第21話 浮島学園修繕ツアー(雨天決行)①


 窓に近い私の席は外の景色が自然と視界に入ってくる。今は弱めの雨がグラウンドの色を変えようと頑張っていて、真っ黒になるまではもう少し時間がかかるかな。

「雨どう?」

「小雨だね。そのうち止むと思うよ」

 ヌッとボクの後ろに立ったワコちゃんが同じように窓の外を見ながら空の様子を聞いてくる。

 雲の薄さと流れで予想してみたけどボクはこのあとの天気予報を確認していない。最近は早めの梅雨入りをしたような空模様で傘は必須アイテムだから持ってきているだろうし外してもいいやと思って勘で言ってしまった。

「よかった。傘苦手なんだ」

「そうなの?」

「作業中に片手が塞がるし、妖精態になると持つのも一苦労だからね」

 ワコちゃんの知られざる苦労を聞いて、適当なことを言ってしまったことに小さな罪悪感が芽生えたので両手を合わせて空に祈っておこう。

「(どうか放課後には雨止みますように!)」

「急に空拝んでどったの?」

「お祈りです」

「あ、天気? 大丈夫だって午後から曇り予報だよ」

「そうなんだ」

「知らないで言ってたんだ、いい勘してるよ」

 ため息とともに小さな罪悪感も吹き飛ばしたようで気持ちが軽くなった。これからは天気予報ちゃんと見た方がいいかも。

「ねぇトーコちゃん、またアレお願いしてもいい?」

「いいよ」

 ワコちゃんこと和工 時枝ちゃんは休み時間になるとクラスメイトの膝の上に乗って過ごしている。

 誤解を招くかもしれないので補足すると外に出るときや授業中は人間に近い姿をしているが本来の彼女は角の生えたウサギ、ではなくグレムリンという妖精なのでリラックスするときはそちらの姿であり、彼女にとって学校で落ち着ける場所は親しい友人たちの膝の上なのだ。

「よいしょっと」

「重かった?」

「ううん、ボクの筋力が足りないだけだよ」

 ボクはウサギ状態のワコちゃんを持ち上げると自分の膝の上に乗せる。妖精族の特徴として人間態と妖精態では体重が大幅に変化するので重くはないんだけどボクにとっては軽くもない。

「よし、安定した」

「そういえばハマちゃんが筋トレ頑張ってるって言ってたっけ」

「うん、最近はカバンが軽くなった気がするし浜凪のおかげだね」

 ハマちゃんは浜凪のこと、ワコちゃんは友だちにあだ名を付けて呼んでいるので誰か分からなくなるときもある。

「その調子で私をずっと乗せてても大丈夫にしておくれ」

「太ももってどう鍛えるんだろう?」

「うーん、走る?」

「走るの苦手」

「この間の体育もすごかったね」

「言わないでー」

 この間の体育で周回遅れした話は思い出したくないので、ボクはワコちゃんを静かにさせる為わしゃわしゃと体を撫でまわす。端から見れば一人でウサギと話している不思議ちゃんだけどこのクラスでは日常風景。

 そういえば浜凪はボクの秘密を知ってからは以前からの体力トレーニングに加えて、手首などを傷めない武器の持ち方なども指導してくれるようになった。そのぶん内容はキツくなってきてるんだけど。

「ふふ、相変わらず毛がふかふかだね」

「そこら辺の小動物には負ける気がしない」

「ワコちゃんが一番だよ!」

 妖精族には自分の本来の姿をコンプレックスに思っている人も多いが、ワコちゃんは自分の姿が気に入っているのでその毛並みと愛らしさでクラス中を虜にしている。

「ありがと、でもウタちゃんもいいよね。これから熱そうだけど」

「世織さん、梅雨まだなのに今の時期も羽根が濡れて大変そうだよね」

「この間、ミルちゃんが包まれるの拒否った」

「え!? 羽根が乾ききってなかったのかな」

 ふかふかの翼を持つ世織さんとふわふわの毛並みを持つワコちゃんはふかふわ同盟なるものを結んでいて、ワコちゃんを膝の上に乗せて世織さんが羽根で包み込むという合わせ技にみんな癒されている。

