第18話 見抜かれアップデート①


 何の予定もない日曜の朝、普段とは違うことがしたくなって夜にやっている大鎌を持ち上げる練習を朝にすることにした。

「よし! せーのっ!」

 両手で大鎌の柄を握ると精いっぱい力を込めてそのまま上に持ち上げようとするが、少し浮いてからはビクともしなくなる。

「やっぱり重いなこれ」

 大鎌の重さが細腕にかかり限界が近いことを知らせる。

 踏ん張ってみようと思ったけど、五秒と持たず大鎌はズブズブとベッドに沈み込んでしまった。浜凪はまなとトレーニングをしては筋肉痛になるという日々を続けてるけど成果ぜんぜん出ないな。

「やっぱ昔の魔族ってすごいな、いま戦ったら瞬殺だね」

 今は調和と共存の時代だけど五百年も前は剣と魔法の時代だったからなぁ。

 ボクの前世もゴツい大剣背負ってたし、あの頃の武器って全体的に重さで威力を上げてたんだろうな。

「んくー! やっぱ無理!!」

 また持ち上げようとするが力を使い切ったのかビクともしない。力を細腕に込め続けたが疲労が溜まるばかりである。

 圧倒的な筋力不足を自覚しながら息を整えるのに集中し過ぎて、ボクは足音に気づかなかった。

 日曜の朝、彼女はふらっとやってくる。アポなしの訪問などない、なぜならそういうものも不要な関係だからだ。

「おはよう桐子! 暇だから遊びにきた、よ?」

「あ」

「お、なんだいそれ?」

 浜凪がノックもせずに部屋に入ってきたことにツッコむより、この状況を見られたことをなんとかしないといけないという判断に支配される。部屋に入られた時点で目撃されてしまっていたが、体は動いてしまうものでボクは掛け布団で大鎌を隠した。

「いや、もうバッチリ見ちゃったよ」

「で、ですよね」

 かつて人間と魔族の共存を夢見た勇者コトの生まれ変わり結舞 桐子ゆま とうこ 、幼なじみの朝木 浜凪あさぎ はまなに秘密がバレかけています。


「ちょ、ちょっと真理夏のところ行ってくるね」

「あいよ」

「布団とかめくっちゃダメだからね!」

 浜凪の返事も聞かずにボクは自分の部屋から真理夏の部屋へ逃げ出した。大鎌はベッドに寝かせたままだけど、ここで髪飾りに戻したら浜凪の興味をもっと引いてしまうと思ったのでやむを得ず放置。

