第19話 見抜かれアップデート②



 親和剣しんわけんブリージア、人間と魔族の共存の第一歩として魔王エディーアに打たれし一振り。

 魔力により形を変える希少な金属の特性を利用し、様々な場面に対応した姿へと変化する。難点としては姿に応じて質量も変わってしまうので扱いが難しいが、使いこなせば使い手を助ける優秀な武器となる。

 残念ながら完成後に魔王は勇者とともに没してしまい、作られたのはその一振りのみ。彼の工房には覚書おぼえがきが残っていたものの現物は行方不明、その姿を見た者はおらず失われし聖剣として歴史に名を残している。

「勇者一行、ようこそ我が道場へ!」

「久しぶりに来たけど綺麗になってる」

「前は物置そのまま使ってたかんじだったもんね」

「スルーかい」

「だってボク勇者じゃないもん」

 浜凪に前世バレしてすぐはどうなることかと思ったけど、特に接し方も変わらず、むしろけっこうイジってくるようになった。今のボクは彼の記憶を持っているだけで、そう呼ばれるだけの実力はないんだけどな。

 ブリージアのアップデートをするために集中できる場所として浜凪の家の道場を提案されたので来てみると、見たかんじ今もやってますってぐらいには掃除されていた。。十年前に師範のおじいさんが引退してからはほぼ物置で前はいろんな物が散乱してたはずだけど。

「まぁまぁ、座布団どうぞ」

「どうも」

「ありがと」

 浜凪は道場のすみっこに積まれた座布団を掴んで持ってきてくれる。座布団置き場には積まれた雑誌と畳まれた布団も置かれていてそこだけは生活感があった。

「ここで寝てるの?」

「春終わりから秋初めまではね、冬は寒すぎてダメ」

「浜凪ちゃんのことだからもっとごちゃごちゃにしてるかと思ってた」

「私をなんだと思ってるんだい。家にある部屋はそうだけど道場は綺麗にしてるよ」

「今日はこっちでお願いします」

「私もそのつもり」

 いつもウチに来てるから浜凪の家に来るのは久しぶりだ、最後に来たのは保健室登校になる前だったかな。浜凪の部屋がどれだけ荒れているかはちょっと気になるけど、見せたくないってことは相当ひどいことになってるみたい。

「それにしても綺麗にしたね。布団とかなかったら現役の道場じゃん」

「好きに使っていいって言われたから、三葉にも手伝ってもらってゴミ出しとぞうきんがけしたんだ」

「頑張ったね」

「ま、綺麗にした一番の理由は桐子なんだけどね」

「え?」

「あ、言っちゃうんだ」

 真理夏は知ってるみたいだけど、道場を綺麗にする理由がボクってどういうことなんだろう?