 特にミルクちゃんはこれにどハマりしているので拒否されたと聞いたのはけっこう衝撃だった。

「あ、そうだ。トーコちゃん」

「なに?」

 膝の上でゴロゴロしていたワコちゃんが何かを思い出して動くのをやめる、つぶらな瞳がこちらを見つめてきてすごく可愛い。

「放課後、手伝ってほしいことあるんだけど何か用事ある?」

「ないと思うよ、トレーニングも休みだし」

「じゃあ放課後つきあってくれない?」

「いいけど、何するの?」

「校内修理巡りの旅」


 ◇ ◇ ◇


「浜凪、今日は一緒に帰れないんだけど」

「ワコから話は聞いてる。私も今日は用事があるから別行動だね」

 放課後、浜凪の席に行くと既に連絡済みだった。みんなボクの保護者は浜凪だと思ってないかな?

「あ、そうだ。姫香、今日暇?」

「うん、暇だよ」

「カモン」

 浜凪に手招きされるままこちらにやってくる姫香ちゃん。キャスケット帽姿がもうお馴染みになってきて造り手としては嬉しい限りだ。

「代わりに姫香を置いていくから何かあったら頼って」

「た、頼まれました」

 姫香ちゃんは明らかに今言われましたがみたいな顔をしたが、こういうノリに慣れてきたのかすぐに胸の前で拳を握った。どんどん逞しくなってくね。

「えっと、ところで何するの?」

「桐子とワコと一緒に学校巡り」

「それ楽しそう!」

 ボクも詳しくは知らないけど、校内のいろんなところに行くから大体あってると思う。

「お、ヒメちゃんも来てくれる? 手伝いが多いと助かるよ」

 ワコちゃんはクリーム色の麻袋を背負ってこちらにやってきた。人間の姿だと背が高いけど耳も長いからさらに大きく見える。

「手伝い? 学校巡りって聞いたけど」

「故障してる機械チェックして回るだけだよ」

「浜凪ちゃん」

「じゃ、また明日!」

 姫香ちゃんが振り返ると浜凪はもう教室のドアのところにいて逃げるように帰っていった。

「もう、別に怒ったりしないのに」

 そのわりには頬を膨らませているので、逃げたことには怒っていそうだ。

「まぁウロウロするし寄り道しながら行こうかね、ヒメちゃんの知らないところとか教えてあげる」

「ワコちゃんありがとう!」

「トーコちゃんもそれでいい?」

「いいよ。ボクも教室と保健室以外はあんまり行ってなかったから、ってどうしたの!?」

 無言でワコちゃんと姫香ちゃんに頭を撫でられた。慰めてくれてるのかな?

「あ、ちょっと髪ぐしゃぐしゃになる」

 二人とも楽しくなってきたのか撫でまわすのをやめてくれない。

 少し頭が揺れるけど苦しくはないし、手のひらの暖かさがちょっと気持ちいい。ワコちゃんウサギのときはこんなかんじなのかな?

