第89話 エピローグ~オカルト研究会の ー 3(終)
「なあ、シロ」
練習問題を解きながら、もう何度目になるか。同じ言葉を、幸介は投げた。
「無理に勉強見に来なくていいんだぞ?」
またか、とばかりにシロは息を吐いた。
そして、やはり何度目になるか。同じ言葉を投げ返してきた。
「好きでやってるんです。気にしないでください。―――あ、そこ違います」
「どこ?」
「問二十。短期滞在の外国籍魔術師の登録に関する規則。届出先の機関は市町村と国ではなく、都道府県と国です。それから問二十七。魔術による個人の飛行には航空法が適用されますので、人口集中地区の上空は高さ百五十メートル未満でも事前申請が必要です」
「あー、なるほど」
「やっぱり私がいた方がいいですね。効率が違います」
誇らしげにシロが胸を張る。幸介はなにも言い返せなかった。事実だからこそ、言葉が出てこなかったのだ。
代わりに弱音が漏れた。
「こんなんで受かるかね」
だが、シロは即答した。
「受かりますよ」
自信満々に、言い切った。
「受かってもらわなければ困ります」
困る? どうしてだろう?
「千明にお願いしてるんですよ。コースケが試験に受かったら、私も正式に学校通ってみたいって」
「なんだそれ! 聞いてないぞ!」
「ええ。言ってませんでしたから」
「言えよ!」
「だから受かってもらわないと困るんです」
シロは言った。
「そのために、私がいるんです」
幸介は言葉に詰まった。やり場を失くした気持ちを放り投げるように、視線を教本へと落とした。
外国籍魔術師の短期登録と、魔術による個人飛行の制限だっただろうか。ああ、確かにシロの言う通りだった。シロが正しかった。だからこそ、なんだか負けたような気分になった。たまには言い返してやりたいとも思った。
ふいに脳裏を過ったそのワードを、意地悪な笑みと共にシロへ投げた。
「学校に通うってことは、編入試験受けるんだよな?」
「? ええ」
「数学できんの?」
「……」
シロはすごい顔をしていた。目はキョトンと見開いて、口はあんぐりと開けて。
今まさに気付いたって感じの顔だ。表情からみるみる血の気が引いていくのが、見た目にもわかるほどであった。
因数分解。試しに言ってみると、シロは慌てて両耳を手で塞いだ。二次関数。言葉を継ぐと、今度は視線を伏せた。それから意外なことに、いつも平静を装っているシロの体が、このときばかりは小刻みにプルプルと震えていた。
なるほど、これは面白い。
さて、今度はどんな言葉をかけてやろう。集合かな。不等式かな。数Aの話題も出したら混乱するだろうか。幸介はすっかり楽しくなっていた。シロをどうやって弄ってやろうか。そんな悪戯心が思考を支配していた。
故に驚いた。それはもう、心底驚いた。顔を上げたシロの、半泣きでむくれた外見相応の表情に。
「だったら、今度はコースケが勉強見てください」
投げやりな言葉に、反応が遅れた。
へっ? と、素っ頓狂な声が出た。
しかしシロは、幸介の返答を待ってはくれなかった。
「約束です」
そう言って、そっぽを向いた。
どうしようかと思った。正直、勉強は人に教えられるほど得意なわけではない。やはりここは、ちゃんと謝って断るべきだろうか。
しかしそんなことを思った瞬間、ある光景が脳裏を過った。
そこは、ここと同じ部室だった。シロがいて、自分がいて、はーちゃんがいた。
数学に頭を悩ませるシロに対し、はーちゃんが上級生の威厳とばかりに先生役を買って出るのだ。しかし教える内容はどこかオカルトに偏っていて、二次関数のグラフをUFOの移動曲線で例えたりなどするものだから、途中から話はわけがわからなくなってしまう。そして結局、困った末に自分が助け舟を出すのだ。あーでもないこーでもないと言い合って、結局勉強はそこまで進まなくて、でもきっと、それはとても楽しくて。
ああ、楽しい。
絶対に楽しいや。
風が吹き、カーテンが舞い上がる。窓辺の席に置いた一枚の写真が、西日の光を浴びて淡い色を放つ。
写真は幸介が持ってきたものだった。入学早々部室に拉致された際、入部記念にと撮られた自撮り写真である。
覚悟を示したわけではない。
けれども、忘れたくないのだという気持ちが、幸介に彼女がここにいたのだという証を遺す勇気を与えた。
写真の中で、はーちゃんが笑っている。
視線を移して、シロを見た。
そっぽを向いた背中に向かって、言葉をかけた。
「ああ、約束」
【小田原連続怪死事件:おわり】
MISTERO-白魔獣の怪事録- 間野暁裕 @mano_akihiro_045
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