第20話 見抜かれアップデート③


 パソコンの稼働音とマウスを滑らせる音が耳に入ると集中力が高まるらしく欲しい情報の捜索を捗らせる。結舞 真理夏ゆま まりかにとって眠る前のネットサーフィンは快眠のための習慣である。

「最近は魔導書もネットで買えちゃうからすごいや」

 画面に映るのは魔法使いマリーが生きていたときに噂で聞いたことのある魔導書。かつてはダンジョンの奥地や神殿の書庫で眠っていた伝説たち、それが廉価版とはいえ中学生のおこづかいで買えるというのだから時代の流れは残酷だ。

『今はマジックアイテムが大体の魔法の代わりになっちまうからな、大量に複製された魔導書もたたき売りされるさ』

「あ、いたんだ」

『それはさすがに酷いぞ』

 ひとりごとのつもりだったがヘッドホンから返答が帰ってきて真理夏は天住 恭介あまずみ きょうすけと通話しているのを思い出した。

 たしかにマジックアイテムは魔法が付与されているので魔力さえ流し込めれば使えるが、魔法が使えればマジックアイテムなしでそれができるのだから覚えて損はない。習得の時間を考えなければ。

「たしかに魔法って覚えるのにも時間かかるし、一部は趣味の域に落ちてるんだよね」

『昔は奇跡、今は当然ってことさ。あの頃を知ってる人からしたらこっちのほうが奇跡だけど』

「その感傷に浸れるのはエルフとかの長寿族ぐらいでしょ」

『お前はそうじゃないってか?』

 年寄り呼ばわりされてるみたいでムカついたので真理夏は画面をチャット欄に切り替えてスタンプを延々と送る作業を始めた。カチカチカチとマウスのクリック音が夜の静かな部屋でリズムを刻んでいく。

『なあ、通知音が鳴りやまないんだが』

「女の子に歳の話なんかするからだ」

 顔は見えないが画面の向こうで天住が苦笑いしている姿が真理夏の目に浮かぶ。彼女は前世の記憶を持っているだけで実年齢は十四にも満たないのだから当然の仕返しだ。

『ああ、もう悪かったよ。すまん!』

「私からしたらアンタのほうが感傷に浸ってそうだけどね」

『まぁいろいろと思うところはあるよ。あと俺はジジイじゃない』

 天住は反論するが、彼は見た目こそ青年だが五百年から存在しつづけているので長寿族から見ても年長者と扱われる年齢だ。種族はぼかし続けているが元天使、年齢は二十四と周りに言っている。

『んで、今度はなんの魔法を覚えようとしてんだ?』

「治癒魔法の初歩」

『なんでそんなに嫌そうなかんじ出してんだよ』

「だってこれ、昔だったら普通に使えてたやつだし」

 しかも真理夏が覚えようとしているのは初歩中の初歩。頭の中では既にどういうものなのかという理解は済んでいるが体が経験していないせいで覚え直しを強いられることが彼女にとって悩みの種らしい。復習といえば覚え直しや見落としを見つけられるが初歩からは学ぶことが無いとぼやく。

『精神は二週目でも肉体は一週目だからな、覚えは早いだろうし頑張りな』

「アンタに言われるとムカつく」

『きびしいね』

 天住は真理夏の愚痴を聞いて若者に助言する年長者のような振る舞いをした。ちなみに彼は肉体も五百年そのままなので覚えた魔法は記憶の底から取り出せば使うことができ一週目のままである。