「(どうしよ、どうしよ、どうしよ!?)」

「(油断した、朝早くから大鎌出すんじゃなかった。ていうか浜凪ノックぐらいしてよ!)」

 心臓の鼓動がうるさい、ランニングで走ったあとよりもドキドキしているようだ。なんとかこの状態を落ちつかせて浜凪のところに戻らないと会話もまともに出来ない。

 真理夏の部屋に来ると、必ずノックしてから入ってといつも言われているので余裕はないがゴンゴンとドアを叩く。

「真理夏おはよう、ちょっといい?」

「姉ちゃん? 入っていいよー」

 部屋に入ると壁に沿って並ぶ本棚と大きめのパソコンデスクが相変わらず部屋を圧迫していた。稼動中のパソコンから巻き上げられているのか少しホコリのにおいもする。

「掃除したら? ホコリっぽいよ」

「今日やる予定」

「それで、どしたの? 浜凪ちゃん来たみたいだけど」

 真理夏は遊びが一段落したのか椅子を回転させて画面からボクの方へ向きを変えた。

「それなんだけどさ、大鎌出してるの浜凪に見られちゃって…」

「はぁ!?」

 最近聞いた中で一番大きい声だった。

 しかし真理夏が驚いたのはこの一瞬だけで、次は落ち着きを取り戻すために自分の頭に触れて精神魔法をかけていた。

「あー、やっちゃったね。モロに見られた?」

「うん、ノックしないで入ってきたから」

「大鎌はどうしたの?」

「いま浜凪と一緒に部屋に放置してる」

「おバカ‼」

 真理夏の言うとおりなので、起こられて返す言葉もない。

 本当になんでそのままにしちゃったかな、思いかえしたら涙出てきた。

「どうしよう…」

「泣くな! とにかく浜凪ちゃんのとこ行くよ!」

 真理夏は椅子から飛び降りるとボクの背中を叩いた。やっぱりボクのパーティメンバーは昔から頼りになるな。



「うん、重い」

 真理夏に軽く蹴られながら部屋に戻ってみると目を疑った。

 なぜなら浜凪が大鎌を持ち上げ品定めをするように動かしていたのだから。

「おかえり、ちょっと借りてるよ」

「すご……」

「嘘でしょ、なんでそれを普通に持てるの?」

「鍛えてきた年数が違うからじゃない?」

 布団めくるなって言っておいたのにそれを破ったのはもうどうでもよくて、普通に大鎌を持っている幼なじみから目が離せない。

 たしかに浜凪の家は道場だし槍や日本刀も扱ってたけど、それ五百年前の大型魔族の得物だからね!女子高生が平然と持てるものじゃない。

「力持ち過ぎるでしょ」

「それほどでも。ところでどうして桐子がこんな物騒なもの持ってるの?」

「えっと」

「レプリカにはない実戦に特化した重さと潰れてない刃、これ本物の武器だよね」

「マリもなにか知ってそうだし、教えてくれるかな?」

 浜凪はいつも通りに話していて大鎌を後ろ手で持っているのに、物凄い威圧感を感じる。選択肢を間違えるなと直感が教えてくれている。

 ボクの後ろにいる真理夏は浜凪に見えないようにポケットからアイスの棒を構え、ボクに思念魔法で話しかけてきた。

『どうしよう、今日の浜凪怖いんだけど!』

『うーん。眠らせて、精神魔法で記憶消すしかないかな』

『そんなことできるの?』

『やったことないけど、理論上はできる』

「あ! ちなみになんだけど、教えてくれないならこの武器でとんでもないことするから」

 後ろ手で持っていた大鎌を手前に持ち直すと、浜凪はあろうことか刃を自分のほうに向けてこちらの動きを窺いはじめた。

「「……」」

『まずいね、大鎌と浜凪ちゃん両方が人質になってる』

『これ詰んでない?』

『うん、詰んだね。姉ちゃんが大鎌放置した時点で嫌な予感はしてたけど』

『うぅ、ごめん』

 時間が経てば経つほど、この状況を作り出してしまった自分を責めてしまう。

 いろんなパターンを考えてみたものの、真理夏が魔法を使うより前に浜凪が動いてしまいそうなのもあり素直に話すことにした。

「話すからそれ置いてくれる?」

「わかった」

 大鎌をゆっくり床に置くと浜凪も座る。

 すぐに自分の間合いにもってこれる位置にいるので、まだ警戒を解いていないらしい。

「やるじゃん、私たちの時代の戦士を思い出すよ」

 真理夏は浜凪に向かいあうように座り、アイスの棒を真っ二つに折った。これでボクらに抵抗する手段はなくなる。

「これで私は魔法を使えない。杖のない魔法使いは無力だよ」

「マリ、ありがとう」

「ほら、姉ちゃんも座った! 策とかもうないから」

「う、うん」

 この勝負は完全に浜凪の勝ちだ、そう思いながら真理夏の横に座った。

「さて、まずは私たちの秘密から話そうか」

「お願いします」

 ボクら二人が座った時点で浜凪はさっきまでの威圧感を消した。

 今ならさっき立てた策もうまくいきそうだ、やらないけど。

「私たちは前世の記憶を持ってるんだ」

「転生者ってこと?」

「理解が早すぎるよ!」

「最近、流行ってるから」

「たしかによく見るけど」

 だとしても、そうなのかぐらいの認識なのおかしいでしょ。もっと驚かないの?

