第32話 放課後の会議
◇◇◇◇
空は茜色に染まり、街のざわめきが夕暮れに溶けていく。
学校帰りの雫は鞄を抱え、少し早足で事務所へと向かっていた。
「(朝稽古のあとに学校行って……なんだか、一日が長いなぁ)」
息を整えながら階段を上がる。
スターリンクの看板が掲げられたビルのドアを開けると――
「おかえりニャーッ!!!」
勢いよく飛び出してきたのはテンション最高潮のオモチだった。
「わっ!? オモチちゃん、びっくりした……!」
「我が輩、閃いたニャ! 次の撮影は革命的になるニャ!!」
オモチの背後、会議室のソファにはぐったりとした奏たちが横たわっていた。
陽葵はタオルを頭に乗せ、知花は水の入ったペットボトルを額に当てている。
麗華に至っては、もはや魂が抜けたように天井を見つめていた。
「……な、なにがあったんですか?」
「昼間も修行だったのよ……」
奏がかすれた声で答える。
「午前は基礎錬、午後はオモチ先生の応用編……」
「マラソン、魔力制御、連携訓練、筋トレです……」
麗華が遠い目でつぶやく。
「昼飯を食べた気がしないニャ!」
「いや、あんたは食べてたでしょ!」
陽葵のツッコミもどこか弱々しい。
雫は苦笑しながら鞄をソファに置いた。
「みんな、お疲れさま。……それで次の撮影って?」
「ふっふっふ、聞いて驚けニャ!」
オモチがホワイトボードをドンと叩く。
そこには丸文字でこう書かれていた。
【第二回ダンジョン配信 、可愛いのにカッコいい探索者たちの挑戦!】
「今回も新宿ダンジョンで配信するニャ!」
オモチが力強く宣言する。
「何階層まで潜る予定なんですか?」
雫の瞳が丸くなる。
「その辺は未定ニャ! とりあえず、今のスターリンクがいけるところまで行ってみたいニャ。スターリンクなら絶対に映えるニャ!」
奏が腕を組み、少し緊張した面持ちで頷いた。
「確かに今の私たちがどこまでいけるかは知りたいわね」
「私も賛成だわ」
知花がデータタブレットを操作しながら補足する。
「新宿ダンジョンは探索映像の需要が高い。攻略配信は人気ジャンルだし、私たちが安全に進めば、実力派グループとして認知されるはず」
「わぁ……本格的になってきたね」
陽葵が少し怯えながらも笑顔を見せる。
「敵の強さも段違いだけど、今の私たちならきっと大丈夫」
麗華も静かに手を胸に当てた。
「ええ。みんながいれば恐れるものはありませんわ」
オモチは勢いよくホワイトボードに配信スケジュールを書き込んでいく。
第二回配信スケジュール
開催地:新宿ダンジョン
配信日時:土曜 午前9時開始(終了未定)
目的:五階層突破を目標とした実力アピール回
持参物:昼食・撮影用装備・緊急帰還アイテム
「今回はガチ探索ニャ! 歌もダンスもなし! ただ純粋に、強く、美しく!」
「うん、それがスターリンクらしい」
雫が微笑む。
「生配信時間は長くなるけど、昼食を持っていくから安心ニャ。たぶん夕方くらいまでになるニャ」
一輝がペンを回しながら確認した。
「となると、俺の仕事はいつも通り撮影と安全確認だな」
「そうニャ、ご主人様はカメラマン兼スタッフ兼保護者ニャ!」
「保護者扱いか……」
笑いが広がる中、奏が最後に声を上げた。
「次の配信、絶対に成功させよう。可愛いだけじゃないって、みんなに証明するのよ!」
「おーっ!」
事務所中に声が響き渡る。
その勢いのまま、スターリンク第二回配信、新宿ダンジョン攻略戦の準備が本格的に始動した。
準備のために事務所の会議室へ集まったスターリンクの面々。
テーブルの上にはカメラ機材、補助バッテリー、緊急用ポーション、昼食のランチボックスがずらりと並んでいる。
一輝とオモチが確認リストを読み上げ、奏たちは荷物を仕分けしていた。
「配信カメラ、OK。マイクチェックも完了ニャ」
「ポーションも各自三本ずつ確認した」
順調に準備が進む中、雫は少し浮かない顔をしていた。
奏が気づいて声をかける。
「どうしたの? 雫。なんか元気ないじゃない」
「……ううん、ちょっと学校でね」
雫は俯き、少しだけためらったあとで、昼間の出来事を話し始めた。
クラスメイトたちの冷やかし。
そして、駒井の不気味な笑み。
その時の息苦しさと不快感を言葉を選びながら静かに語る。
話を聞き終えた瞬間、奏の眉がピクリと動いた。
「……なにそれ。最低じゃない」
陽葵も拳を握る。
「そういう奴、ほんとムカつく!」
知花も静かに息を吐きながら、眼鏡の奥で瞳を光らせた。
「舐められてるのよ。だからこそ、結果を出して見返すのが一番効くわ」
「わたくしたちの力を見せつけてやればいいのですわ」
麗華の声には、いつになく強い意志が宿っていた。
オモチが小さく頷き、尾を振る。
「そうニャ。雫、気に病むことはないニャ。お前たちは我が輩の誇りニャ。明日の配信で世界に本当の実力を見せつけるニャ!」
その空気の中、一輝が静かに歩み寄る。
彼の表情は穏やかだが、その目には確かな心配が滲んでいた。
「雫、大丈夫か?」
「……はい。少し嫌なことがあっただけです」
「もし、危ないと思ったら遠慮なく俺を呼んでくれ。それか、オモチを護衛に連れていくのもありだ」
雫は驚いたように一瞬目を丸くし、やがて柔らかく笑った。
「心配してくれて、ありがとうございます。……でも、いまはまだ大丈夫です」
「そうか。なら無理はするな。けど、本当に危なくなったら必ず呼ぶんだ」
「……はい。約束します」
雫は微笑んで答えたが、その胸の奥に過去の記憶がかすかに疼いていた。
初めてダンジョンに潜ったあの日。
絶体絶命の瞬間。
助けてくれたのは一輝とオモチだった。
二人がいなければ今頃はここにいないだろう。
当然、雫がいなければ奏たちも未だに傷を負ったままだっただろう。
「(あの時みたいにはならない。しっかりと準備しておかなくちゃ)」
雫はそっと拳を握りしめ、顔を上げた。
仲間たちの視線が重なり合い、誰もが同じ決意を宿していた。
次の配信、新宿ダンジョン攻略戦。
それは彼女たちの実力を世界に示す舞台となる。
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