『しかし、またなんで治癒魔法を? 病院行けばやってくれるだろうに』

「前世の癖かな、使える魔法が少ないとなんかあったときに不安なんだよ」

『今はなに使えるんだっけ?』

「沈静魔法と思念魔法」

『けっこう難易度高いやつ覚えてるんだな、思念魔法なんて魔導書ほとんど残ってないだろ』

「記憶から引っぱり出した我流だよ。小学生の頃からやって五年かかった」

『やるじゃないか』

「記憶のサルベージは当分やりたくないけどね」

 沈静魔法は精神が乱れた際に使用され、古来では錯乱状態や魔法による洗脳などへの対抗策として重宝されていたが現在は精神治療の一部として応用されている。

 思念魔法は触れている相手に自分の思っていることを相手に話さずに伝えることのできる魔法で、聞かれたくない話をする際に使われた。習得の難易度はかなりのものであるがイカサマ師などがよく使用していたという記録が残っていて、悪用される恐れがあるとして多数が焼却処分されている。

『両方とも姉さん用か』

「沈静魔法はそうだけど思念魔法は意地だよ。マリーの得意魔法の一つだったし使えなくなるのが悔しかった」

『魔法使いらしいな』

「こちとら前世も今世も魔法使いなもんでね!」

 椅子の上で胡坐を掻いたジャージ姿の少女が画面の前で笑った。普段は大人しく一歩引いた立ち位置にいる真理夏であるが魔法や好きな物の話になると熱が入って饒舌になる。

『そんな魔法使いさんに一つお知らせなんだけど』

「なに?」

『そっちに返した剣なんだが形が変わってただろ?』

「ああ、大鎌以外は別物になってたって父ちゃんが言ってたわ」

『あれの変更方法をお前に教えておく』

「そういうのは渡す前にやっておいてよ」

『忘れててそのまま渡してしまった俺が全面的に悪いが、俺がそっちに関わるのはマズいからな頼む!』

「姉ちゃんの前にはよく現れるくせに」

 いろいろと詰めが甘いのが天住という男の悪い癖である。

 そんな彼から聞いた聖剣の形状変更方法は以下のとおり。まずブリージアの変更したい形状を選ぶ、次に魔力を一定のペースで送ることで形が崩れてくるのでそのまま溶かす。原形が無くなったら整形したい形をイメージし続けてそれになったら完成というものだった。

「むちゃくちゃだとは思ってたけどそこまでとはね」

『あ、イメージに失敗すると一度その形で固定されるから魔力の注ぎこみがやり直しになる』

「それは聞きたくなかった」

『まぁ、お前の魔力知識があればなんとかなるだろう』

「面倒事押し付けやがって、報酬で魔導書奢ってよ」

『……薄給だから高いのはねだるなよ』



「(なんとかなりそうだけど激ムズじゃん、廉価版魔導書三冊じゃ割に合わない)」

 真理夏は作業の傍ら後悔していた。イメージのほうを同じくブリージアに触れている桐子に任せることにより魔力を一定で流し込むことには成功したのだが、この作業は上級の魔法使いでも失敗の確率が高く、ましてや一介の女子中学生がやるにはあまりにも酷というものだろう。

 それでも二時間ほど集中して桐子たちはハンマーの原形を溶かすことには成功していた。さっきまで武器だったものは黄色い光を放つ塊と化して水のような性質に変わり、揺れて輝いている。

「姉ちゃん、そろそろイメージの時間だよ!」

「わかった!」

「なんかこれ、見覚えある」

「もしかしてスライム?」

「そう」

 真理夏のサポートをしながら共にブリージアに触れつづけ桐子の集中力はピンと張った糸のように鋭くそして脆くなっていた。和傘のイメージを成形しようとした桐子だったが浜凪との会話に引っ張られてスライムのほうを強く思い浮かべてしまう。

