第55話 旅人
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俺は、女性の手を引きながら店の間を走っている。
「いい加減止まれ!!」
そんな俺達を、数人の黒服の男達が行く手を阻もうとしていた。
俺は走りながら右手を正面の男達に向けて、掌から大量の水を出して男達を吹き飛ばした。
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ゆっくり目を開けると、視界がぼやけていたが、淡い暖色の灯りに包まれているのは分かった。感覚的に俺はベッドに寝ているらしい。
「おっ、起きたか、どこか痛むか?」
次第に視界がはっきりしてきた。声のした方を向くと、中年男性が椅子に座ってこちらを見ていた。視線を動かすと、布を左右から被せた三角形の入り口、そこから先は、森の中で兵士が数人のグループに分かれて、薄暗い中で焚き火を囲みながら食事をしているのが見えた。
俺は視線を体の正面に戻すと、布製の天井を棒が支えている、その棒にはランタンが吊るしてあった。
テントの中だと理解した。
「無理しなくていいぞ」
起き上がろうとする俺に、中年男性は穏やかに声を掛けてきたが、上半身を起こし、ベッドに座る形で足を降ろした。
「ここは?」
質問はしたが、頭の中がはっきりとしないでいた。それを見抜かれたのか。
「これでも飲んでちょっと待ってろ」
渡されたコップ一杯の水を最初はチビチビと、あとは一気に飲み干した。体の中に水が流れていくのが分かる。
「おい、隊長を呼んできてくれ」
テントから半身だけ出して近くの兵士を使いに出した中年男性は、椅子を持ってきて俺と向かい合う様に座ると、空になったコップを受け取り、質問してきた。
「自分の名前は分かるか?」
「・・・!?」
俺は、当たり前の様に応えようとしたが、自分の名前が分からない。知らないと言った方が良いかもしれない感覚になった。
「どこから来た?」
別の質問をされたがこれも同じで答えられなかった。
「・・・ふむ」
中年男性は少し考えてから「私はコーラルという者だ」自己紹介をされた。
「コーラルさん?」
「そうだ。言葉は分かるし、はっきりもしているな・・・じゃぁ、この道具の名前は分かるか?」
さっきのコップを見せてきた。
「・・・コップ?」
「じゃぁ、これは?」
上に吊るしてあるランタンを指さされた。
「ランタン」
俺は、コーラルさんの意図が分かったので次々と答えていく。
じゃぁ、これは?・・・あれは?・・・それは?・・・こいつならどうだ?
そうこうしていると、テントの入り口の布を勢いよくわけて、身分の高そうな男が入ってきた。
「こいつか?怪しい奴というのは?」
「はい、隊長」
コーラルさんが空けた椅子に颯爽と座って俺の顔をマジマジと見てきた。目を逸らせない程の威圧があった。
その男の顔立ちは戦う漢と言った風貌だった。黒みがかった赤茶色の地毛、長くも短くも無い髪、整った眉と髭、鋭い眼光。
そしてなにより、近い。コーラルさんの座っていた位置よりも。
俺と隊長の間は、子供が一人通れない程の隙間しか無かった。
「名前は何と言う」
「記憶が無いようです。名前とどこから来たのかも分からないみたいで」
隊長の問いにコーラルさんが割って入って、続けた。
「しかし、日常生活を送る分には問題なさそうです。そこら辺の道具の名前と用途は知っていました」
「ここへ来た目的は?」
コーラルさんから視線を俺に戻した隊長は、睨むでもなくじっと見つめていた。
「分からない」
それしか言いようが無かった。
「・・・そうか、よし」
隊長は立ち上がると、外へ向かった。
「飯を用意してやれ、このまま王都へ連れて帰る。コーラル、それまで面倒を見てやれ」
テントから出る際に、隊長はコーラルさんに指示を出して去って行った。
