第53話 優勝賞品の代わり

激動の催し物が終って翌日。


何事も無かったように日常が始まった。


補給作業も実質終わったようなもので、残すは最終確認と片付けのみになる。それが終ればキャツゥレーンインミグラーティはまた宇宙航行を開始する。


俺達も定期的な管理と招集がかかるまで待機という名の休暇に入る。


出勤中に俺は大まかな予定を再確認しながら事務所のドアを開けて挨拶をした。


「おはようございま~す」


「おはようございます。フォード君、昨日は大活躍でしたね」


「ありがとうございます」


軽く礼を言ってNo.2のブースへ入りながら挨拶をすると、いつもの班員とヨン・ノレイから挨拶が返ってきた。


「皆、昨日はお疲れ様、あともう少しだから今日もよろしく。早速だが、ヨン・ノレイは俺と一緒に朝礼に来てくれ」


班の皆には作業の準備を頼み、俺はヨン・ノレイを連れて二階の会議室へ向かった。


会議室には崎と課長以外の班長が集まっていた。


「おはようございまっス。おっMVPがきたっスよ」


入るなりルートからヨン・ノレイへ労いの言葉が向けられた。


「ルートも先輩らしくなったなぁ」


俺はルートに温かい目を向けると、他の班長からもルートに賛辞が向けられた。


ルートをからかう形で場が和んだ所で、奥のドアから崎が入ってきた。その後から、課長とカトル霧島が姿を現した。


「おはよう、ヨン・ノレイも来てるな」


崎はヨン・ノレイの存在を確認しながら俺達と横一列に並んで、課長とカトル霧島と対面する立ち位置になると、課長の口が開いた。


「みんなおはよう、昨日はご苦労様だったね。さて、補給作業ももう終わるけどね、最後まで事故の無い様に進めていこうか、今回の艦外活動は規模の大きい物だったけど、新人が入ってきたタイミングとしては丁度良かったと思っているよ、ヨン・ノレイ君にとっても良い経験となってくれていれば嬉しい限りだ。そんなヨン・ノレイ君はみんなも分かっているけど、今回のイベントでMVPに選ばれました~パチパチパチ~」


ヨン・ノレイは皆から拍手を受けて、会釈を繰り返していた。


「この場で賞品を渡すよ~」


課長はヨン・ノレイの方へ端末を向けてスワイプすると、確認するように促した。


「あっはい、頂きました」


ヨン・ノレイが自分の端末に商品無料券が届いた事を確認した。


「それとこれも」


課長がヨン・ノレイを呼び寄せて、色鮮やかなちょっと大きめで厚みのある冊子を手渡した。


気持ち大きめの拍手の中、ヨン・ノレイが列に戻っても、中々終わらなかった。課長の咳払いで今度はカトル霧島から話が出た。


「宜しいですか?皆さん昨日はお疲れさまでした。トットファーレの実力が十分理解できるに値するレースを拝見させて頂き、そんな皆さんと一時ですが同じ場所でご一緒できた事、我々研究チームの面々も深く感動しております。


補給作業自体はそろそろ終了するとの事ですが、我々の研究は滞在期間までこちらの施設を使用させて頂く予定ですので、ご助力を承るかもしれませんが宜しくお願い致します。」


「水の補給地として今の宙域を去る際に、ワームホールを設置しておくから、研究チームの方達から依頼があったら連れて来てあげてねぇ」


お堅い挨拶のカトル霧島と課長の緩さが際立つ。


「それと、1つ提案なんだけど、賞品をMVPであるヨン・ノレイ君に渡してしまったから優勝者のフォード君、フォイド君、チティリ君にはみんなより一足早く補給作業終了って事で待機休暇に入ってもらおうと思うんだけど、どうかな?勿論、強制じゃないよ」


俺に視線が集まるのを感じた。


「2人には確認して昼までには報告しますので、俺は待機休暇に入らせてもらいます」


折角だからと俺は即答で休みに入らせてもらった。そこからは、今日の予定の照らし合わせと各自の報告と簡単な雑談で朝礼を終わらせて、班長とヨン・ノレイは各ブースへ向かった。


「改めて、MVPおめでとうございます」


「俺が目を付けただけの事はある」


「基礎がしっかりできてるって事だ、ガハハハ」


「今度みんなで甘い物、食べに行きましょうか」


「良いっスね、行きましょうよ」


皆から賛辞をもらって、戸惑いながらも1人1人に返事をするヨン・ノレイは、「あの、これって・・・」副賞の詩集に手をかけた。


『それはまだ開けるな!』

「・・・・・・けないで下さい!」

「・・・・・・けるなっス!」


その場にいた全員でヨン・ノレイを制止した。


「家に帰ってからで良いんじゃないか?」と出来るだけ落ち着いた装いで提言した俺に、驚きと恐怖で固まった彼女は首を縦に振った。


ヨン・ノレイの配属は、本人の希望でもう少し各班を回ってから決めたいとの事で、時間もあるし、全体的にやる事はどの班も似たり寄ったりだから急がせないというのが俺達班長の決断だった。


