第23話 開けた視界①


 夢魔、相手に催眠をかけて生命力を奪ったり、夢の中に潜り込んで悪戯をする魔物。姿は人間とほとんど変わらないが尻尾があり、瞳は見つめられてしまえば眠りに誘われてしまう魔眼になっている。

 コトの時代、相手にしてきた魔物の中でも夢魔は強敵であり、直接戦うことが少ないため精神的な疲労が溜まって眠気を誘われ何度も付け入られた。

 対策として、夢魔は夢に潜り込む際は対象の近くにいなければならない為、眠る囮役と夢魔を探す役に別れて直接叩くのが有効。幸いなことに夢魔の身体能力は低いため直接戦闘では勝つことができた。

 そんな手強かった夢魔も現在は力を悪用しなくなり社会に溶け込んでいるが、新しい問題として能力を行使できる機会が減った為に魔眼の暴走に悩まされる夢魔が増えている。

「結舞先生!」

「どうしたの浜凪さん?」

「ここ分かんないんですが」

「ここは判明してる数字を当てはめるんだよ」

「ほうほう」

 浜凪が元気よく手を挙げて質問してきたのは、このあいだ数学の授業で習ったところだった。復習は大切なのでボクも教えながら再確認する。

 現在、放課後の教室でボクは数人の生徒に勉強を教える先生になっている。どうしてこうなっているのかボクにもよく分かっていない。

 浜凪と姫香ちゃんに勉強会をしようと誘ったら、自分たちの部屋でやると脱線してしまうと言われたので教室でやることに。そこから一人二人と増えていき、教えて回っていたらいつの間にか先生呼びになっていた。

「とうこせんせー!」

「はい、姫香さんどうしました?」

「実はちょっと困ってまして……」

 先生呼びもけっこう悪くないので、今は桐子先生として皆の質問に答えている。

 幼いかんじでボクを呼んだ姫香ちゃんは教科書に指を添えながら細かく動かしていた。問題の解き方というよりは助けを求めているようだ。

「生物の教科書で植物の種が載ってるページを開いたら数えるのが止まらないんですが…」

「じゃあ閉じちゃいますね。このページには付箋を貼っておくから気をつけて」

「ありがとうございます!」

 姫香ちゃんは閉じられた教科書に貼られた付箋を触りながらお礼を言った。

 吸血鬼には細かい物をじっくりと数えてしまう癖があるって銀佳さんが言ってたけど姫香ちゃんもか。日光に流水に数え癖、苦手な食べ物もあるし吸血鬼って大変だ。

「あ、あの、結舞先生」

 今度はたどたどしくミルクちゃんがボクを呼ぶのでそちらに向かう。元々は植村さんと二人で勉強する予定だったけど、楽しそうだったので植村さんと一緒にボクらの教室に加わってくれた。

 最後の生徒である植村さんはボクより成績が上なので質問もなく黙々と自習状態である。

「ここ、分かんないんです」

「どれどれ」

 教科書を覗こうとするがミルクちゃんのたれ下がった髪がページを隠して読むことが出来ない。

 入学してすぐは目にかかる程度の長さだった彼女の前髪も一ヶ月半経った今は鼻先につくぐらいまで伸びて、表情をうかがうことすら難しい。それに視界が悪いのか、よく転びそうになっては植村さんに助けられているのでなんとかした方がいいと思う。

「ごめんね、髪が邪魔だからちょっとどかすよ」

「ひゃい、あ!」

「?」

 ミルクちゃんの髪をやさしく避けると驚かれたので、なにかと思って顔を上げると彼女の瞳がこちらを見ていた。

 爛々と輝く瞳は宝石のように綺麗で目が離せなくなる。それになんだか眠たくなってきたな、さっきまであくびもしてなかったのに……。

「あ、ご、ごめんなさい!」

「なになに、どうしたの?」

「ふぁ」

「桐子、今にも眠り落ちそうだけど大丈夫?」

「だい、じょうぶ」

 眠たくなって力も抜けてきたので、机をしっかり掴んでずり落ちそうになるのを防ぐ。

 この眠気、瞳をしっかり見てから発動したってことは夢魔の魔眼か。そういえばミルクちゃんの目をはっきり見たのって初めてだったな……。

 今も眠くてしょうがない意識の中でも、なにが起こったのか理解できたのはコトの記憶と前に頻発していた気絶癖で意識をなるべく保つコツを掴んでいたからだった。

 だけどそろそろ限界かな。この体睡眠耐性とかないし、よく持ったほうだよ。

「おやすみなさい」

「桐子ちゃん!?」

「おっと危ない」

 なんとか落下ダメージは防ごうと床に寝転がりたかったのだが意識の限界で机から崩れ落ちてしまう。

 これは保健室行きかなと思いながら眠る前の衝撃を覚悟していたら、待っていたのは弾力のある肉厚な感触だった。

 誰か受け止めてくれたのかなと思いつつも触れている箇所は暖かいというよりはひんやりしていて、顔に当たっている部分はちょっとちくちくする。うぶ毛かな?

