第16話 他愛ない会話

その光景は、至って普通の日常であった。


馬に跨る少年の無邪気な行為に笑い、喜び、照れ臭ささを感じるその先に、砕けた調子で言葉を発する1人の男が立っている。


セシリアは、その普通の日常がたまらなく嬉しくて、その他愛ない光景を楽しんだ。


そんな当たり前の日常をこころから...


────

──


楽しむセバスティアンは、弟フィリップの跨る黒く照り光った毛を持つ馬にも語りかける。


「やあ、お前も元気そうだな? ..えー、ローベルだっけ?」


「違うよ! ロウェルだよ..ロ・ウェ・ル?」


語感だけは覚えていたセバスティアンにその違いを教えるフィリップ。


「ああ? そうだった...ロウェル...もう慣れたか?


この感じに?」


ロウェルと名付けらた黒い毛の馬は、嬉しそうに吠える。そのロウェルにセシリアも興味津々だった。


「...フィル、凄くいい馬を飼ってるんだな? この辺じゃ珍しいよな。..兵士でもない庶民の馬ってさ?」


「へへ...そうかい?」


そのセシリアの問いにフィリップは、昨夜に見せたように表情をにんまりとさせる。


「何だよフィル? そんな気味の悪い笑い方してよ? お前...まさか..この馬?」


「へへ分かった? ...そうだよ? あの団長の馬だよ?」


「..えっ? だってお前..確か逃がしたって...」


「うん..逃がしたよ? ..でもね...こいつったら...ついて来ちゃったんだ?」


「ついて来たって?」


フィリップは、馬を迷いの森にへと逃がしたあと、もう一度ボルカに戻り、本当の目的であったセシリアに薬草を届けた。そして合流を約束をしている者と会う為に、その先にあるレパタの町へ向かった。そのレパタには、路地裏の通路を抜けて行けば7.8分で着く場所だったが、フィリップは敢えて迷いの森のある通り道から向かう事にしたのだ。


(理由は、逃がした馬の存在が気になっていたから..)


フィリップは真っ暗になった迷いの森を背景に、通り道の側を何度も眺めながら歩いていた。最初こそそうだったのだが、余りの闇に染まる森の不気味さにだんだんと怖くなってしまい森から目を背けてしまう。怖くなったフィリップは、早くその通り道を抜けレパタまで急ごうと駆け足に変えたその時、迷いの森の方から何やら自分を探る気配に気づいた。


フィリップは、それによって森で噂されるゴブリンやその森で変死した者の姿を思い浮かべてしまい、遂にその場から逃げ出す格好で駆け足の速度を上げた。するとそのフィリップを追いかけて来る足音が急に森から飛び出して来て続き、恐怖したフィリップは、もしやさっきのアルダ・ラズムの兵士かも知れないと考えた時、走るのを諦め、一気に振り返り追って来るものに身構えた。


「酷い馬だなー? 人をビックリさせてさ? 全く...」


「はははは」


眉間に皺を寄せ馬のロウェルを見ながらそう言ったセシリアにセバスティアンの笑い声が重なる。


「でも、嬉しかった。逃がす時にこいつ目を見てさ? なんだか別れるのが悲しくなっちゃって...だからこの馬が僕の元に戻って来たって思うと嬉しくてさ? なあ..ロウェル?」


フィリップは、手を伸ばしロウェルの頭を撫でた。


「...そうか..このロウェルって馬は、やっと自分の望んだご主人様に会えたって訳だ?」


「ご主人...やめてよそんな固い言い方? ロウェルは僕の大事な友達だよ? 間違ってもご主人様なんかじゃないよ..」


フィリップはセシリアの言葉を無邪気に否定し、セシリアもそれに納得した。


「はいはい分かったよ..友達だな?」


「うん!」


「...でもフィル? もしロウェルの前の飼い主の...


あのズバルに見つかったら大変なことになるぞ?」


「..ああ、それなら大丈夫だって? 昨夜、そのズバルが酒場を去る時にこう言ってたよ...


「あの馬は最近仕入れたものなんだぞ? くそ! まあいい、馬など城に戻ればいくらでもいるわ」


...って、だからあいつがロウェルの顔を見ても分かりゃしないよ?」


「それもそうだな? あいつが自分の馬の顔を見分けられほど可愛がるなんて想像も出来ないしな...それにあいつにとって周りなんて..単なる物でしかないしな..愛情なんてある訳ないよ...」


セシリアがズバルについて語り、ロウェルの頭を撫でる、その横でセバスティアンがフィリップに#何か__・__#を促すように合図する。


「...ああ? ..ねえ? セバスティアン..その木箱?」


「..ああ、あっセシリア? あの..この木箱なんだが..」


「..え...何だよ? その箱..」


「ああ、こ..これは、その..セシリアの顔の傷に効く薬草と絆創膏が入ってるんだ? ..ああ!


それに...口に合うか分からないが..木の実と小麦粉を混ぜて焼いた物が入ってるんだ..その口に合うか分からないが! 良かったら..」


「..もしかして..セバスティアンが作ったの?」


「セビィと呼んでくれ!」


「セビィは、料理も上手いんだ? 母さんがいま病気で治療してるから..兄ちゃんが料理を作ってくれるんだ。..もちろん、僕も手伝ってるよ?」


「そうなんだ? 偉いなフィル? ..セビィ...ありがとうな?」


「..いや..いいだ! ...これくらいの事しか出来ないけど..」


「これくらい? ...これくらいなもんか..充分だよ...これで充分だよ...本当に..」


その木箱を片手で受け取るとセシリアは、もう片方の手で持っていた酒場の容器をその手から放し、


木箱を両手で大事そうに持ち替えると、喜びを噛み締めるように...その木箱を胸にへと押し当てて目を瞑った。

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