第25話 開けた視界③
「ありがとうございましたー!」
「「ごちそうさまでした!」」
錬成屋をあとにして、寄り道はここまで、あとは目的地であるひみつきちを目指すことにした。
Muthukiは入ってきた場所とは反対方面にあるのでボクらは商店街を横断することになる。
「いろんなお店があるんだね」
「駅のほうに負けないように地域で頑張ってるから」
二人してキョロキョロと建ち並ぶお店を見ながら歩く。まだ寄り道したい気持ちはあるけど、我慢だ。
駅前は駅前で便利だけど、家から遠いし、なんだかんだ商店街のほうに来ちゃうんだよね。
「桐子ちゃんのお家は商店街にはないんだね」
「うちは商店街からは少し離れた所にあるんだ。あと学校からもちょっと遠い」
「それ分かる! うちもちょっと距離あるから」
「ミルクちゃんも体育の授業苦手だもんね」
「桐子ちゃんはいつも辛そうだけど大丈夫?」
「うーん。……頑張ってはいるんだけどね」
お互い体力少ない組なので話していると結束が強まってくる。貧弱は辛いよ。
「桐子ちゃん、他に苦手な教科はあるの?」
「英語くらいかな、あとは大丈夫」
「私は英語が得意なんだけど、国語がダメ。向こうにいた影響が大きいみたい」
「幼少期はこっちで、途中から向こうだもんね」
「五年分取り返すのには苦労してるよ」
ミルクちゃん、言語とかごっちゃになってそうで大変だな。ボクも記憶とかごっちゃになってるから気持ちはわかる。そういえば考えたことなかったけど、コトたちってどこの出身なんだろう?
苦手の話を続けながら歩いていると、真っ黒な建物が見えてきた。看板のMuthukiという白文字以外はすべてが黒く、日焼けした部分が若干明るくなっている。
「あれが目印のMuthuKiってお店」
「どんなお店なの?」
「日の光が苦手な種族向けの暗い室内が人気の喫茶店だよ。ボクは眠くなってくるからあんまり行かないけど」
「寝てる人とかいそうだね」
「確実にいるね」
「ふふ、ママやグランマなら夢に潜り放題かな」
二人して笑いながらMuthuKiの横に続いている路地を進む。普段通らない道は冒険をしているようで楽しい。昔は城下町の路地裏を歩いてたら盗賊とか潜んでたけど、今は安全で良いね。
「知らないところ歩くのってワクワクする」
「誰かと一緒なら私も好きだな」
「ボクはどっちも楽しめるよ」
「あ、これじゃない」
地下へと続く階段と「ひみつきち」と書かれた木片由来の看板を見つけたことで、軽い冒険は数分も持たずに終わってしまった。
「手作り感ある看板だね」
「秘密基地ってその辺にあるもの持ち寄って作るからじゃない?」
「なるほど」
看板の次は下へと続く階段を覗いてみると、オレンジ色の裸電球が下へ続く階段を照らしていて、手すりには握り込むにはちょうどいいサイズの流木が使われている。オリジナリティ溢れる店内を期待させるのには十分過ぎるポイントだ。
「じゃあ行ってみようか」
「……桐子ちゃん」
「どしたの?」
「ここにきて、なんか緊張してきちゃった」
急に声が弱々しくなったので横を向くと、ミルクちゃんの肩が軽く震えている。寒い訳ではなさそうなので、確かに緊張からくるものだろう。
「それを言われると……」
「言われると?」
「ボクも緊張してきた」
「ごめんね」
最近は知り合いとばかり話していたから潜んでたけど、知らない人に話しかけられることを考えると不安になってきた。慣れれば平気なんだけどな、最初がどうも苦手。
「先どうぞ」
「うーん、うん」
悩んだけど、植村さんに任されてるし、今回はミルクちゃんの盾となろう。
コミュニケーションが不安定な二人で、流木の手すりをしっかり掴みながら下に降りていく。外は明るいが、一段一段降りていく度に暗さが増して、不安も大きくなってきている気がする。
「あ、壁」
「壁がどうかしたの?」
「見て、取り扱ってる商品のポップが貼られてるよ」
「ホントだ、色々あるんだね」
壁に等間隔に貼られているポップには文房具からマジックアイテムまで、幅広く書き込まれており、ついつい読んでしまう。後ろに人いないよね?