今日から加入時間が短いNo. 6から順に回る予定だ。


俺はフォイドとチティリに朝礼の話を振ると、2人共自分で申請すると言ってきたので、任せる事にした。


昼過ぎまで交代して艦外活動を続けて、居住艦のタンクは明日には予備タンクまで一杯になるまでになった。


遅めの昼食を終えた俺は、明日から待機休暇に入る。食事中にスー・如月から飲みの誘いがきたので、同じ日の時間をずらして打ち上げの日程を組んで全員にメールを送った。この事を研究チームの人達に伝える為に、カトル霧島の所へ向かう。


そういえば、要請が無い限り研究チームの人とはその日まで会えなくなる訳で、挨拶回りをしておこうと思った。


カトル霧島のいる部屋のドアをノックすると中から返事があったのでドアをゆっくり開ける。


「突然失礼します。今宜しいですか?」


そんなに広くはないが、物が整頓されていて狭さを感じさせない部屋だった。その奥に座っているカトル霧島が手を止めて迎えてくれたので、彼に向かって歩いて行く。


「昨日のレースでは人間の反応の限界を見た気がしますよ」


「結構必死でしたw」


「山岡さんは早めに休暇に入るとの事でしたが」


「そうですね、何事も無ければ明日からそのつもりです。なので、簡単に挨拶回りもするつもりで来ました」


お互いに軽く笑い合ってから本題に入った。


「3日後に補給作業終了とレースの打ち上げとして、ちょっとした飲み会があるんですけど、研究チームの方達もどうかなと思いまして」


「我々も宜しいんですか?」


研究を理由に断られるかと思いきや、自由参加として全員に声を掛けてくれると承諾してくれた。


詳細はまた連絡をすると言って、部屋を出ようとすると


「山岡さんのおかげで早く研究が進められました、有難うございます。ゆっくり休んで下さい」


俺は礼を言って静かに部屋を出た。


ムツミ・カズヤさんの研究室を目指した俺は、廊下の曲がり角で。


「きゃあ!!」女性の声がしたと思った瞬間、上半身の全面に衝撃が走った。

相手の右肩・右肘・右拳が俺のみぞおちと両側の肋骨に、さらに相手の頭部が心臓の位置に。

これがすべて同じタイミングで襲ってきたのだ。


「ごっふぅ」強烈なタックルを受けて相手を抱える様に仰向けに倒れてしまった。


「ごめんなさい!あっ山岡さん」


「ノレイ・ツヴァイさん」


倒れたまま苦しそうに彼女の名前を唱えた俺の視線、廊下の向こう側からムツミ・カズヤさんが慌てて走ってくる様が見えた。


「山岡さん、レース見ました。とても興奮して・・・」


「楽しんでもらえたなら良かったです」


「まず、起きようよ」


少し服装が乱れているムツミ・カズヤさんが慌てて起き上がらせようとしてくれた。


「すっすみません」


急いで起き上がったノレイ・ツヴァイさんとムツミ・カズヤさんが手を差し出してくれたので、両手で引き起こしてもらった。


「大丈夫ですか!?」


「ははは、ありがとうございます。丁度お2人に会いに行くつもりでした」


起き上がって2人に会えた事を伝えると


「僕もです」


「あたしもです」


2人も同じだったようで、レースを見た感想を伝えてもらった。


「本当に凄い迫力でした」


ムツミ・カズヤさんは思い出して興奮し出していた。


「補給船にお2人を乗せた時の方がもっと大変でしたよw」


『そうなんですか!?』


話が盛り上がった頃に、思ったより時間が経っていた事に気付いて本題を切り出した。


「すみません、時間を取らせてしまって。あっそうだ、3日後に打ち上げとして飲み会があるんですが、良かったらどうですか?カトル霧島さんに伝えてあるので、詳しくは後で連絡が行くと思います、その時に研究の話も聞かせて下さい」


快く了承してくれた2人に、自分は一足先に作業から離れる事を伝え別れて、ブースへ戻った。


午後の業務は、惑星間の見廻り、研究チームの依頼、報告のまとめと通常通りで問題なく進んで行き、あっと言う間に帰宅時間になった。


「それじゃぁ、俺は一足先に待機休暇に入らせてもらうけど、何かあったら連絡をくれ」


帰り際、班員に帰りの挨拶をして事務所を出た俺は、夕食をバーガーショップでテイクアウトをして帰宅した。






アラームをセットしないで寝た俺は、いつもより少し遅めに起床した。


朝食を済ませ、部屋の掃除をし、昼過ぎにはやる事を一通り済ませてしまった。


俺はメールに何も連絡が来ていない事を確認すると、身支度をしてバーススクエアへ向かった。


週末の日課になっている俺は


ウィーーーーン


躊躇いなくユナイテッドバースに乗り込んだ。

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