第27話 葉の影に生る実①


 物心ついたときから私の影の中には誰かがいた。

姿は見えないけど、声は聞こえる。

私と同じ声だけど話し方は違う。

影はジッと見ていると勝手に動く。

絵本で見たオバケかと思って、お母さんに聞いてみると「あなたの妹よ」と言われた。

私たちは影に関連した魔族らしい。

「名前は?」

『はつみ』

「私はみつは!」

『しってるよ』

 私たちは双子だけどぜんぜん違う。

 八実は朝起きるのが苦手だし、私が登校しても眠っている。

 周りを見るのが得意で、私が見落としているところに気づいて教えてくれる。

『(三葉、後ろからボール飛んできてる!)』

「分かった。ありがと!」

 八実のおかげでボールや人にぶつかることなく遊ぶことができるのは楽しい。

 私が外に出れば八実に外の景色を見せることができるので、暇さえあれば外に出て遊んだ。

「今日は何して遊ぶ?」

『(ブランコ乗りたい)』

「オッケー!」

「三葉ちゃん、誰と話してるの?」

「んと……」

『(ひとりごとって言って)』

「ひとりごとだよ!」

「そういえば、声おんなじだった! 」

『(危ない危ない)』

 私が大きくなるまではずっと二人で一人。

 喧嘩しててもずっと一緒の[[rb:一蓮托生 > いちれんらくしょう]]。

 お母さんには、よく知らないものを恐れる人たちに傷つけられないように、秘密にしておきなさいと言われた。

 だから、このことは友だちにも先輩にも言っていない。


「今日の天気は? あー、今日も雨っす」

『うるさい。梅雨なんだからほぼ雨だよ』

「あ、今日は早いっすね」

『姉貴にいい加減、早起きを覚えろって言われてるからな』

「今までみたいに寝ぼすけだったら大変っすからね」

 ベッドも机も二つある寮みたいな部屋で朝から元気な会話が繰り広げられるが、部屋には私ひとりで声も同じ。

 違っているのは私のいつもの話し方に荒っぽい口調が混ざっているだけで、お姉以外が見たら一人芝居をしているように見えるだろう。

「八実、まだ外に出られないんすか?」

『手は出せるんだけど、それ以外は無理だな』

「怖っ!」

 八実は影をせり上げると、そこから手を生やし、右往左往させるという怪奇現象を披露する。

 夜見たら夢に出そうなくらい不気味だ。

「心霊ビデオでテレビ出れるっすね」

『撮ってんじゃないよ。さすがに専門家にドッペルだってバレるだろ』

「ドッペルは認知度低いっすけど、気づいてもらえるっすかね?」

 八実が影をうねらせて、携帯を奪い取ろうとするが躱す。

 成長記録として撮ってるけど、あとで見返したら何とも言えない気持ちなりそう。

 自分と同じ存在の目撃情報、出会ったら死んでしまうなどの噂話ドッペルゲンガーから派生した種族が私たちドッペル。

 榛木家はドッペルの家系で生まれる子は必ず双子。

 双子の片方は影の状態で生まれてもう片方と一緒に成長し、ある時期になるともう片方と同じ姿で影から出てくる。

 特異な能力は持たないが存在が異質なため、ドッペルの存在はなるべく隠されて育つ場合が多く、私たちもそうしてきた。

「二人とも、起きてるなら手伝ってよー!」

「はーいっす!」

『急に走るな! 危ないだろ』

「ごめん」


 お姉が呼んでいるので台所に向かうと、割烹着姿にいつもの手袋を着けたお姉が朝ごはんを作っていた。

 桐子先輩の家で作ってもらったマジックアイテムのおかげで、毒の分泌は抑えられているけど。

 万が一、ご飯に毒が混入しないようにフル装備で臨むのがお姉の調理スタイル。

 お母さんっぽいとか絶対に言ってはいけない。

「お姉、おはようっす!」

『姉貴、おはよ』

「三葉、八実、おはよう! ちゃんと早起きね」

『三葉に合わせてたら目が覚めた』

「いいことじゃないっすか」

『六時起きは早いだろ』

「普通よ」

「普通っす」

『味方が居ねぇ……』

 朝ごはんとついでにお弁当の準備中。

 お弁当に具材を詰める細かい作業は私の役割、あと影の中で二度寝しようとする八実に話しかけながらそれを阻止した。

