第19話 違うリズムの二人
那由はかわいそうに俺の好きなようにされてしまった。お風呂だって、一緒に入ったし、それについても後から恥ずかしくなったみたいで、かわいかった。でもやっぱり見えるのと見えないのとでは大きな差がある。ちょっと自分勝手にそういうことをしてしまったせいで、不安にさせたようだった。
「京…。私、変じゃない?」とセックスの最中でも構わず聞いてくる。
「変じゃないし、かわいい」
「だって、京は世界一かっこいい男なんでしょ?」
「世界一かっこいい男に抱かれてるって、いいね」と言うと、思い切り頬を膨らませた。
そういう時、ずるいと思ってしまう。見える俺は那由を可愛く思うけど、那由は永遠に俺のことを格好いいと思うことはないんだな、と思ってしまう。でもきっと不安なんだろうな、とそういう気持ちは伝わるから、ぎゅっと抱きしめる。すると必死な感じで抱き返してくれるのも、かわいい。
「那由…」
「何?」
しばらく黙っていると、不安そうに口を少し開ける。
「どうしたら…伝わるかな」
「何が?」
「那由が腕の中にいるのが幸せで堪らない」
そこは「私も」と返ってくる期待をしていたのだが、那由は「…京のチェロになった」と言う。
「チェロ?」
「うん。私、チェロが羨ましかったから」
ピアノを弾いている時にいつも怒られていたが、チェロを演奏している音が柔らかくて、優しかったから、きっとチェロには優しくしてるんだろうな、と那由は思っていたらしい。
「とっても優しくされてるから、私はチェロになれた」
「うん? じゃあ、俺は那由のピアノくらいは好きになってもらえたの?」
眉間に皺が寄るから、その眉間を指で押さえる。首をぶんぶん横に振る。
「ピアノと京は違うから。一緒じゃない」
「…それは喜んでいいの?」
「え? ピアノとは違うけど…。京は好き。初めて好きになった人だから…ちょっと分からないことも多いけど」
「分からないこと?」
「うん。…色々ある。だから今も、変じゃないかなって思った」
それで聞いてきたんだ、と納得した。
「私…見えないから、みんなとズレてるの分かってるの。空気とか読めないのも分かってる。わからないことが多いから…不安で。京のこと好きだから、嫌われたくないし…。好きな気持ちと同じくらい不安になる」
「那由…。それは…俺も同じだ。那由にもっと好きになって欲しいって、すごく貪欲になってて…。この際、この男前の顔を知って貰いたいとすら思ってる」と言うと、驚いた顔をしてから笑い出した。
「京、本当に男前なんだ。自分で言うくらい」
「他人にも言われるくらいだからね」
「あー、じゃあ、私が彼女だともったい無い。せっかくの男前が見えないから…」
「だからたまに苛々してる。那由も、もっと好きになれって」
那由はまた小さく口を開けた。それがどれほど、煽っているかが分からないのも、苛立ってしまう。
「…もっと?」
「うん。そう。だから、続けていい?」
「あ、はい」と生真面目な返事をされる。
不安がいつも那由をつきまとっているのは俺にも分かっていた。だから分かって欲しくて何度もキスをする。でも伝わっているのか不安になって、
「那由…。変じゃない?」と俺が聞くようになる。
「え? 私に聞くの?」
「うん。なんか…違和感あるかなって」
「違和感…」と言いながら、那由が俺の顔を触る。
唇を人差し指でなぞられる。驚いていると、那由が体を起こして自分からキスをする。
そして「変じゃない?」とすぐ聞いてくる。
「ううん。短かったけど…変じゃない」
「京のまねしたから…。じゃあ、大丈夫」
今度は俺からキスをする。
その度に「変じゃない?」と聞く。
そんなキスを繰り返して、笑う。
「もう変じゃない。すごく素敵」と那由が言うまで繰り返した。
キス一つにしても、そう。お互いを擦り合わせて、不安を安心に変えていく。
那由は見えないからか、俺に背中を向けて寝ようとする。どうして背中を向けるんだろうと聞くと、「チェロみたいだから」と言って、
「優しくしてくれるでしょ?」と後ろ向いたまま眠そうに言う。
「…あのさ、激しい曲もあるんだけど」と言うと、慌てて体をこっちに向けた。
そして頭を俺の胸に擦りつけて「本当に今日は疲れたの」と言う。
仕方なく「おやすみ」と言って、髪を撫でた。
艶のある髪は何度撫でても気持ちがいい。夜が明けるまでずっとそうしていようと思ったけれど、那由の心地いい寝息のおかげで、いつの間にか眠っていた。
朝、目が覚めると那由はまだ眠っている。気持ち良さそうだけれど、このまま目を覚さなかったらどうしようかと不安になる。
「那由、那由」と呼ぶと、うっすら目を開けた。
見えないのに…目を開けるということがなんとなく不思議な気もする。
「京…。何時?」
「まだ七時前…」
「京はいっつも早く起きる。遅く寝て…早く…。働き者」と言いながら、また目を閉じようとする。
「那由…」と前髪をかき分けて、おでこを撫でる。
「もう」と言って、目を開けて、唇を尖らせる。
でもその後、しばらくして、「働き者の京と一緒に暮らせるかな…」と呟いた。
確かに那由は少しのんびりしていると思う。それは一緒に演奏していた時も、隙あらば、おやつを食べようとか、休憩をしようとしていた。
「働かないと死んじゃう京とゆっくりしないと死んじゃう私…一緒に暮らせる?」
二人のリズムは全く違う。
「でも…那由がいないと…死ぬかも」
「え?」と目を大きくして、俺を見る。
「だからゆっくりしていいから」と言って、腕の中に那由を入れた。
腕の中の温もりを感じながら、うっすらカーテンから漏れる光を見ている。その朝日を見ながら、他人と暮らすことがどれだけ大変か…まだ分からない俺はただただ甘い時間に酔っていた。
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