階段を降りきると、小さなガラス窓が付いた木製のドアが門番をしていた。
「ドア開けるの渋っていい?」
「ちょっとだけならいいと思う」
お店側からも後からくるお客さんにも迷惑なので、早く入ったほうが良いのは分かってるんだけど、腕が動かない。
「開けるの怖くなってきた」
「えぇ……」
「ミルクちゃん開ける?」
「ううん」
後続が来るかもしれないというプレッシャーと闘いながらもドアを開けることができない。
「いらっしゃいませー! ってあれ?」
立ち往生していたら、外開きのドアが少しだけ動いて歓迎の声が聞こえてきた。ボクらの動きを見かねた店員さんが気を利かせてくれたのだろう、ますます気まずい。
ちょっとしかドアが開いてないから顔は見えない、でも聞き覚えのある声なんだよな。
「やっぱり結舞さんとミルクちゃんじゃん、早く入っておいで!」
「出水さん!?」」
「どうしてここに?」
「ここ、私のバイト先なんだ」
ドアが開け放たれると店内に立っていたのは制服のワイシャツにエプロンを着けた出水さんだった。どおりで知ってる声のわけだよ。
手招きされるまま店内へ入ると、階段と同じくオレンジ色の裸電球に照らされた空間が現れた。床には木材が使われていて足に優しい。
「なんかこの狭さ、おちつく」
「ボクも」
「隠れ家みたいな雰囲気あるもんね、私も好き!」
小さめの店舗だけど商品は全て、並べられた棚に収まっており、狭さを感じさせないどころか、むしろ落ちつきを与えてくれる。
「出水さんがバイトしてるのは知ってたけど、てっきりCDショップとかだと思ってた」
「私は飲食店かと」
「それもありだったんだけど、色々と事情があって」
「事情?」
「出水くん! ちょっと手伝っておくれ」
「はーい! ちょっと店長のとこ行ってくるね! あとでまた話そ」
出水さんはお店の奥の方から呼ばれて行ってしまった。少年のように若々しい声だったけど、店長さん何歳なんだろう?
出水さんに出会ったことで頭から抜けおちてしまってたけど、今回の目的はミルクちゃんの眼鏡探しなので、お目当てのものを探し始めた。商品棚を見てみるとには簡易的なマジックアイテムが数多く並んでおり、目的を忘れるくらい楽しい。
「このキャンドル可愛い」
「火を付けるとその土地を連想させる香りがしますだって」
ミルクちゃんが持っている緑色のキャンドルは、草原の写真がラベルに貼られているので草の香りがしそうだ。
「草原……はレンゲがいるからいいかな」
「次行く?」
「うん!」
植物で植村さんを連想したのか、ミルクちゃんはキャンドルをそっと棚に戻した。ミルクちゃんの中で植村さんってどんな扱いなんだろうか。
「あ、眼鏡あった!」
「すごい量だね」
店内をぐるっと一周する途中で、お目当ての眼鏡コーナーにたどり着けた。
棚一段をまるごと使っているので種類も豊富で、ノーマル、老眼、石化、催淫、催眠などのラベルが貼られたクリアケースにそれぞれ入れられている。
「何をお探しですか?」
「催眠用の眼鏡を、って猫さん!?」
先ほどお店の奥から聞こえた声が、今度は下の方からしたので覗いてみると、そこにはエプロンを着けた二足歩行の白猫が立っていた。
「驚かせてしまってすみません。吾輩はこの雑貨屋ひみつきちの店主、ヤナギダです」
「桐子ちゃん、店長猫さんだよ!」
「ただの猫さんじゃなくて、ケットシーじゃないかな?」
「ケットシー?」
「猫の姿をした妖精さんだよ、ワコちゃんみたいなタイプ」
猫さんに大興奮のミルクちゃんを抑えながら店長さんを見る。本当はボクも二足歩行の猫に興味津々だ。
ヤナギダさんは胸に手を当てて若々しい声で答えてくれる。
「ええ、何を隠そう吾輩は妖精族のケットシーです。流石は恵介さんのところのお嬢さんですな」
「お父さんのこと知ってるんですか?」
「吾輩は商品の仕入れを得意としていまして、そちらの工房にも素材を卸しているんです」
この人、お父さんの知り合いだったんだ。だからここを紹介してくれたのかな。
「話を戻しましょう、本日は眼鏡をお探しでしたかな?」
「はい、催眠用の眼鏡を探してて」
「なるほど」
ヤナギダさん、すごい紳士的なのに姿が猫だから可愛い。イメージ的には背伸びした少年ってかんじ。
「催眠用ですと、今はこちらのサンプルから選んでいただくことになります」
「催眠用の眼鏡は三種類あるね」
「縁ありと縁なし、ぐるぐる眼鏡…」
「ぐるぐる眼鏡は瞳をのぞき込まれたくない方に人気なんですよ」
ぐるぐる眼鏡は無いなと思ったけど、そういう需要もあるんだね。
ミルクちゃんは手前からサンプルの眼鏡をかけて鏡を見ていくが、流石に前が見えないのでピンで髪を留めてのチェックになる。
「縁ありは可愛いね」
「そ、そう?」
「縁なしはカッコいい」
「おお!」
「ごめん、ぐるぐる眼鏡けっこう似合ってる」
「おぉ……」
反応に困ったのか、ミルクちゃんもぐるぐる眼鏡をかけたまま鏡を見つめている。
無難に可愛いのは縁あり眼鏡だし、わざわざぐるぐる眼鏡を選ばなくてもいいとは思うけど、選ぶのはボクじゃない。
「店長、荷物整理終わりましたよ」
「ありがとう出水くん、吾輩では届かないところをやってくれて」
「あれぐらい、人化した店長でもできますって」
「人化はちょっとな……」
出水さんに人化の話題を振られて腕組みをしながら悩むヤナギダさん。妖精族なので当然、人の姿になれると思うけど嫌がる理由があるのか。
「ミルクちゃん、眼鏡選んでるんだ。いいのあった?」
「出水くん、うちの商品は良いものしかないぞ!」
「縁ありかぐるぐる眼鏡で悩んでるんだけど、出水さんはどっちがいいと思う?」
ヤナギダさんのツッコミを無視して、出水さんは候補の眼鏡を交互にかけ変えるミルクちゃんを見ている。出水さんはどっちを選ぶかな?
