第18話 お互いのこと
京が急いでご飯に連れて行ってくれる。別にお腹がそこまで空いているわけじゃなかったんだけど、なんて言うか、抱き合っている時にお腹が鳴るなんて、私は絶対嫌だ。
私は京の顔を見たことないけれど、みんなが男前だって言うし、それで嫌がらせされたことあるから、きっとものすごい男前なんだと思うけれど、そんな京だから些細なことが不安になる。
「何食べたい?」
「…えっと」
「ホテルのご飯、嫌だったら、外に行く?」
「京…」
「何?」
「私、二日分の下着用意してないの。だからコンビニ行きたい」
「あ…ごめん。気がつかなくて」
「ううん。それはいいんだけど…。ご飯も別にコンビニでもいいし」
「その方が気が楽?」
「楽…かな。今日はだって、すごく緊張したから」
「じゃあ、コンビニでフルコースのディナーにしよう」と京と一緒にホテルをでた。
近くのコンビニで早速下着をカゴに入れるんだけど、それも京にお願いしなければいけなかった。
「何色…とか希望ある?」
「それは何でもいいから。私見えないし…。京の好みで」と言ってから、ものすごく恥ずかしいことを言ったと思う。
京はくすくす笑いながら選んでくれたけれど、「何色?」と聞けなかった。
後はコンビニの惣菜の前で、一つ一つ説明してくれる。
「ヒジキの和物…、ブロッコリーとハムのサラダ…、茶碗蒸し…それからカニカマ…メインは和洋食あるけど…」と言って、全部一つ一つ言ってくれる。
それを聞きながら、京は私と暮らす苦労を理解しようとしてくれてるんだ、と分かった。コンビニのメニューのスイーツにきた時は私は自分から「シュークリーム」と言って、もう京にこれ以上言わせなかった。
買い物するのにも一苦労かけてしまう。
「京…ごめんね」
「え? どうして? なんか楽しかった。彼女の下着選びから…スイーツまで」と楽しそうに言う。
そして手早く買ってきたものを並べてくれる。
「食べよう」と言ってフォークを手渡してくれる。
「ありがとう。いただきます」
そしてサラダのカップも開けてくれて、渡してくれる。
「京…確かに…これは毎回大変だと思う。私、何とか自分でできるようにしなきゃ…」
「そう? じゃあ、那由が好きそうなものを覚えて、買うようにしようか?」
京だけ負担が増える。
「私だって、京のために何かできることあればいいのに。でも…まずは自分が独り立ちできるように頑張るけど」
「応援してる。那由がそうしてくれてたように」と京が言ってくれる。
穏やかな声。京の男前を知ることはできないけれど、私は京が出す音をよく知ってる。声もチェロの音も。
「お風呂…一緒に入ろう?」と京に言われた。
「え? お風呂は一人でちゃんと入れるよ」
「そうじゃなくて…。恋人だし。髪の毛洗って」と言われた。
「京の? できると思うけど?」
変なこと言うな、と思って私はサラダを食べてしまう。
お風呂に入るのに私は自分が脱いだ服がどれか、きちんと場所を確認しておかないと、後でわからなくなるけど、「俺がいるから」とさっさと服を脱がされてしまった。そして一緒にお風呂に入るんだけど、改めて恥しくなる。シャワーで汗を流してくれるのも京だし、湯船に浸かるのも京が先に入って、ゆっくりと私を湯船に入れてくれる。
「京…私…見えないんだけど、京はやっぱり見えてるよね」
「まぁ…。見えてる。恥ずかしい?」
「う…ん」
後ろからぎゅっと抱きしめられる。チェロになったみたいだ。
「でも見えてるのは…壁とか…那由の頭とか…」
「そっか。あのね、私、すごく残念なことがあるの」
「何?」
「男前ってみんなが言う京の顔が見えないこと」
「…別に」
「顔と付き合ってるわけじゃないけど、みんなが男前って言うから、なんか段々気になってきて」
背中でクスクス笑っている声が響く。
「じゃあ、那由が世界一男前だと思う顔で想像してたらいいよ」
「えー、世界一? そこまで男前なの?」と振り返る。
「違うけど。せっかくだから、そう想像しておいて」
「うーん」と言って、私は体を京の方に向けて、手で顔をなぞる。
手でなぞったところで、顔自体は分からないけれど。
「那由は世界一可愛いから」
「もう、それはないから」と京の頰を軽く突いた。
「俺にとっては世界一。髪の毛洗ってくれる?」と言って、京は湯船から出る。
シャンプーをとって、京の髪になすりつけた。
「あ」
髪の毛はまだ濡れていなかったから、慌ててシャワーを出してもらう。くすくす笑いながら自分で髪を濡らす。
「ごめん。緊張して」
「那由はかわいそうに、緊張しっぱなしだね」と明るい声で言う。
いよいよシャンプーで髪を洗う。
「痒いところないですか」と言いながら、京の髪を洗う。
柔らかい髪の毛だと思った。
「京の髪って…私と違う」
「うん。天パだから」
「え? そうなの? だから…ふわふわだったんだ」
ゆっくり洗いながら京の頭皮を何往復もする。
「もう流していいよ」と言われて、丁寧にシャワーを手元に流す。
「顔にかかってない?」
「もっとバシャーってかけていいから」
「うん…」
その後、京が何もかも洗ってくれたんだけど、そう言うのもすごく恥ずかしかった。
京の髪の毛が乾いた後、触らせてもらったらものすごくふわふわだった。
「わぁ…ワンちゃんみたい」
「那由…。もっと色々知りたいし、知って欲しい」
私はそうだ、と思った。私が執拗に京の毛を触っているとその手を取られて、相変わらず大きな手に、そして私の手はキスされた。
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