「それで二人の前世は?」

「勇者コト」

「その仲間の魔法使いマリーだよ」

「マリはなんとなく分かるけど、桐子が勇者?」

 信じがたいものを見るような目で見られているのムカつくな。ボクだって自分のこと勇者なんて思ったことないけど。

 驚かすついでに証拠みせちゃうか。

「それ、貸して」

「いいけど、桐子持てるの? さっき頑張ってたけど」

「それは忘れてよ」

「解放 壱!」

 持たなくていい、大鎌に指一本でも触れていれば十分なのだから。大鎌は光を放ち短剣へと形を変えた。

「質量法則ガン無視じゃん」

「それはボクも思ってる」

 浜凪は近づいてきて短剣を凝視して言う。やっぱりみんな同じこと思うよね。

「完全に短剣になってるね。これなに?」

「それは勇者コトの聖剣ブリージアだよ」

「聖剣って見つかってないやつ?」

「そう、歴史の教科書にもちょっと出てくるやつ」

「ちょっと持ってみていい? 変なことはしないから」

 両手を前に出して小首をかしげているが、さっきの前例があるのでちょっと怖い。

 薄皮に刃を当てて切れ味を試すぐらいはしそうだしな。

「うーん、体に刃当てたりとかしない?」

「……しない」

「ちょっと悩んだね」

「勘弁してよ、友だちの自傷行為とか見たくない」

「大丈夫、しないって!」

 危ないことをしたらすぐに取り上げるという約束つきで短剣を渡すことにした。

 握りごこちを確かめるように軽く振るわれた短剣は綺麗な軌道を描く。

「本当に質量変わってるんだね。こっちのほうが扱いやすいや!」

「浜凪、武器の扱い上手くない?」

「いろいろと触ってはいるからね、木製の練習用だけど」

 テンションが上がってきたのか、浜凪は舞うように体を一回転させると、短剣を空中で持ち替えて逆手持ちにした。すごいけど危ない。

「浜凪ちゃん、アウト!」

「あちゃー、やっちゃったか」

「かっこよかったけど危ないよ」

「ありがと! はい、返す」

 浜凪から受けとった短剣を髪飾りに戻す。ないとは思ったが取られないようにポケットにしまうことにした。

「なるほど、大鎌の正体は髪飾りだったか」

「この聖剣、五つの形態に変化できて便利なんだよね。髪飾り以外は武器だから外で出せないけど」

「短剣、髪飾り、大鎌、あとは?」

「トンファーとハンマー」

「桐子に似合わなそうな武器ばっかりだね」

「元は違う形態だったらしいんだけどね」

「書き換えられるってこと?」

「あ、できるよ」

 真理夏がさらっと言ったがその情報はボクも知らないことだった。

「真理夏、ボクそれ知らないんだけど」

「あ、そうだっけ? できるんだよ、プログラムを書き換えるみたいに」

 魔力で動く道具には魔力回路が走っているので、そこに手を加えればブリージアの形を別のものに変えられるらしい。

 前例もあるので気にはなっていたけど、そういうこともできるんだ。

「楽しそうだけど、むずかしそう」

「めちゃくちゃ大変だけど。姉ちゃんが作業して私がサポートすればなんとかなるかな」

「じゃあ桐子次第か、どう?」

「やる!」

 形態を自在に変更できるマジックアイテムは見たことも聞いたこともない未知の領域だ。

 振るうこともない現代じゃ武器のお役目もないし、少し弄らせてもらって経験値にさせてもらおう。

「すごい集中力使うから気が散るところじゃできないと思う。自室とかは誘惑があるしダメ」

「工房は今は仕事中だから使えないし」

「はい! じゃあさウチくる?」

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