24. 触れたい。
「あ」
お隣の下宿屋から帰る途中、一瞬見上げた夜空に、大きな流星が見えた。
「お」
どうやら、隣を歩くヒロヤも見たらしく、ほぼ同時に声を上げた。
「流れたね?」
「うん。流れたな」
「惜しい。願いごとし損ねた。もう1回流れへんかな?」
「流れるかも」
2人で、空を見上げたまま、少しの間沈黙が流れる。
空に目を向けたまま、思い切って、私は言った。
「ヒロヤさん……何かあった?」
「え?」
「思い違いやったら、ごめん。なんか最近、元気ないかな……って。そんな気がして」
最近、ヒロヤの様子がおかしいなと思っていた。夕食を一緒に食べるようになったおかげもあって、なんとなく、毎日のみんなの体調や気分の波みたいなものがわかるようになってきた。
今のところ、他の6人には、大きな変化はない。
けれど、いつも私の体調を気遣って、真っ先に声をかけてくれるヒロヤ、周りの仲間の様子にもさりげなく目を配って気遣う彼が、このところ、微妙に沈みがちなのだ。
いや、見ようによっては、すごく元気だ。でも、その元気さが、逆にちょっとアヤシイ。
必要以上にふざけてみせたり、おどけて笑いを取ろうとしたりする。そして、やたら大きい声で笑う。そのくせ、ふとした瞬間に、小さなため息をついていたりするのだ。
ちょっとどころか、かなりアヤシイ。
私の目はそれを見逃さなかった。……まちがいない。ヒロヤは何かで悩んでいる。
それが何かはわからないけど。
誰かにきいてもらうだけで、少しだけでも楽になることってあると思うし……。
少しの沈黙のあと、
「……なんで、そう思ったん?」
ヒロヤが、低い声でぽそっと言った。
「見てたら、なんとなく、ね。なんか元気ないな、って気がして」
「そっか……」
「なにか、心配事でも……?」
ヒロヤの方を見ると、彼は、静かに笑っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「大丈夫やで。……確かに、ちょっと気にかかることはあるのはあるけど、それは、少しずつなんとかなっていくやろ」
「……そうなん? なんとかなりそう?」
「うん。大丈夫やで」
滲むように笑った顔が、切ないくらい優しい。
『なんとかなる』そう言いながら、彼はいつも1人で、なんとかしてきたのかも。そんな気がした。
「あのさ。私じゃ、何も大して力にならへんかもしれへんけど、もし、できることあったら、……いつでも、言うてな」
「ありがとう」
ヒロヤが笑った。
――――笑っているのに。その笑顔は、今にも泣き出しそうで、なぜか心細そうに見えた。
彼のそんな表情に胸が締め付けられるように苦しくなって、
「そんな無理して笑わんでええよ」
思わず、私は彼を抱きしめていた。
びっくりした。
自分で自分にびっくりした。一体何やってんだろう? そう思って、内心すごく慌てていた。
彼も一瞬びっくりしていたけれど、次の瞬間、私の腕からそっと抜け出すようにして、
「……ありがと。大丈夫やから」
そう言うと、向きを変えて、下宿屋の方へ帰って行った。
(うわあ……。私、何やってんだろ……。うわあ、うわあ……)
彼の後ろ姿をちゃんと見送ることもできず、ひたすら、私はうろたえた。
家に入ってからも、胸がずっとドキドキしていた。
何かに悩んでる人を、余計に困らせちゃったよな、きっと。
(しまった……)
私は、頭を抱えながら、彼が何度も口にした『大丈夫』の言葉を思い返す。
ひとが、何回も『大丈夫』って言うときは、ほんとは、『大丈夫じゃない』ときなんだよって、昔、誰かが言ってたような気がする。
(明日、ちゃんと謝ろう。びっくりさせてごめん、って。
それで、なんとか元気出してもらえるように、せめて、美味しいご飯、しっかり作ろう……)
その晩、夢に出てきたヒロヤは、なぜか小さな男の子の姿で、うちの縁側で、星空を見上げていた。可愛くて、思わず、その頭を撫でてしまって、『あ。またやらかしたぞ、私』そう思って、気がついた。
もしかしたら、私は、ヒロヤに触れたいのだ。もっと。
それは、直接触れる、ということじゃなくて、彼の心に、もっと近づきたい、そういう意味だ。(と言いつつ、さっきは思わず……抱きしめちゃったけど)
――――いつか、ちゃんと、彼の力になれたら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます