第24話 開けた視界②


 ミルクちゃんのマジックアイテム探しを引き受けた日の夜。ボクはリビングのソファーで悩んでいた。

「喉渇いた」

「うーん、どうしよっかなー」

「お母さん、姉ちゃんどうしたの?」

「お友だちのマジックアイテム選びをするみたいなんだけど、どこに連れていこうか迷ってるらしいの」

「へぇ、珍しいね。姉ちゃんならすぐに候補ぐらい挙げられそうなのに」

「物は決めたんだけど、買いに行くところが決まんないんだよぉ!」

 魔眼は直視することで発動するので、用いられるマジックアイテムは眼鏡やモノクルなどのレンズ系か、薄い布に魔法を組み込んだ物に限られてくる。

 ミルクちゃんの控えめな性格的に今回は眼鏡を選択したのだが、次はどこに買いに行くかという問題が発生した。

「そんなの商店街ぶらついたらいくらでもあるでしょうが」

「初めてのマジックアイテムなんだよ、良い物をおすすめしたいじゃん!」

 文房具を買うのとは訳が違うのだ。まぁ、文房具買うのも迷っちゃうけど。

「えー、こういうときの姉ちゃんめんどい」

「お母さん、お茶もらってく」

「まだ出きってないかもだけどいい?」

「大丈夫」

 ボクの相手をするのが無駄だと判断したのか、真理夏は冷蔵庫から水出しのお茶が入った容器を取り出し、コップに移すとさっさと自分の部屋に戻っていった。

「あー、どうしよ」

「そんなに悩むのなら、プロに相談したら?」

 帰ってきてからずっと悩んでいたボクを見守るのをやめたお母さんの助言が入る。  

 そうだよね。既製品の話になるからちょっと話しにくかったけど。こういうときはマジックアイテムのプロであるお父さんに聞けば良いんだ。

「ちょうど来たわね」

「ん、どうした?」

「実は……」


 お店を閉めたお父さんがちょうど通りがかったので、お母さんは近づいて耳打ちをする。

 ボクの前だからか、近づかれ過ぎたからか分からないけど、お父さんはちょっと恥ずかしそう。

「うん、事情はお母さんからいま聞いた。それならひみつきちはどうだ?」

「秘密基地?」

「Mutsuki横の路地を進んだらある雑貨屋なんだけど、知らないか?」

「知らない」

「行ってごらん。品揃えはしっかりしてるし、楽しいから」

「うん」

「桐子、動物好きだよな?」

「え、うん」

「じゃあ、行くべきだな」

 お父さんは少しニヤニヤしていたけど、なにかあるのかな?


 ◇ ◇ ◇


「やっぱり、伸ばしすぎだよね……」

 目の前で垂れる赤い線の集合体に手で触れるとその長さに呆れる。

 夢魔の家系に生まれた私の目は見つめた相手を眠らせる魔法の眼。

 中学卒業前に発現し、最初に眠らせたのは幼なじみのレンゲだった。

「あのときは大変だったなぁ、取り乱してママに泣きついちゃったし」

 急に覆いかぶさってきたからドキドキしたけど、いつまで経っても起きないので、不安になって下にいるママのところへ走った。

 ママは優しく私の頭を撫でて、眠っているだけよと教えてくれたし、若いときに自分も同じようなことがあって、グランマに助けてもらったことも恥ずかしがりながら教えてくれた。

 なるべく相手の目を見つめてはいけない。それが魔眼が発現した夢魔の注意することで、目を見ないように前髪を伸ばして能力をコントロールするのがうちでは一般的な対処法だった。

「マジックアイテムっていろいろあるんだね。立葵さんも学校に来られるようになったし、すごい!」

「……ちゃんと見られるようになったら、私も少しは変わるかな?」

 枕元に置いてある手鏡をとって前髪が伸び放題の自分を客観視する。

 レンゲにやめておいたほうがいいと言われたイケイケの夢魔の真似は恥ずかしくてすぐにやめちゃったけど。今度はまっすぐ前を向いてみんなとお話しできる私になりたいな。

「あ、もう寝ないと」

 部屋の時計を見ると、意外と時間の進みが早い。明日はいつもより行動しそうなのでしっかり寝ておかないと疲れちゃう。

「ぜんぜん眠れない……」

 電気を消して布団に潜り込んだけど、ワクワクしているのか寝付けない。

 ぎゅっと目を瞑るという手もあるけど、ここは最適解でいこう。

 私は携帯の明かりを頼りに手鏡で自分の顔を映し出すと、虚像の向こう側をジッと見つめる。最初はなんともないけど、次第に眠くなってきた。

「……おやすみなさい」

 夢魔は自分で自分を眠らせられる。これはママから教えてもらった安眠法。


 ◇ ◇ ◇


「さーて、バイト行かなきゃ」

「コーヒーショップ寄る?」「あり!」

 放課後のチャイムが鳴るとテスト前の教室は一気に静かになる。部活動も停止するのでみんなで勉強会もしくは遊びに行ってしまうのだ。

 水が流れるように校舎から校外へ出て行く生徒たちを見ながら、人混み嫌だななんて考えていると、不意にちょんちょんと肩をつつかれた。

 このクラスでこれをやってくるのはあの子しか知らない。

「ミルクちゃんだね」

「せ、正解です!」

 つつかれた方を向けば、肩掛けバッグを装備したミルクちゃんが立っている。ミルクちゃんと思わせて浜凪という予想もあったけど合っててよかった。

「今日はちょっと歩くけど、荷物減らした?」

「今日は置き勉の日にしました」

「ボクもそうしよ」

 中間テストの範囲はほとんど頭に入ってるので、苦手な英語の教科書だけを鞄に詰めて軽量化を図る。

 走ったりはしないと思うからいつも通りでも大丈夫だとは思うけどね。

「準備できました?」

「うん! それじゃ行こうか。その前に」

「植村さん、あとよろしくね!」

「任された。そっちもミルクをよろしく」

 出発前に植村さんの席に寄って声をかけると、細い蔦と太い蔦を振りながら答えてくれた。二本出してるのにはちゃんと意味があるんだけど、それはこれから分かる。

「レンゲ、行ってくるね」

「気をつけて」

「うん!」

「おーい、桐子!」

 保護者の送り出しも終わり、教室を出ようとしたら浜凪に呼び止められた。既にリュックを背負っていて帰宅する気まんまんである。

「いってら」

「うん、そっちもちゃんと勉強しててね」

「今日は姫香とだから、ほどほどかな」

「大丈夫だよ。今日は別の先生が見てくれるから」

「?」

 やっぱり脱線の流れになってるけど、残念ながらそうはいかない。こうなることを見越して昨日から準備してました!

「植村さん!」

「了解」

 ボクのかけ声で植村さんは、伸ばしていた太い蔦を浜凪の腹周りに素早く巻きつけ、会話の外にいた姫香ちゃんには細い蔦を驚かせないようにゆっくり左手首に巻きつける。

「あら、レンゲちゃんどうしたの?」

「結舞さんとの約束で今日は私が先生役ってことになってね。逃げないように巻かせてもらったよ」

「そういうこと、利き手に巻かないところが優しいわね」

 姫香ちゃんはボクを見て、なにも言わずにイタズラっぽく微笑んだ。

 植村さんにお願いしたのボクだけど、なんか凄い罪悪感がのしかかってきた。こんど埋め合わせはするとメッセージを送っておこう。

「むぅ、ちぎれないか…」

「痛みは感じないけど、蔦が傷つくのは嫌だから、無駄な抵抗はやめてくれ」

「ごめん」

「いいよ、ぜんぜん傷ついてないし」

 植村さんと姫香ちゃんが話している隙に浜凪が蔦を掴んで千切ろうとしたが、太い蔦は綱引きに使うぐらいの太さなのでさすがに無理だった。

「じゃあ、あとお願いね」

「約束は果たすよ。さっそく始めようか」

「あーれー」

「桐子ちゃん、ミルクちゃん、いってらっしゃい!」

「……はい!」

「行ってきます。姫香ちゃん、ごめんね。こんど埋め合わせするから!」

「私にも謝れー!」

 蔦に引っ張られるまま植村さんの元へ引きずり込まれていく浜凪を無視して教室を後にした。

 浜凪、謝らないけど、勉強頑張れよ。


「目的のお店はひみつきちって名前のお店なんだけど」

「隠れてるのかな?」

「路地のほうにあるらしいから隠れてるね」

「あれ? ここ総菜屋さんだっけ?」

 学校を出て商店街へやってくると、知らないお店が増えているのに気づく。そういえば学校と家の行ったり来たりばかりで、ちゃんと商店街を歩くのは二年ぶりくらいになるのか。

「ミルクちゃん」

「はい?」

「実はここ歩くの久しぶりだから、ちょっと寄り道とかしてもいい?」

「ぜんぜん大丈夫! 私もあまり来ないからむしろ教えて欲しい」

 ミルクちゃんも乗り気なので目的地へ向けてゆっくり歩きながら散策することにした。

 普段はたどたどしい話し方のミルクちゃんだけど、話してると慣れてきたのか普通に会話できるようになってきた。ボクも全く知らない人とか久しぶりに会った人だとこんな風になるから案外似た者同士なのかな?

 商店街で古い情報を新しくしながらミルクちゃんに説明していると、彼女が数年前まで海外に行っていた話になった。

「生まれはこっちなんだ?」

「そう。両親がこっちに移住して私が生まれたんだ。レンゲとは幼稚園から一緒なんだよ。でも小学二年生のときに、グランマの仕事を手伝うのに五年くらい向こうに行くことになって…」

「じゃあ帰国子女だね」

「えへへ、帰国子女ってなんかカッコよくて好き」

「わかる」

 賢そうだし、響きがいい。

「バナナジュースとミラクルミックスお待たせしました!」

「ありがとうございます! はい、ミルクちゃん」

「ありがとう!」

 寄り道したくなったので、色んな果物のジュースを扱っている錬成屋というお店で休むことにした。これもボクの知らないお店だ。

 ミルクちゃんはバナナジュース、ボクは日替わりで色んな果物が混ざっているミラクルミックスを注文して、備え付けられたベンチに座る。

「ん」

「何味だった?」

 重くて舌に伝わるサラサラ感、ちょっと強めの甘酸っぱさ、あとは細かくしきれないシャリシャリの欠片が食感を楽しませてくれる。

「これは……バナナとラズベリー?」

「おしい! リンゴも入ってるよ」

「なるほど」

 店員のお兄さんはカウンターから身を乗り出すと、良い笑顔で残りのピースを教えてくれた。ちょっとシャリシャリ感あると思ったらリンゴか、分かんなかったな。

「美味しい?」

「うん、蓋外すからストローさして飲む?」

「もらうね。うん、いろいろ混ざってても美味しいね」

 それを聞いて、掃除をしていたお兄さんの動きが一段階上昇した気がする。このお店いいな、また来よう。

「そういえば、向こうにはマジックアイテムのお店ってあるの?」

「んー、私の住んでたところ田舎だったから小さい雑貨屋さんはあったけど、民芸品みたいなのしか売ってなかったよ」

「ドリームキャッチャーみたいなやつ?」

「動物の骨で作った首飾りとか精霊と会話出来るっていう笛とか」

「レア物の宝庫だよそれ」

「そうなの? 似たようなのならいっぱい売ってたよ」

 神秘系のマジックアイテムはコトが生きていた時代からある原始的な物で、魔力由来の物もあるが、祈りや呪いで加護を付与している物が多い。

 お母さんの前世の職場である神殿では、長い時間をかけて祈ることで、武器やアクセサリーに加護を付けて自身の身を守ったり、冒険者に授けたりしていた。向こうだとまだまだ現役なんだなぁ、行ってみたい!

「そういえば、ミルクちゃんのおばあさんはお仕事なにしてるの?」

「グランマは夢に潜って不安を取り除いたりするセラピストをしてて、向こうでは結構有名なんだよ」

「夢魔の特性を活かしてるね」

 夢魔は相手の夢の中に潜り込んで精神攻撃を仕掛けて衰弱させたり、暗示をかけることを得意とする種族だったけど、今は逆に医療行為として能力を使えるようになっているのか。

 種族固有の能力を活かした仕事もボクが知らないだけでまだまだいっぱいあるんだろうな。

「ママもグランマも魔眼をコントロール出来てるから、マジックアイテムを使うっていう考えも無かったんだよね」

「コントロール出来るならマジックアイテムは必要ないからね」

「私、初めて眠らせた相手がレンゲだったんだけど、もう起きないんじゃないかって思って怖かった」

「それで前髪を伸ばしてたら、髪が伸びるにつれて、どんどん引っ込みがちになっちゃって……」

 俯いたミルクちゃんの前髪がダラリと垂れて、カーテンのように表情を隠す。

 能力を持っていてコントロール出来ないと不安で不安でしょうがない。これは前に沙良先生が言っていた言葉だけどミルクちゃんも相当苦労したんだと思う。だからこそマジックアイテムが必要なんだ。

「大丈夫、マジックアイテムがあれば、ちゃんと前を向けるから!」

 本当は目を見て言ってあげたいけれど、眠ってしまうので手を握りながら元気付ける。

「ありがとう桐子ちゃん」

「まぁ、今回ボクが出来るのはオススメするぐらいなんだけどね」

「それでも十分助かってるよ」

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