「桐子が具合悪くなってからなにかできることないかなって思ってさ、真っ先に思いついたのが強くなっておこうだったんだ」

「なんでそうなるの!?」

「私が強くなれば学校で桐子をいじめるやつがいなくなると思ったから、そんな心配いまのところなかったんだけどね」

 理由が物騒だったけどちょっと嬉しい。今のところというかこれからも浜凪が力を振るう機会がないと助かるかな、たぶん相手は軽症じゃ済まないから。

「私は浜凪ちゃんが鍛えてたのは知ってたけど、大鎌あれを持てるレベルに達してたのは驚いたよ」

「筋力トレーニングと素振りのおかげだね。好きだから無理なく続けられた」

「筋トレは偉大か」

「桐子もあれ持ちたいなら頑張らないと」

「高みが遠い……」

 大鎌持てるようになるのが今のところの目標だけど、ボクの筋力だとだいぶ時間がかかりそう。浜凪と比べると貧弱すぎるし。

「まずは体力、つぎに体幹と腕の筋力を育てよう。持ち方はコツがあるから今度教えてあげる」

「コーチ!」

「私についてきな!」

 親指を自分に向けて笑った浜凪が輝いて見える。

 ただ漠然と走れとか言われるよりも具体的にどこを鍛えるみたいな話を出されると目標ができてやる気が出るよね

「あ、浜凪ちゃんにちょっと質問なんだけどいい?」

 真理夏は雑誌の山から持ってきた漫画雑誌を読みながら声を出す。座布団の横には低めの椅子になれるほどの雑誌が積み上げられていて、このまま何時間も潰す気でいるようだ。

「いいよ」

「私たち、というか姉ちゃんの正体っていつから気づいてた?」

 浜凪は思い出すように腕を組む。もうバレちゃったけど、いつから怪しまれてたのかボクも気になっていた。

「違和感は元気になってからかな、桐子なんだけどなんか混ざったみたいなかんじ?」

「やっぱ最初からバレてたんだ」

「いや、大鎌を持つ桐子を見てなかったらこんなに踏み込まなかったよ」

「なるほど、姉ちゃんのミスで私の正体もバレちゃったわけだ」

 雑誌を少し下ろした真理夏と目が合った。なぜか目がいたずらっぽく笑っているように見える。

「マリは昔から大人びてたけど、そのからくりも解けちゃったね」

「私は幼少期からだからね、そんなに人格も変わらなかったし。でも姉ちゃんは混ざりたてで不安定だから」

「ご、ごめんなさい」

 ジーっと見つめられてるようで真理夏から目を逸らした。

 あのとき助けを求めなかったら真理夏の正体はバレずに済んだと思うと、もっといい方法はなかったのか自分に問いかけてしまう。道連れにしちゃって本当にごめん。

「おーい?」

「おーい姉ちゃん!」

「うっ!? 近いよ!」

 自問自答していたら周りが見えなくなっていて、座布団から立ち上がっていた真理夏に気づかなかった。お互いの顔がくっ付くまであと雑誌一冊分くらいの隙間しかないくらい接近されていて目が離せなくなる。

「べつに怒ってないんだけど。むしろ浜凪ちゃんにはもう隠さなくていいんだし、良いんじゃない?」

「ないと思うけど、浜凪がこのことを誰かに言ったりは……」 

「身内の平穏を乱すことはしない。私も困るからね」

「姉ちゃんや三葉ちゃんならともかく、浜凪ちゃんは言わないね」

 浜凪は心外だなと言わんばかりに首を縦に振った。もしもの話で言っちゃったけど浜凪が誰かに話してる姿は想像できない。

 三葉に秘密を打ち明けた場合はうっかり喋ってしまう図が容易に想像できてしまうし、ボクも朝の前例があるのでまたバレてしまうか心配になった。

「浜凪、疑っちゃってごめん!」

「気にしてない、疑うのは当然だし」

「まぁ、心強い味方ができたと思っておこうよ。実際頼りになるし」

 真理夏は自分の座布団に戻ってまた雑誌を読みはじめる。集中できる場所に来たのにこれじゃあウチにいるのと変わらないのでは?

「そういえば、勇者一行って本当に二人だけ?」

「うん、コトとマリーだけ」

「友だちいなかったの?」

 進学先で仲良くなった友だちに聞くような質問をぶつけられた。

 たしかにコトは交友関係が少ない。神殿暮らしで年の近い子どもと遊んでたけど、外に出てからは疎遠になったみたいでそれ以降は会ってない。ギルドでもうまくいってなかったみたいだし、ずっと一人で魔族や盗賊と戦ってたようだ。ここから導き出せる答えは…。

「あの時代いろいろと大変だったみたいだったから」

「マリーは魔女扱いされてたから基本的に人と関わってなかったよ。コトに助けられてなかったら火あぶりで死んでたし」

「思ってたより重いの出てきたな」

 マリーを助けたときは場所が悪く最終的に集落一つとコトの戦いになったんだよね。人と魔族だけでなく、人同士も争っていた時代だったから思い出したくないことのほうが多いや。