「「あ‼」」

「?」

 ブリージアから感じた違和感に気づき桐子と真理夏が叫んだときにはもう遅く、ハンマーだった物は大きめのクッションぐらいの大きさのスライムに姿を固定されてしまった。

 これ以上の作業継続は無理だと判断し二人とも瑞々しいスライムから手を離す。

「どうしたの?」

「スライムのこと考えたらこれになっちゃった」

「簡単に説明すると、強くイメージしたものに変化する段階でミスしたってことね」

「あ……ごめん!」

 浜凪は失敗の原因が自分のひと言で起きたと悟り、両手を合わせて謝った。

「別に浜凪のせいじゃないよ、イメージの担当してるのボクだし」

「まぁ、まだ魔力に余裕あるし気力が回復したら再チャレンジかな」

「すまぬ」

 気持ちが落ち込んだ浜凪だったが、目の前で揺れるスライムが目に入ると触りたい衝動に駆られて指先を出す。それほど魅力的なぷるぷる感をこのスライムは持っている。

「これ本当に金属? わらび餅みたいな柔らかさしてるんだけど」

「もう硬さとかも無視しちゃってるけど金属らしいよ」

「それでいて崩れないんだからすごいよね。形状記憶の性質も持ってるみたい」

 浜凪につられて桐子たちもスライムをつついたり触ったり[[rb:叩 > はた]]いたりして遊び始める。

 上から見ると床が透けるほどの透明感、デザートのような表面張力、力を込めてみても崩れない弾力、元が金属とは到底思えない物体と戯れる時間は脳を麻痺させ、先ほどの失敗と時間を忘れさせてくれた。

「もうこれでよくない?ストレス解消グッズとして最高だよ」

「浜凪の気持ちも分かるけどぉ」

「妥協はダメ!」

「急に大きな声出さないでよ、びっくりした」

「マリうるさい」

「これもいいんだけど道具としては使えないからね。また魔力流し込んで作り変えるよ」

「さよならだね、スライムくん」

 リラックスタイムは真理夏の一喝で終了し、短い間だったが自分たちを癒してくれたスライムに別れを告げるように三人は撫でまわす。これだけ触っても放置しても汚れが付かないのは素材の優秀さの成せる技であろう。

「……解放 参!」

 ボソりと桐子はブリージアのトンファー形態を呼び起こしスライムを隠す。急に形状が変わったため触れていた場所からスリップした真理夏と浜凪は床に崩れ落ちた。

「いたた」

「姉ちゃん、まさか」

「トンファーでやろう!」

「目が本気だ」

「でもそれ道具じゃないし」

「崩れないんなら打撃も落下も防いでくれるし、運動で疲れたときに助かる!」

 あくまで盾兼クッションとして使うと主張する桐子に真理夏は困惑した。普段は攻められると弱い姉がきちんと道具としての使い方を提示しているところも反論の刃を削いでいる。なにより譲らないという強い気持ちが前面に出ていて崩す気が起きない。

「じゃあトンファーでやろうか」

「やった!」

「マリ、桐子に甘いよね」

「ここぞというときにそれっぽいこと言うから困るし、それに私は姉ちゃんには弱いんだよ」

 喜ぶ桐子を見て真理夏はやれやれと言いながらも口もとを緩ませていた。

「姉ちゃん、今日これでミスったら終わりだから頑張るよ」

「うん!」

「浜凪ちゃんは静かに雑誌でも読んでて」

「いや、私は外で素振りしてるよ」

「そこまでしなくても」

「予感がするんだ、多分また私は余計なことを言う」

「私が夜まで外にいないように頑張ってね」

「うん」

 道場の押し入れから木刀を取り出すと浜凪は外へ出て行く。応援の意味を込めて親指を立てながら去っていく姿はどこか寂しさを感じさせた。

「作業始めようか」

「そうだね、早く終わらせて呼びにいこ」

 主のいなくなった道場で二つで一つのトンファーを縦に並べて作業が始まる。

 魔力量の多い真理夏が下の端から魔力を流し込み、細かいコントロールを得意とする桐子が二つのつなぎ目に触れて魔力を行きわたらせるパイプ役になり効率化を図る方法でいくことにした。