「うーん、ぐるぐる眼鏡も可愛いんだけど。ミルクちゃんの瞳を眠らないで見られるのは縁ありなんだよねー」
「はぅ」
「ま、最終的にはこれがいいって思ったやつ選んだほうがいいよ」
「私はこっちがいい……」
ミルクちゃんは縁ありの眼鏡をかけてボクらの目を見ながら言った。
「じゃあ、また明日ね!」
「出水さん、ありがとうございました」
「私は何もしてないって、ただミルクちゃんの顔見てただけだし」
「それはそれで恥ずかしいです」
「あはは」
購入を済ませたあと、他のお客さんもいないので出水さんと話す時間をヤナギダさんにもらった。ちなみに眼鏡の値段は予想より少し低かったので一安心。
「結舞さんも頑張ったね!」
「ドアの前でビビってましたが」
「知らないところで人見知りするなら、今度は私を連れてってもいいよ」
「いいの?」
「いいよ、浜凪と姫香には嫉妬されそうだけどね」
出水さんは腕を頭の後ろで組んで笑う。あの二人は別に嫉妬なんてしないと思うんだけど。
「じゃあまた明日」
「気をつけておかえりください」
「はい」
「ありがとうございましたー!」
狭くて居心地のいい秘密基地からボクらは帰還する。また行こう、そう思わせてくれる魅力がこのお店にはあった。
「出水くん、お疲れさま」
「店長、けっきょく猫の姿のままで接客しましたね」
「狭い店内だからね。吾輩本来の姿のほうが都合がいいのさ」
「背伸びしないと棚のてっぺんに手が届かないの、結舞さんたちに見られたくなかっただけですよね?」
「違うよ」
エプロン姿の白猫はそれだけ言うと、少女に顔を見せずに店の奥へと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
「それで出水さんに助けてもらったんだ」
「なるほど、思わぬ助け船だね」
夜、レンゲがうちに遊びにきたので、今日あったことを報告しあっている。
レンゲの膝の上に座ると植物の香りがするので、今日行った雑貨屋さんのキャンドルを思い出す。
「そっちはどうだった?」
「立葵さんは問題なかったよ」
「朝木さんは?」
「同じところを三回やれば覚えたから、大丈夫じゃないかな」
レンゲはやれやれと言いながらも少し楽しそうだ。クールに振る舞っているため気付かれにくいが、彼女は教えるのが好きなので、意外と朝木さん気に入られてるかも。
「そういえば、髪どうする?」
「眉の下ぐらいまで切っちゃいたいな、もう目隠しいらないし」
「お風呂で切る?」
「ここでいいかな。ゴミ箱抱えてるから、その隙にやっちゃってください」
レンゲの膝から降りて、勉強机の側に置いてある小さめのゴミ箱を抱えると、彼女の前に向かい合って座る。
「じゃあやろうか。ミルクの顔に傷なんて作りたくないから動かないでね」
「分かってるって」
レンゲの作り出す植物の刃は鋭くて、鋏にも包丁にもなる優れもの。
目を瞑っていると袋に髪の毛が落ちる音だけが聞こえて、レンゲが集中しているのを感じる。
「終わったよ」
「どれどれ、おー! すごい」
「久しぶりに切ったから緊張した」
「助かるよ、ところでこれってレンゲの趣味?」
「……うん」
鏡に映った前髪がレンゲの好きそうなかんじだったので、鎌をかけてみたら本当にそうだった。そう思うとなんだか恥ずかしいな、好きな人の好みに合わせてるみたいで。
邪魔な赤い線はとっくに切られているので、今日買った眼鏡をかけてレンゲの前に立つ。
「どうかな?」
「似合ってるよ」
「ありがと!」
顔が熱い、久しぶりに目と目を合わせて会話したけどこんなに恥ずかしいものだったけ?
◇ ◇ ◇
次の日、教室に入るといつもはボクの席にそのまま着いてくるはずの浜凪が、自分の席に座って教科書を開くという珍事に遭遇した。
「勉強も鍛錬なんだよ、繰り返しやればできる!」
「何があったの?」
「レンゲちゃん曰く、せめぎ合いの化学反応らしいよ」
昨日、近くで見ていた姫香ちゃんも驚いたらしい。
「あの増えていく蔦は当分忘れられないわ」
「なんで蔦増えてるの?」
「桐子、間違えればそれだけ命に手が届くんだよ」
「それって……」
「おはよう」
「お、おはようございます」
詳しい話を聞こうとしたら植村さんとミルクちゃんが教室に入ってきた。一瞬、植村さんと浜凪が目と目で会話したっぽいけど、なに今の?
「あ! 前髪短くなってる」
「えへへ、レンゲに切ってもらいました」
短くなった前髪に縁ありの眼鏡はバッチリ似合っていて、ミルクちゃんの魅力を上げてくれている。心なしか声も前向きだ。
「これでみんなの目をちゃんと見られますよ!」
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