「目を覚ましたと聞いたので、食事を持ってきましたけど・・・お邪魔でしたか?」
隊長と入れ替わりに若い兵士が入ってきた。
「いや、丁度良かった。彼にやってくれ」
若い兵士は、シチューの入った皿にスプーンを入れて、皿の縁にパンを乗せて渡してきた。
お礼を言って受け取り、腹は減っていなかったが一口すすると、一気に食欲が湧いてきた。その衝動でがむしゃらに食べ、すぐ無くなった。
「俺はリーベル。リーベル・マグダウト。あんたは?」
俺が食べ終わるのを見計らって、若い兵士が名乗りだした。
「記憶が無いんだ、名前も出身もここにいた目的も分からない。らしい」
コーラルさんが机に向かって書き物をしながら代弁した。
「じゃぁ、名無しさんだ」
「・・・ここは?」
悪意は感じられないし、いい加減現状を把握したくて質問してみた。
「ここは、ポーデシュの森、俺達は演習でここへ来て、俺が泉の側でたまたまあんたを見つけた」
「この世界の事がよく分かっていないんじゃないか?」
「じゃぁ、学校で教わった感じで、この世界は魔法世界 ダンドリアと言って、動植物、虫、この世界全てに魔法の力【魔力】が溢れている。歴史では、この世界ができた時から、場所・地域で一つの特定の魔法しか使えない。それによって人々は使える魔法の属性で境界線を敷いて、その境界線がそのまま国境として今に至る。そしてここは風の国 ベンテス」
身振り手振りを加えて説明された。
「風の国 ベンテス」
俺が呟くと、リーベルさんは地面に落ちている葉を一枚拾った。拾った葉を右掌に置くと、葉は掌の宙を踊りだした。
リーベルさんは小刻みに上下している葉を、俺の方へそっと飛ばした。葉が俺の膝上に舞ってきてそのまま動かなくなった。
「俺にも使えるのか?」
葉柄の根元を持って、クルクル回して聞くと驚かれた。
「物心付いた頃から当たり前の様に使ってたから・・・」
「何か儀式が必要なのか?」
「いや、生まれて直ぐの赤ん坊も無意識に使ってる位だ。よし、そのままで良いからまずは、目を閉じて体の力を抜いて楽に」
リーベルさんの言う様にしてみた。俺はベッドに座ったまま力を抜いた。
「体の中を流れている血を・・・血は分かるか?」
「分かる」
馬鹿にされている気分だが、善意で聞かれているのも分かっている。
「よし、胸の中心から左腕、左手、その先。そこから胸の中心に戻ってくる様に血が流れているイメージで。出来たら今度は、胸の中心から左腹、左腰、左脚、その先そして戻ってくる。次は右脚、右腕。最後は胸の中心から首、頭。全部出来たら左半身から右半身、頭。常に血が体中を流れているイメージを持って。」
自分の体の中を血が流れて続けているイメージが出来ると、自然と体が楽になった。
「その血を魔力に置き換えて、右掌から細く、滲み出る様にイメージしてみてくれ」
俺は右手に集中してみせると、リーベルさんから目を開くように言われた。目を開くと、目の前で葉が踊り狂っていた。
膝に置いた右手、そこに置かれた葉が目の高さまで浮いていた。
「誰でもできる事だけど、良かった」
リーベルさんが安堵して笑う。魔法講座を見ていたコーラルさんが終わりを告げた。
「まだ演習中だからな、続きは王都に帰ってからだ、お前も戻ってさっさと休め。まだやる事あるんだろう?助かった、ありがとう」
コーラルさんが空になった食器を渡しながら休むように伝えると、リーベルさんは食器を受け取りながら「はいはい、朝食も持ってくるから」とテントを出て行った。
「聞きたい事があると思うが、俺も休ませてもらうぞ。明日も早いからな、お前も寝ろ」
毛布を投げ掛けられ、ランタンの灯を弱くしたコーラルさんは、隣のベッドで寝てしまった。
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