 自分の中でいくつか候補を出してみるけど、話して気持ちのいいエピソードが少ないことに時代の差を感じた。

「さて、昔話もそこそこにして始めようか」

 真理夏も昔の話は好きじゃないようで、持っていた雑誌を閉じると積み上げられた山の一部に組み込んで話を終わらせた。

「まずはどの武器を崩して何に変えるか考えないとね」

「やりながらじゃダメなの?」

「イメージが大切だから作業中にあれこれ迷うと反応して鉄くずとかになったりするらしいよ」

 それを聞いて小学生のときに漠然とした設計図で作った工作を思い出した。何度も折り曲げてグニャグニャと形のついた針金、色と色が混ざりあった結果の土色、歪なオブジェといえば聞こえはいいが要は失敗の塊である。

 ボクは家から持ってきたノートをカバンから出すと、一から五までの数字と割り振られている道具の名前を書いた。

 さぁここからは話し合いだ。

「剣は無いとブリージアが別物になるからこのままで」

「髪飾りはそのままにするか小物に変えるかだね、外に持ち出せなくなる」

「髪飾り気に入ってるからそのままで」

「オッケー」

 そのままにする形態の番号に丸をつけていく、髪飾りは今のブリージアの基本形態だから手放せないよね。

「大鎌は大切なものみたいだけど、小さくできるならしたほうがよくない?」

「大鎌もそのままがいい」

 たとえ重くてもこれだけは譲れない。それにもし失敗して大鎌が鉄くずにでもなったらボクは一週間は寝込む。

「浜凪ちゃん、あれはコトの憧れの象徴だからそっとしておいてあげて」

「あとで詳しく教えて」

 真理夏が浜凪の傍に行ってなにか耳打ちしているけど、なんの話してるんだろう?

 ここまでの話し合いで短剣、髪飾り、大鎌がそのままになることが確定し、残るは大鎌と同じくらいの大きさで重いハンマーと軽くて丈夫なトンファーだけになった。

「ハンマーはいいや、持てないし」

「実用性が欲しいなら工具箱のやつでいいと思う」

「とりあえずこれイジってみよっか、姉ちゃんハンマー出して」

「はいよ、解放 肆!」

 このハンマーは本当に重くて浮かせた状態で変化させるとボクか床が壊れる可能性があるので、髪飾りを道場の床に置いてから魔力を流した。

 初めてお父さん見せてもらったとき以来のハンマーの顕現、持てないし使いどころがなかったからここで生まれ変わってもらおう。

「どれどれ変わる前に重さを確かめさせてもらうよ」

 浜凪は腰を屈めてハンマーの柄を掴むと上に持ち上がるように力を込めた。大鎌も持ってたしこれはいけるかと思ったけど叩く部分は床から離れない。

「あー、無理」

「重いよねそれ」

「圧縮したバーベルを持とうとしてるかんじがする、鬼やオーガとかなら楽勝だろうけど」

 柄を床に落とし浜凪の挑戦は終わった。

 鬼もオーガも昔は体が大きかったけど多種族の交わりで人間との違いが角があるかないかくらいになっちゃったんだよね。力はめっぽう強いままなんだけど。

「素体は決まったから次はこれ何に変えるか決めようか」

「その辺にあって武器にもできるものがよくない?」

「え、ヤバい話?」

「もしものときの自衛策」

「ありっちゃありかな。道端で短剣とか大鎌出したら即捕まるし」

 そんな場面に遭遇したくはないけれど無いとも言い切れない。種族によっては急に巨大化しちゃったり凶暴化しちゃう人の話がニュースで流れてるし。

 武器になりそうな道具か、本来の使いかたをしないのはちょっと申し訳ないけどそういうのワクワクする。

「関係ないけどそろそろ梅雨か、雨嫌だな」

「あ! じゃあ傘にしよう」

 雑談からアイデアをもらってみた。よく男子生徒が雨の日に傘を剣の代わりにしてるしいいんじゃないかな。

「傘か悪くないね」

「どうせなら和傘にして盗られないようにしよう」

「色は決められるのかな? 紫色が桐子に合うと思うんだけど」

 二人とも乗り気になったみたいだしハンマーの転生先は和傘に決定した。

 楽しく話してるけど、この後に待っている作業が大変なのをボクらはまだ知らない。

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