第30話 葉の影に生る実④


「八実、もうちょっと優しく移動して……」

『相手は武器もってるんだぞ、我慢しろ!』

 八実と呼ばれた少女は、ボクが握っている短剣を見ると後ろに下がり、彼女に抱きついている三葉も、重りとして一緒に引きずられていく。

『ていうか、なんで桐子さん、あんなの持ってるんだ?』

「あれ、急に出てきたんすよ。スライムが変形して」

『その説明じゃ、分かんねぇよ!』

 一人喋りのように同じ声で話す二人が、いつでも逃げられるように生物室のドアに立ったところで、ボクはやっと口を開けた。 

「えっと、とりあえず、落ち着いてみよっか?」

『武器持ってる人が一番言っちゃいけないセリフですよ、それ』

「そうっすよ!」

 八実ちゃんは、苦笑いしながら短剣を指さした。

 確かに武器をもってる人に「落ち着け」なんて言われても落ち着けるわけがない。

 ていうか、八実ちゃん、ボクと話すときだけ敬語なんだ。

「これでいい?」

 短剣を光らせて髪飾りに戻すと、三葉と八実ちゃんはその様子をジッと見ていた。

「いいっすよ。ていうか、それなんなんすか!!」

『もうなにが、なにやら……』

 信じられないものでも見たような反応は、正常で大変よろしい。

 同じ姿、同じ顔なのに感想が違うということは、やっぱり二人は別々の人格を持ってる?

