナをその者から遠ざけらるようにして自身の大きな手の平で掴んだあと、目の前にいる傭兵に詫びた。
(掴まれたティルクナは、何度もルーシェの閉じられた手から顔を出して威嚇を続けている)
「嫌われましたね。やはりこの時代遅れな格好では?」
「どうか気になさらずに? 落ち着きのない子で..本当に申し訳ない。では失礼」
深く頭を下げたルーシェは、その場をあとにする。
「......あれが大魔導師か...私には貧弱にしか見えんがな? うるさい小妖精など連れおって..」
そのルーシェの消えて行く後ろ姿にズバルは隠す事なく本音を漏らす。
その声は、決してルーシェの耳に届いた訳では無いのだが、彼もその方に何かを感じた事だけは事実だ。
小妖精の振る舞いに...
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