 今寝るとお昼ぐらいまでは起きてこないっすからね。

「よし、今日も準備完了」

『寝みい』

「じゃあご飯にするっすよ」

『「「いただきます!」」』

 テーブルの上には、ご飯、目玉焼きとウインナー、豆腐と玉ねぎのお味噌汁が二人分並び、お姉より私の方が量が多い。

 八実は自分でご飯を食べることができないため、私が八実の分も食べて栄養に変えないといけない。分離したら食べる量減らさないと太りそうっす。

『三葉、味噌汁』

「はい」

「前は食べる順番で喧嘩してたけど、もう大丈夫ね」

「私、お姉ちゃんっすから!」

『はいはい。お姉ちゃん、次はご飯がいい』

「了解っす」

『そうだ姉貴、見てくれ』

「うわっ……ホラーね」

「なにがっす?」

 お姉の引いた顔を見ていたら、急に肩を掴まれた。

 どうせ八実だろうと思いながら後ろを振り向くと、イスくらいまで伸び上がった影からは、さっきは手首までだったのに今度は腕までがハッキリと外に出て私の肩を掴んでいた。

 妹の成長よりも、突然のドッキリに驚いてご飯が喉に詰まる。

「ごほっ。こら、八実!」

『あっ、苦し……。喉に詰まらせてんじゃないよ、三葉!』

「あんたたち感覚も共有してんだから無茶しないの。三葉はお味噌汁飲んで、八実は影引っ込めなさい」

「あー、苦しかった」

『はーい』

 のどに詰まったお米を飲み込んでやっと楽になった。

 経験も感覚も共有している私たちはまさに一心同体。だから膝を擦り剥けば二人とも痛いし、私がピンチになると八実も同時にピンチになる。

「さっきは手までしか出せないって言ってたのに」

『頑張ったら腕も出た』

「八実が腕まで出せるなら、そろそろ全身お披露目かしらね」

『そしたら毎日早起きか……』

「普通に早起きしてほしいっす」

『寝坊しそうになったら、三葉の影に潜ってやり過ごすか』

「ダメよ♪」

 榛木家ではお姉が絶対で、遅刻や寝坊などは許されない。

 もし破ればお姉は私たちに容赦なく毒を浴びせるだろう……。


 ◇ ◇ ◇


「梅雨ってさ、元気でないよね」

「分かります。この時期、土が湿ってて気持ち悪いんです」

「スガラちゃんは梅雨の時期にゴーレムするのやめたら?」

「自分の個性なのでなかなかやめられないんです」

「おはよーっす!」

「おはよ」

「おはようございます!」

 教室に入ると私の席で、マリとクラスメイトのスガラちゃんが話していた。

 中学生にしては低身長で、褐色の肌に白い髪が似合う土田 スガラちゃん。見た目は人間だけど、土や岩を纏ってゴーレムになれる特性を持つハーフゴーレムの少女。

 お母さんが物理教師の土田 サハナ先生で礼儀正しい。

「マリ、今日も先輩たちと一緒じゃないんすか?」

「姉ちゃん、最近は浜凪ちゃんのとこ行ってから登校してるからね」

『(真理夏のやつ、また私の席に)』

「(今は座れないんだから、いいじゃないっすか)」

 マリは私の後ろの空席に移動して、ひじをつく。

 ここ最近、桐子先輩とも浜凪先輩とも遊んでいない。病弱だった先輩に高等部の友だちが出来たのは嬉しいけど、正直寂しいっす。

 ちなみに、いつも空席で席替えのときに私にくっついてくるこの机は、実は八実の席。

 クラスでそれを知っているのは私と担任の先生ぐらいなので、マリやスガラちゃんがよく座っているけど、八実はそのたびに私の中で愚痴っている。

「真理夏さんのお姉さんってどんな人なんですか?」

「どんな人か」

『(桐子さんねぇ)』

 スガラちゃんが質問してきたので、マリと二人で桐子先輩の特徴を挙げてみることにした。

「んーと、まずは体力がないっす」

「マジックアイテム大好きだね」

「ふむふむ」

『よく無茶するよな。あと同性にモテる見た目してる』

「なるほど。三葉さん、なぜ口調を変えたのです?」

「な、なんとなくだよ(ちょっと八実、声漏れてるっすよ)」

『(悪い、無意識だったわ)』

 全然似てない八実の真似をしてなんとか誤魔化せた。外にいるときは私にしか八実の声が聞こえないようになっていたけど、これも成長の影響っすかね?