「三葉、結局、この子は誰なの?」

「妹の八実っす」

『どうも、榛木 八実です』

「妹いたの?」

「隠しててごめんなさいっす。うちの家系はドッペルっていう、片方が影の中で育つ種族でして……」

『最近、全身出られるようになったんですよね。ちなみにずっと三葉の影から桐子さんたちのことは見てましたよ』

「そ、そうなんだ」

 瓜二つというか、生き写しの二人が流れるように話すと混乱してくる。さっき、三葉が八実ちゃんのふりをしていたときも分からなかったし。

 あと八実ちゃんからは三葉とは違う、何か深みのあるものを感じる。


「えっと、何から話そうかな」

『まずは、さっきの不思議な剣から話してもらえます?』

 八実ちゃんが頭を指で叩きながら、髪飾りに視線を向ける。これに関しては真理夏の許しも出ていたので、もう全部話すことにした。

 二人の反応は面白く。三葉は読み聞かせを楽しく聞く子どものように、八実ちゃんは静かに聞きながらも自分が理解できないところは難しい顔を見せる。

「……というわけなんだけど」

「なるほど、簡単に言うと、漫画のキャラクターみたいな人生になっちゃったわけっすね」

『簡単に言い過ぎだろ』

 話しているうちに警戒も解けて、今はボクが教壇に、二人は最前列の席に座っている。まるで補習をしているようだ。

「確かに、この二か月で人生変わったかんじはしてる」

『それで、大切なものを見落としていたと』

「え?」

 八実ちゃんは肩ひじをつきながら、不満げな表情をこちらに向けている。想いの篭った目がボクを捕らえて離さない。

「ちょっと、八実」

 三葉が止めるのも無視して、八実ちゃんは言葉を続ける。

『新しいものに夢中になるのは分かりますけど、それまで自分を支えてくれてた人をほっとくのはどうかと思いますよ』

「それは……」

『三葉がどれだけ寂しかったか、桐子さんに分かります? ちょっとでもいいから会いたかったのに』

 先日、真理夏にも言われたので、なにも言い返せない。

 でも、これは三葉を想っての気持ちだけじゃないと受け取る。

『だからこんな回りくどいことしたんですよ!』

「あ、これ私もっすけど、八実の気持ちでもあるっす」

 止まらない妹を見かねてか、三葉が口をはさむ。八実ちゃんはというと、顔が真っ赤になって、こちらと目を合わせてくれなくなった。

『ばか! 余計なこと言うな』

「ていうか、桐子先輩にかまってほしい気持ちは八実の方が強いっすよね?」

『あーもう、台無しだよ』

「八実が悪いっすよ、桐子先輩が大好きなのに素直にならないから」

「そうなの?」

 真っ赤になったままの顔で「コクリ」と頷かれて、こっちまで恥ずかしくなってくる。

 見えなかったのもあるけど、放っておいたの事実。ボクは教壇から降りて、二人の前で頭を下げた。

「三葉、八実ちゃん、内緒にしてて、避けてて、ごめんなさい」

「ちょ、ちょっと、何やってんすか!?」

「ボクも後ろめたさがあったから、謝っておこうと思って」

『許しません……当分は』

 八実ちゃんは、両手で口元を覆いながらこちらを見つめる。その目にはさっきの不満はもう残っていなかった。


『しばらくはあたしたちと遊ぶことが条件です。浜凪さんの道場にもついていきます』

「いいよ」

『簡単に受け入れ過ぎです!』

「素直じゃないっすね」

『うるせえ!』

 とりあえず二人とのごたごたも落ち着き、三人並んで話しをする。外に出られなかった反動か、八実ちゃんの距離の近さが気になるけど、これは収まるまではそっとしておこう。

 胸のつかえがとれたような気持ちで弾む会話だったが、それは突然、煙と共にやってきた刺激臭にかき消された。

「ごほっ、なにこれ」

「あ、やばい……」

『まずいな』

 三葉と八実ちゃんはこの現象に心当たりがあるようで、制服の袖で鼻を覆いながら、汗をダラダラと零す。

「え、なに?」

『桐子さん、先に謝っておきます。ごめんなさい』

 八実ちゃんの謝罪がなんのものか分からないまま、廊下から「ダンッ」と窓を開け放つ音がいくつも聞こえる。

「もう来るっす」

『ちょっとやり過ぎた……』

「二人とも大丈夫?」

 それが近づくにつれて二人の顔色が悪くなり、少し震えも出てくる。ボクは二人の肩を抱いて、少しでも落ち着かせることしかできない。

「あ! いたいた! 何やってんのよ、アンタたち。とりあえず換気するの手伝って!! 煙は吸っちゃダメよ!」

「紗良先生!?」

 廊下から紗良先生が安心したような顔でこちらを覗き込む。なんの対策もしていないところを見ると、どうやら、この煙は紗良先生が出した毒が原因らしい。

 言われるがままに、ボクらは教室の窓を片っ端から開けて煙を外に逃がす。そんなに吸ってないけど、これ人体に影響のあるやつなのかな?


「まったく……土田先生のお嬢さんまで巻き込んで、なにやってくれてんの!」

 この階のすべての窓を開け放った後、三葉と八実ちゃんは廊下に正座させられ、紗良先生に𠮟られている。

 普段は優しい紗良先生だが、怒ると本当に怖い。しかも、今日は今まで見てきた中で一番だ。

「えっと、これは八実の提案でして」

『……ちょっと桐子さんにイタズラしたいなって思って』

「かまってほしいなら、ちゃんとした方法でやりなさい!」

 喝を入れられて二人の体がビクっと震える。

 紗良先生のお説教が長くなりそうなので、ボクは後からやって来て横で棒立ちになっていたスガラちゃんに話しかけた。

 移動を遮断していたあの土壁はスガラちゃんの仕業らしく、事が終わった後の脱出手段と土くれの後片付けも兼ねて下の階で待機していたらしい。

「スガラちゃんはなんで二人に協力したの?」

「八実さんに『桐子さんの目をこちらに向けたい』とお願いされまして、面白そうなので協力を」

「それであの土壁を?」

「逃げ場がない状態を作りたいとのことだったので、お母さんにお願いして、ここの階段を塞ぎました」

「サハナ先生は許可してくれたの?」

「『面白そうだから、後片付けするならいいよ』と了承をもらったのです。あと、日向先生に連絡を入れておくようにとも言われました」

 この親子、面白そうなら大体のことは了承しちゃいそうだな……。

 でも、サハナ先生が保険をかけておいてくれて助かった。ボクらだけじゃあの土壁は壊せなかっただろうから。

「ちなみに、真理夏もグル?」

「真理夏さんは浜凪さんを引きつける役を担ってました」

「あいつ……」

「名演技でしたね」

 あれは演技というか、私情がほとんどだと思うんだよな。今頃は二人して取っ組み合いでもしてるんじゃなかろうか。

「桐子さん」

「なに?」

「二人とは仲直りできましたか?」

「もうちょっとかな」

 姉に𠮟られてすっかり縮こまった双子を見ながら、そう答えた。


 ◇ ◇ ◇


 昨日、廊下を走り回ったり、狭いところに体を押し込めたりしたせいで、翌日は全身の激痛で目を覚ました。 

 腕を上げて携帯を掴むだけでも、相当の苦労を強いられる。

「痛っ」

 もとはといえば、ボクが三葉と八実ちゃんのことを放っておいたのが原因なので、これは罰ということにしておこうか。

 あの後、みんなでスガラちゃんの盛った土壁を捨てるという作業があり、そこでも体を酷使したので、現在、体の自由が利かない。

「立てないか……」

 今日が休みで本当に良かった。そうでなくても、多分、欠勤してただろうけど。

 動けないということは、トイレのこととか考えないといけないんだけど、昨日の騒ぎが無事に収まったという安心感から考えも浮かばない。

「三葉と八実ちゃん、大丈夫かな」

 あの後、紗良先生のお説教は一時間ほどかかり、終わるころには二人とも元気の欠片もなくなっていた。

 今日は健康診断に行くらしいが、ちゃんと起きれたかな?

 携帯を開いてみると時刻は既に昼過ぎで相当疲れていたらしい。メッセージボックスには二件の通知が来ていた。

『健康診断行ってきます By八実』

『八実も私も健康だったっす! By三葉』

 後輩たちの無事を確認すると、安心したのか、急にピンチが訪れた。

「ト、トイレ」

 震える体をなんとか起こしながら、下半身の感覚を遮断する。これで少しは持つだろう。

 しかし、このペースで間に合うだろうか、ちょっと無理かもしれない……。

「お困りっすか?」

 恥を覚悟したそのとき、部屋のドアが勢いよく開かれて、見知ったシルエットが二つ見える。

『姉貴に行けって言われて来てみれば、どうやらピンチみたいですね』

「ふ、二人とも……助けて!」

 なんとも不甲斐ない姿であるが、可愛い後輩との仲はそのままどころか二倍だと確認できたので良しとしよう。

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とうこ・みっくす 小波 良心 @ryousin

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