「もう! くすぐったいよ!」

「ごめん、なんか優しくしたくなって」

「私も」

「うぅ、ありがと?」

 そんなこと言われたら嬉しくて何も言い返せないよ。

「さて、遊びもそこそこにして出発しようか」

「おー!」

「お、おぅ?」

 やっぱりボクで遊んでたっぽいな。ちょっと気持ちよかったけど玩ばれた気分に逆戻りしながらボクたちは教室を出た。


 まずやって来たのは保健室。新鮮さは全くないし、なんなら昨日も保健委員の用事で来た。 

「あ、和工さん待ってたよー。って結舞さんと立葵さんも一緒じゃん、お手伝い?」

「まぁそんなところです」

 保健室なので当然澄先生が出迎えてくれる。そういえば昨日、調子の悪い機材があるとか言ってたっけ。

「それで診てほしい機材はどれですか?」

「ああ、これなんだけど」

 澄先生は少し離れたところにある棚に腕を伸ばすと筆箱ぐらいの大きさの機械を掴んで戻ってきた。

「これなんですか?」

「体温の高い種族用の体温計。ゴツいでしょ普通のやつ使うと溶けるしくっついちゃうから」

 澄先生が機械をスライドさせると計測部分である厚めの金属部分が露出した。

 保健室に通ってたときでも見たことない道具だけど、真理夏の部屋にあったUSBメモリが大きくなったみたいな見た目をしてると思った。

「無いと大変じゃないですか!」

「でも体温高い子たちって具合悪いとそもそも学校こないし、微妙な体温変化なんてぜんぜん気にしないから全く使ってなかったの」

「確かに熱い人たちあまり見ないですよね」

「熱い人たち……」

「使えはするんだけど調子悪いみたいだから、もしものときに備えてね」

「ちょっと診てみます」

 ワコちゃんは保健室の壁ぎわに移動すると麻袋から新聞紙を出して地面に敷き、精密ドライバーのケースを持ってそこに座った。プロっぽい動きでカッコいい。

 機械と向き合っているワコちゃんの邪魔をするわけにもいかないので姫香ちゃんと澄先生の話相手をすることにしよう。

「ところで池井先生とワコちゃんって接点あるんですか?」

「ん、ないよ」

 即答だった。あまりの早さに姫香ちゃん疑問符浮かべちゃってるじゃん。

「じゃあどうやって修理を頼んだんです? 」

「修繕委員会に依頼したら彼女が来たんだよ」

「「修繕委員会」」

「二人とも私が修繕委員だって忘れてるでしょ」

 背中を向いたままでワコちゃんからのツッコミが飛んできた。

 修繕委員会は壁の破損からボタンの付け直しまで修理に関わることなら幅広く対応できる委員会で、工作や建築などに長けた人材や種族が集まっている。

 浮島学園は生徒が暴走してしまうことが多々あるので、その際の破損箇所を直すのが修繕委員会の主な役割である。

 校舎が半壊するような事態になると建築業に就職した卒業生たちが来て直すけど、それ以外は基本的に在校生で間に合ってしまうのが修繕委員会のすごいところ。

「忘れてた」

「知らなかったわ」

「まぁ最近は放課後もモフられてばかりだったし、こういう機械系の依頼こなかったからね」

 顔を合わせないで会話しているが工具の音は休まず聞こえてくる。普段の小動物姿ばかり見ていてグレムリンが機械に強い種族だって忘れてた。

「よし! 直ったと思います」

「早いね」

「接触が甘かったみたいですね。あと埃が溜まってたので袋に入れといたほうがいいかと」

「ありがとねー。じゃあ結舞さん保健委員としてチェックお願い」

 ワコちゃんから澄先生へ手渡された体温計がそのままボクの方へやってくる。受け取っちゃったけどチェックって何すればいいんだろう?

「?」

「計らないの?」

「いや、高体温でもないのに計れるんですかコレ」

「大丈夫じゃない?」

 ほらどうぞと澄先生に促されるまま体温計を脇の下に挟んでみる。思ったより大きくて安定しないので体を横にすることでこれは解決。

 しかし計測が始まるとさらなる問題が発生。金属部分が人の平均体温以上の温度になった為、すぐさま服の中から取り出して返却した。

「あっぶな!? これ普通の人は使っちゃだめですよ、ヤケドします」

「あれ、これそんなに危険なものだったっけ?」

「桐子ちゃん、汗かいてるよ」

 姫香ちゃんがハンカチでボクの顔を拭いてくれた。少しの間でもサウナ状態だったため服の中が汗で湿って気持ち悪いな。

「……水風呂いる?」

「ハグ待ちでなにを狙ってるんですか、いりません!」

 両手をガバッと広げて待機中の澄先生を無視してクールダウンを続ける。先生が体温計のチェックすればいいのにと思ったけど蒸発しちゃうだろうしやっぱボクで良かったかも。

「タオルはいる?」

「欲しいです」

「はい、どうぞ!」

「……ありがとうございます」

「池井先生っていつもこんなかんじ?」

「保健委員にはだいたいこうらしいよ」

 もらったタオルでみんなから見えないように体を拭く、結構ぐっしょりだな。

 首から上は自由なので窓から外の景色を見ると雲が厚くなって強い雨が降りそうになっていた。天気予報外れてるっぽい。

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