第10話 家族

 「それ、本気で悩んでると思うけど。」そう言われると、僕は押し黙るほかなかった。その通りだ。「心配にならない?」ならない、ならない。と、流すのは、もうこの雰囲気では格好がつかないと感じた。「ちょっと連絡はとってみるよ」


 彼女に促されたこともあり、妹の結衣が夏休みに2泊3日で僕のアパートに来ることになった。表向きは、大学見学という目的だが。


 「夕汰、部屋、きれいにできるようになったんだね」妹は兄の僕の名を呼び捨てにする。上がり込むと、ことあるごとにじゃれてくるのはうざったい反面、思っていたほど落ち込んではいないようだった。いや、その裏返しか?「洗面所に、歯ブラシ2本あるじゃーん。」お前、いますぐ帰るか?「でも、あたし知ってるよ。ママから聞いてるから。ハルカさんとまだ続いてるんでしょ?すごいよ、尊敬する。長すぎでしょー」こんな調子で会話をすると、結衣もいっぱしの女子高生になったんだなと成長を感じる。


 嫌な話ではあるが、どうやらこの2泊3日は、結衣の希望半分で、もう半分は母さんの希望でもあったらしい。母さんはおそらく、今、交際している男性がいる。その人を家に呼ぶのか呼ばないのか、わからないが、時間が欲しかったのだろうとのこと。「男じゃなくて、同性の友達なんじゃないか?」そう思いたいのは僕の願望だ。

 僕が高3のときに、母さんがおそらく当時交際していた男性(どこかの会社の社長?みたいな胡散臭いことを言っていた)を家に招待して、やたらお洒落な手料理をふるまった。そこまでは僕も結衣も付き合ったが、深夜までリビングのソファーから話し声がして、結果その男性を泊めたのは、我慢できなかった。僕と結衣は、そのときだけは協力して母さんに抗議した。普段は母さんと仲良しの結衣が、あんなに嫌がったのは僕も気持ちがわかる。母さんも、これはマズいと思ったのか、それ以降、男性を家に泊めることはしていない。僕がこうして家を出てからも、無いと信じたい。


 父さんがいなくなって、3人で暮らすようになってから、僕や結衣はそれなりに成長した。母さんという身近な大人を客観的に見ることができるようになってしまったのは、少し寂しい気持ちにならなくもない。

 母さんは、強そうに見えて、本当は不安定だった。堅実そうに見えて、実は流されやすいし、騙されやすかった。そのくせ、どんな失敗も肯定するという謎の美学を抱えてしまっていたから、なかなか反省につながらなかったようだ。母さん自身がそれはわかっていただろうし、本当はいなくなった父さんが一番の理解者だったのだと僕は思う。いなくなった父さんを恨む気持ちも、なくはない。母さんだって努力はしている。あがいているのだ。


 「父さんから、いくらもらってる?」結衣が聞いてきた。「×××円。」

嘘だ。実際はその倍だ。そうでなかったら、学生のアルバイトくらいでは、やっていけない。結衣に一人暮らしの相場はまだわからないはずだ。


 僕はなんだか嫌な気持ちになった。結衣が僕と同様に進学をきっかけに一人暮らしを望めば、母さんは反対しないだろう。そうすれば交際相手だって泊められる。きっと父さんは結衣にもお金をだす。僕と同じように。でも、それでいいのだろうか?そもそも、先行している僕にそう思う権利はないのだけれど。


 父さんは、今でも僕や結衣と、一緒に暮らしたいと思っているだろうか?成長した僕らと、同じ屋根の下で朝食をとり、掃除を分担して、風呂の順番をじゃんけんで決めたりできるだろうか?


 「それ(僕や結衣が、父さんと暮らしていいか?ということ)、あたし、父さんに聞いたことあるんだよね。前に母さんと喧嘩したとき。そしたら、すごい喜んじゃって。向こうの人がなんて言ってるかわかんないけど、嘘じゃないと思う。でも、話してて、母さんのこと考えちゃって。結局、聞いただけだったけど…。」


 結衣はつづけた。「でも、父さんが一番心配してるのって、母さんなんだよ。わかるんだよね、父さんが一番一緒に暮らしたいのは母さんなんだってこと。変だよね、だったら出ていかなきゃ良かったのにね。」


 母さんは、父さんとまた一緒に暮らすということを考えたりしないだろう。それが母さんだ。僕らのことだって母さんのことだって愛していた父さんは、なぜ出て行ってしまったのだろう。


 「ねえ、たまには、ウチに帰ってきてよ。母さん、喜ぶと思うよ。ハルカさんも連れてさ。」自分も一人暮らしを望んでいて、今日ここにも来ているというのに、逆にウチに帰れとか、どの口が言うのだ。妹の結衣らしいな、と僕は思った。





 















 

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