第15話 フィリップとセバスティアン

「やあ...セシリア」


「お前は..昨日の?」


ザベールに酒を届け、ボルカに戻ろうとしていたセシリアの前に突然馬に乗って現れたのは、昨晩の夜を覗いていたあの少年であった。


「おい? ..脅かすなよ...心臓が止まるかと思ったじゃねぇか?」


「止まるってどうし...セシリア..その顔...」


にっこりしていた少年は、セシリアの紫色に変色した左頬の部分を間近で見るなり、その表情を曇らせる。


「え? ..ああ、これでも...ましになった方なんだぜ? お前がくれた昨日の薬草が効いてさ...腫れが少し引いたよ...あ..ありがとうな?」


「うん..でもセシリア本当に大丈夫? 酷く痛そうだよ...体の方とかも..悪くない?」


「..まあ...ちっとは痛むけど...まーそんなに心配すんな? こんなの慣れっ子だよ?」


「うん! セシリアって、とっても強いんだね?」


「そりゃあ...強くないと、こんなの務まらないよな...って何でお前..私の名前を知ってんだよ?」


彼女は、急に自然と気になった事を口にした。


「え? だって毎日毎日さ...セシリア! セシリア! って言われてるでしょ? そりゃ僕だっていやでも覚えるよ..」


フィリップは、その急な質問に慌てたように答え。それを見たセシリアは意地悪そうに微笑む。


「...ははーん..さてはお前...覗きの常習犯だな?」


「ち..違うよ!」


「じゃあ、なんでわざわざ路地裏にある梯子を使って3階まで上がって来たんだ?」


「..それは..にいちゃ..じゃなくて...セシリアが心配だったから...」


「心配って...なあ、お前の名前は何て言うんだ?」


「フィリップ! フィリップ・ネル・デルシア!


フィルって呼んでよ?」


その少年は、嬉しそうに名乗るとセシリアは、その名前を頭の中で反芻した。


「..フィリップか...フィル? いい名前だな?」


「うん! みんなそう言ってくれる。父さんが好きだった小説に出てくる戦士の名前から取ったんだ」


戦士から取った名前と聞いてセシリアは考える。その名前に思い当たるふしがあるからだ。


「へぇー...フィリップ...まさか..ロマネスキの?」


「当たり! 魔法使いであり詩人でもあったロマネスク・デル・マリア様の有名な小説..


「呪文を唱えよ」に出てくる戦士の名前だよ。


...セシリアもロマネスキの小説を読んだことあるの?」


「うん! 小さい頃に死んだ母に買って貰ったんだ? でもその本しか読んだことないから...お陰で今じゃ破けてボロボロだけどな?」


「...じゃあ何度も何度も読んでるんだね?」


「うん! ...戦争を終えて、その中を生き残った戦士フィリップがその後、自分の行った行為に苦しみ続けた果てに、ある魔法使いとの出逢いによって変わっていく話...」


「...その魔法使いのエンリによって救われていく話だね...」


「好きなんだ..あの話...他にもなんかあるのかロマネスキの本?」


フィル「もちろん! 他にも伝記物や詩集でしょ?..それに「呪文を唱えよ」の次に出された小説


永遠とわに続く」でしょ? 「農家の夕刻」に..他にも...」


「はは..沢山あるんだな? じゃあ今度、フィルに1冊貸してもらおうかな?」


「うん! 喜んで貸して上げるよ!」


「ははは、そいつは嬉しいな? ...でもダメだ。私に貸すと何度も何度も読んでボロボロになるからさ?」


「構うもんか! 本はボロボロになるまで何度も読んだ方がいいって亡くなった父さんも言ってた。その方が本も喜ぶって?」


「そうか...フィルも..お父さんいないのか?」


「うん...2年前に病気で亡くなったんだ」


「...そうなんだ...フィル? ありがとう...私はその気持ちだけで充分だよ」


「ううん! 今度会う時に持って来て上げるよ?」


「会うって...いつ会えるか分かんないしな?


..ところでフィルは、この辺に住んでるのか?」


「うん、ザベールの隣にあるセムル・ルードって町だよ?」


「ああ? あそこなら何度か通った事あるよ...


綺麗な所だな..田舎町にしちゃあさ?」


「ふふ、そうかな?」


「ああ、品の無い田舎町スエル・ドバードに比べりゃな? ..ところでフィル? お前..昨日どうや...」


「..あっ? セバスティアン!」


「...うん?」


そのフィルの遮る声の方にセシリアは目を向けた。そこに1人の端整な顔の男が立っていて、その男がフィリップとセシリアが自分に気づいたと分かると2人の元に歩み寄って来た。


「やあ! セバスティアン...いったい何の用だい?」


「..お邪魔してもいいかな?」


「もちろん! セシリアは...構わないかな?」


「..えっ? ..あっ...ああ! 構わないよ? ...別に」


「..決定! セバスティアンよ? 大丈夫だそうだ?」


「なんだよフィル? その言い方..お前はいつから裁判官みたいになったんだ?」


「ふふ..この瞬間さ!」


「はぁん?」


「ふふ...ははははは」


「..もう...フィルったら」


「...しょうがないな?」


この時、セシリアはフィリップと共に笑った。喜びなのか、または照れ臭ささなのか分からなかった。


ただはっきり言えることは、歩み寄って来たセバスティアンの存在が気になって気になって仕方なかったのだ。

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