 あ、それと桐子先輩の話題になったからかも。

「三葉ちゃんも荒っぽい話し方するんだね」

「たまにはそういう気分のときもあるんすよ」

「姉ちゃんみたい」

「あはは」

 勢いで誤魔化したせいで、怪しさ満天っすね。

「そんな、寂しがりの三葉ちゃん。今日の放課後は姉ちゃんのとこ寄ってこうか」

「行くっす!」

「興味が湧いたので、自分も行きたいです!」

「行こ行こ。姉ちゃん初対面の人にはビビりだから面白いよ」

『(よかったな)』

「(なにがっすか?)」

『(桐子さんのことだよ。嬉しいの伝わってきてるぜ)』

「(うるさいっす! 八実も嬉しいくせに)」

『(むぅ)』

 二人にしか聞こえない会話で茶化し合うが、マリとスガラちゃんに怪しまれないように堪える。表に出てきたら覚悟するっすよ。

 本日最後の授業が終わると、私はカバンに必要な荷物だけを詰めて、マリの席へ移動した。

「マリ、準備完了っす」

「早いよ、ちょっと待って」

「自分もまだ準備できてないです」

「だってさ、姉ちゃんたちにメッセージ送っといてよ」

 マリたちを待つ間、携帯のボタンを手早く操作して「今日は遊べるっすか?」と送ると返事がすぐに返ってきた。

『(あ)』

「一瞬で表情変わるじゃん。どしたの?」

「今日は用事あるから無理だって」

 表情に出るくらいガッカリしているようでマリに心配された。用事があるならしょうがないけど。

「今日なんかあったけ? あ、トレーニングの日か」

「最近、ずっと遊んでないから寂しいっす……」

『……』

「噂のお姉さんに会うのは中断ですか。また、陽花さんのところに行きます?」

 桐子先輩たちが高等部に進み、絡む機会が減ったため。

 私たちは、運動部から逃れながら暇を持て余している陽花先輩を加えた中等部組で遊ぶことが増えている。多分今日も教室か図書館にいるだろう。

「今日は……」

『行こうぜ』

「今、どうやって喋ったの?」

「声音が一変しましたね」

「(ちょっと、八実)」

 今日は家に帰ると言おうとした私の言葉を遮り、心の中で止めるのを無視して八実は影の中から声を出した。

『はじめまして、真理夏にスガラ。あたしは三葉の双子の妹の八実だ』

「三葉ちゃん、妹いたの!?」

「はい、ずっと秘密だったんすけど」

「声も同じなんですね。話し方はぜんぜん違いますが」

『双子だからな』

 マリもスガラちゃんも普通に話しているけど、影が喋ってるんすけど?

 浮島学園生、順応性高くないっすか。

「……よく聞いたら、影から声出してるんだね。そこにいるの?」

『ああ。もう少し時間はかかるけど、ご対面は近いぜ』

 とりあえず周りに怪しまれないように私が話している体で口を動かしているが、今のところ周りに不振がられてはいない。

 まぁ、普通は影が話しているなんて思わないっすよね。

「それで八実さん。影から出てくる前に話しかけてきたということは何か考えがおありで?」

『ああ、ちょっとやりたいことが出来たから手伝ってほしいんだ』

 真っ黒な影に隠れてマリたちには分からないだろうけど、八実は何か企んでいるときの悪い顔をしている。

 いつもは感情を読まれてばっかりだし、私もやってみるか。

「……なるほど、なるほど、そんなこと考えてるんすね」

 まぁ、たまには妹の悪戯に乗っかってみることにするっすか。

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