 軽く分析してみたものの既に瞼も開けられず、とにかく眠いので、怪我をしなくて良かったという確かな安心感を抱えて意識の底に落ちていくことにした。


「浜凪ちゃんまた間違えてるよ」

「ホントだ、姫香もけっこう勉強できるじゃん」

「応用問題はまだ早いか、朝木さんは同じところを何度も勉強したほうが身につくかもね」

「うっす!」

 床の固い感触と皆の話し声で意識を取り戻した。下校時間は過ぎてないみたいだし、そんなに深い眠りじゃなかったんだ。あと花のいい匂いがするけど教室に花瓶あったけ?

「うーん」

「おはよう」

「……おはようございます」

 瞼を開いてみると植村さんが本を読みながらボクを見下ろしていた。膝枕されてると思ったけど、ボクの頭が乗っているのは植村さんの体から伸びている太めの蔦だった。なるほど、意識が落ちる前に受け止めてくれた感触はこれか。

「ボクどれぐらい眠ってました?」

「一時間ぐらいかな、ミルクの魔眼は不安定だから今日は軽いほうだよ」

 思わず敬語になってしまったが植村さんは構わず本を読んでいる。ボクそんなに重くないとおもうけど蔦の部分って感覚がないのかな?

「私は桐子が眠っている間もちゃんと勉強してました」

「私も!」

「浜凪は教えてもらってたとこ間違えてるの聞こえてたぞ、姫香ちゃんはそのまま頑張ってね」

「はーい!」

「♪~」

 あ、浜凪のやつ口笛吹いて誤魔化した。まったく赤点とったらどうするんだよ。

「あ、あの。結舞先生ごめんなさい!!」

「大丈夫だよ、仮眠したようなものだから」

 いつまでも植村さんのお世話になっているわけにもいかないので、蔦からひとり立ちして地べたに座り込むとミルクちゃんがこちらに駆け寄ってきて頭を下げる。

 ミルクちゃんのほうが上にいるので、また瞳をのぞき込んでしまいそうになって咄嗟に目を閉じた。あぶないあぶない。

「ミルクちゃんって魔眼封じのマジックアイテム持ってないの? 眼鏡とか」

「……持ってないんです」

「ミルクが髪伸ばしてるのは魔眼を隠すためだからね」

「なるほどそれでこんなに伸びちゃってるのか」

「あ……、朝木さんも寝ちゃう」

「おっと危ない。真っ向から見ちゃうとダメなわけね」

「そうなんです」

 浜凪がミルクちゃんの前髪に触れようとしたら全力で抵抗される。ボクという第一被害者が出てるのにそれをやろうとする神経よ。

 魔眼対策で前髪を伸ばすっていうのは有効ではあるけど。確実ではないし、視力低下を招く恐れがあるのでここは一つ提言させてもらおうかな。

「ここで工房の娘さんである結舞さんに相談なんだけど、ミルクの魔眼に合うマジックアイテムを探してはくれないかな?」

「え、いいの? ボクも今言おうと思ってたんだけど」

「前髪を伸ばすのも限界があるし、このあいだ日向先生に結舞さんに相談したらどうかと言われたから、今日はちょうどよかったよ」

「お願いします、助けてください! もう長いの耐えられません!」

 言おうと思っていたらミルクちゃんサイドから提案された。たしかに前髪伸ばしっぱなしは先生としては気になるか、ナイスです沙良先生。ここからはボクの出番です。

「ミルクちゃん、魔眼が効果を発揮したのって最近?」

「はい、二月くらいから」

 発現してからそんなに経ってないか。姫香ちゃんもそうだけど、現代の魔族はになる前後に能力や特徴が発現しやすい。翼のある世織さんや植物ベースの植村さんは元々だけど。

「それなら一般ので十分かな。予算は普通の眼鏡二つ分くらい」

「うんうん」

「親御さんにお願いできそう?」

「できます。前にレンゲと一緒に相談したら全然出すって言ってました」

「本当に植村さんと仲良しなんだね」

「幼なじみなので」

「ふふっ」

 植村さんが後ろで微笑む。信頼しあってるなぁ、ボクと浜凪も信頼はしてるけどここまでではないからちょっとうらやましい。

「それでいつにする? ボクはテスト勉強ほぼおわってるからいつでも大丈夫だけど」

「前髪が鬱陶しいので明日にでも」

 やっぱり鬱陶しかったか、暑くくなってきたし早めに対処してあげよう。お父さんにどこがいいかも聞いておかないと。

「じゃあ、そうしよっか。あ、植村さんはちょっとこっち来て!」

「なにかな?」

「明日も勉強会の予定だったんだけど、ミルクちゃんを優先するから浜凪と姫香ちゃんの勉強を見てくれない?」

「引き受けた。そっちもミルクをよろしくね」

 向こうに聞こえないくらいのヒソヒソ話で密約を交わす。浜凪と姫香ちゃんだけだと絶対脱線するから植村さんがいれば安心だね。

「桐子ちゃん、どうかした?」

「ううん、ないしょ話してただけ」

「そう、内緒だよ」

 植村さんこの間も相談にのってくれたし面倒見がいいよね。ノリもいいし。

「あ、あの。明日はよろしくお願いします結舞先生!」

「はい、引き受けました!」

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