第57話 麓村へ
水面を走っている隊長の駆る馬は、森の中より速く移動している。
山からたまに吹き降りてくる風も相まってか風圧が強く、前のめりにならないと落とされてしまいそうだ、隊長の体を風避けにさせてもらっている。
視線が下向きになると、蹄から風が出て水面を滑る様に走っているのが見えた、昨日リーベルさんから教わった風魔法だと確信した。
確か虫までも魔法を使って生きていると言っていた。
「先に行った兵士達もここを通ったのか?」
風が止むタイミングで隊長に声を掛けた。
「そうだ、麓村まで一直線で向かっている。もう少しかかるな」
横から顔を覗かせると、まだ随分先だが向こう岸が小さく見え、その後ろに煙が数本、人がいる事を知らせながら空に昇っていた。さらにその奥には、木々が山の中腹まで青々と覆っていた。
「暇つぶしに昔話をしてやろうか」
「昔話?」
突如隊長から世間話の誘いが来た。と、さっきまで吹きさらしになっていたのに風を感じなくなっていた。隊長の声もよく聞こえる、普通に話が出来ていた。馬は走り続けている。俺は片腕を横に伸ばすと、ある位置から手に風を感じた、戻すと無風になった。何度か違いを確認して何か仕掛けがあるんだろうと思いながら、隊長の話に耳を傾けた。
「大昔、この湖の周りは森の木々でびっしりだったんだが、二代目の王令で湖に沿って街道をひく為、開拓が始まった。当時、木こりはもちろん、一大事業として優先的に動員され、毎日大勢の人間が湖畔で過ごしていた。切り開いた所から村・宿場ができ開拓速度も上がっていった。これはその時の話だ。
二人の木こりが、どちらが多く木を切り倒せるか勝負をしていた。
この二人AをとBとしようか、最初二人は同じ位の仕事ぶりだったのだが、その事を知った王が面白がって、勝った方には褒美を授けると言った。二人の木こりは一層張り切った、Aはいつも通り朝から陽が落ちるまで、Bは朝早くから夜遅くまで、寝る間も惜しんで仕事をしていた。そして日を重ねる毎に差が開いていった。
どっちが勝ったと思う?」
「・・・Bか?」
話の流れから予想してみせると、昔話が続いた。
「街道が完成間際、誰もがBが勝つと話し始めた頃から、Bは腰を痛めたりと、体の不調を訴え休みが目立つようになった。その間にAが追い上げ追い越して、見事勝ったのはAだった。
BはAに聞いた。
なぜ、体を壊さずに毎日動けたのか、そしてAの斧の刃が欠けていない事に驚いていたBにAは、毎日道具の手入れをして、働く時は働く、休む時は休む。ただそれだけだと、坦々と答えた。
Aは王から褒美として、金の斧と銀の斧をもらった。
自分が情けなくなったBは落ち込んだが、AはBの頑張りを称え、銀の斧を渡した。二人は各々、斧を自分の家に飾り、木こりの仕事を続けた」
「Aは良い奴なんだな」
「俺としては、【やるべき事をやって、まぁ頑張れ】と話の意図を踏んでいる(笑)」
昔話が終わって、お互いに簡単な感想と考察を語った後、馬が止まった。
「その二人が住んでいた村が、ここだ」
いつの間にか対岸に着いていた。
丸太作りの家が数軒、湖上から見えた煙が煙突から出ていた。柵が広がり、中には家畜として牛と羊が数十頭。小さな村だった。
山に太陽が隠れて、ここら一帯はもう夜の様な暗さだった。村の家からも温かな灯りが揺らめいていた。
「隊長、お早いですね。我々も着いたばかりで、馬を休ませています」
先に来ていた騎馬隊の隊長らしき兵士が報告をしに来た、村と俺達の間には、数名の村人が集まっていた。大勢の兵隊が村に来たんだ、無理もない。
「歩兵隊がじきに来る、警戒態勢」
指示を出しながら、隊長は俺を乗せたまま馬を歩かせ、村人達に近づいた。
「騒がせて済まない、火竜の目撃が確認されたんだが、何か異変はあったか?」
火竜の言葉に村人がざわめき始める。
「火竜の姿も鳴き声もここ数十年は聞いておりません」
村長と名乗った白髪の老人は皆の不安を消す様に毅然とした態度だった。
「そうか、何も起きてなくて良かった。迷惑は掛けないが、しばらく滞在させてもらう」
隊長が安堵しながら村人の顔を見渡すと
「年寄りばかりだな、若い奴は?」
村長含め、その周りも同世代として、力仕事は出来ないだろう老人と見えた。
「若い衆はこの森の中にちょっとした小屋を建てて、そこで仕事をしています」
「何?」
村長の答えに、隊長は懸念な顔をして聞き返したが、立て続けに質問した。
「そこに家畜はいるのか?」
「はい、村のを数頭連れて行っています」
村長が答え終わる前に、空から地面へと押し付ける様な威圧と、耳をつんざく様な音が一帯を覆った。馬は落ち着きを無くし、目の前の村人達の悲鳴が聞こえない程だ。周りの人達の反応から火竜の鳴き声だと察した。
「全員!戦闘準備、移動するぞ。村長、その集落はどこだ?」
馬を落ち着かせながら隊長は村長に聞くと、村長は隣の妻を抱きしめながら、山へ指を差し「この一本道を行った先にあります。どうか、息子達を・・・」助けてくれと言いたかったのだろうが、毅然としていた村長が言葉に詰まってしまった。それだけ火竜の脅威が大きい表れでもあった。
「じき、兵士の乗った馬車が来る。先に山へ入ったと伝えてくれ」
村長に言伝を頼んだ隊長は、俺に「行くぞ」と声を掛け馬を走らせた。その後を、騎馬隊が続く。
山の影が、森を一層黒々とさせていた。
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