「ハンマーより質量もサイズも小さいから早く溶けてきそうだね」

「二回目でコツつかんでるかもしれないけど油断するとまた変なのになるから」

「スライムは変なのじゃないよ」

「ていうか、あれ言うほどスライムじゃないよね」

「じゃあ水玉?」

「……やっぱスライムかもしんない」

 少し休んだとはいえ疲れが溜まっているのか、桐子も真理夏もよく分からない会話をしているのにそのまま思ったことを口に出していく。

「あのさ」

「なに?」

「浜凪が受け入れてくれて良かったよね」

「そうだね、なんとなく大丈夫な気はしてたよ」

「実はボクも」

「それはダウト」

 そこからはお互い何も言わず魔力を流し行き渡らせることに集中する。生まれた時から一緒の姉妹、何も言わなくても作業は進むものでトンファーが光りはじめた。


 ◇ ◇ ◇


「ふん! せい!」

 朝木家の庭で素振りの木刀が空を斬る。音が気にならないほど浜凪は淡々と鍛錬を続け、今日あったことを振り返っていた。

「(桐子が勇者か、確かに中学生のときよりは行動力もガッツも出てきたよね。ちょっとムリするところは変わらないけど)」

 桐子とは幼稚園から一緒だが昔は普通で友人で例えるとミルクみたいな控えめな子だった。

 あの頃は浜凪も鍛えていない普通の子どもだったが、桐子がいつもついてきていて頼られるのが嬉しかったのでもっと強くなるために道場で祖父と修行を始めた。

「(あの大鎌重かったけど自信のもてる一撃を喰らわせられると思わせてくれるかんじした。また貸してくれないかな)」

 浜凪が感じ取ったのは勇者コトが憧れた大鎌使いの魔族ルーヴァスも武器を振るっていたときも感じていたものなのだが、彼女はルーヴァスのことを知らないので戦士としての勘でそれを感じ取っていた。

「(まぁ、別に桐子とマリが勇者と魔法使いでも別にいいんだ、魔王だったとしても接し方は変わらない)」

 彼女たちの父親がまさに魔王なのだが、浜凪は知らないし桐子たちも秘密にするのでそこは重要ではない。

 重要なのは朝木 浜凪はなにがあろうと幼なじみとの関係が変わることがないと信じていることだ。

「(しかし戦士なしのパーティか、私がいたらちょっとは楽になるのだろうか)」

「(三葉は斥候で姫香は槍兵、陽花ちゃんは盾で守って殴ってきそう)」

 現代では振るうことのない力、もしも自分たちが勇者コトの時代に生きていたらと思うと木刀を握る力も強くなる。

「浜凪、終わったよ!」

「ふんふんふん!」

 夕陽が傾き始めたころ、桐子が呼びに来たが浜凪は集中しすぎて声が聞こえていないようで素振りを続ける。

「おーい」

「……」

 カンと木がぶつかる音で浜凪の意識が戻ってきた。桐子が和傘で木刀を受けたらしく交差している。

 木刀より少し短めの柄に浜凪の希望した紫色、まず美しさを感じるが木刀から伝わる重さは軽いがしっかりとした硬さを持っている。

「あ、完成したんだ」

「頑張って夜までには間に合わせたよ、ボクも真理夏もヘトヘトだけど」

「いい和傘だ」

「雨でも使える傘は番傘っていうらしいから、これは番傘だね」

「へぇ、調べた?」

「イメージを高めるのに調べたら知った。おっと」

 外で鍛錬していた浜凪よりも桐子の方が疲労が溜まっているようで、木刀を受ける姿勢を崩して和傘もとい番傘を杖代わりにした。

「でさ、お願いがあるんだけど。今日お泊まりしてもいいかおばさんに聞いてくれない? 真理夏が動けなくなっちゃって」

「電池切れ?」

「そう、遊び疲れた三葉並みの」

「じゃあしょうがないか、これ持ってまってて」

「おねがいー」

 桐子に木刀を預けて浜凪は玄関へ走っていく。いろいろと考えてはいたが結局のところ彼女たちの関係は変わらないようだ。

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