第33話 大丈夫、成長している
◇◇◇◇
朝の新宿ダンジョン前。
街はまだ通勤客の足音でざわついていたが、地下へと続く入口の前だけは異質な空気が流れていた。
警戒と期待、そしてほんの少しの高揚。
雫たちはすでに集合していた。
黒と白を基調にした探索装備。
軽装だが無駄がない。
彼女たちの姿を映すカメラの赤いランプが灯る。
「スターリンク、これより新宿ダンジョンへ潜ります!」
奏が一歩前に出て宣言する。
オモチが小さく尻尾を振り、モニター越しに映像を確認していた。
その隣には一輝が撮影用カメラを構えて立つ。
「音声チェック完了。映像、問題なし」
「コメント欄も流れ始めてるニャ。視聴者はすでに百人突破ニャ!」
「すご……!」
陽葵が目を丸くする。
知花はタブレットを操作し、反応を確認した。
:いよいよ始まるのか!
:スターリンクがガチ探索ってマジ?
:雫ちゃんがんばれ!
:オモチディレクター今日も可愛い
画面に流れるコメントを見て雫が小さく笑う。
緊張でこわばっていた肩が少しだけ和らいだ。
「それじゃ、行こうか」
一輝が声をかける。
「ここから先はカメラの向こうにたくさんの視線がある。だけど気にせず、いつも通りでいい」
「うん」
奏が頷き、チーム全員が装備を最終確認する。
ブーツの底が硬い床を打つ音。
金属のきしむような音。
光が消え、空気が変わる。
地上とは違う世界が口を開いた。
新宿ダンジョン、地上から最も近い危険地帯。
モンスターの種類は多いがすでに攻略情報が満載のため、初心者でも比較的に挑戦しやすいダンジョンだ。
「じゃ、行くわよ。第一層、スタート!」
奏の声が響き、五人が一斉に駆け出した。
映像の中で光が走る。
マジックショットがスライムを撃ち抜き、陽葵の短剣がゴブリンの喉を裂いた。
麗華の支援魔法が全員を包み、知花の魔力が戦場を制御する。
雫は後衛から召喚獣たちを展開した。
銀灰色のウルフが二匹。
どちらも小さな咆哮をあげ、前衛の両脇へと散開する。
その映像にコメント欄が一気に沸いた。
:召喚獣かっけぇ!!
:動きが前回よりスムーズ!
:これガチで強くない?
:雫ちゃん、今日いつもより頼もしいな
雫はカメラの気配を感じながらも視線を逸らさなかった。
もう怖くない、もう逃げない。
昨日、心に決めた通り、前を見据えて進むだけ。
「オモチ、視界クリア。先に行くね」
「了解ニャ! 第二層へ移動、カメラ切り替えニャ!」
一輝の指示に映像が滑らかに切り替わる。
新宿ダンジョン第二層。
無数の通路が迷路のように入り組み、薄暗い霧が立ちこめている。
奏が静かに剣を構えた。
「ここからが本番よ。油断しないで」
「了解!」
五人の声が重なり、カメラがその背中を追う。
オモチの声がヘッドセット越しに響く。
「スターリンク、順調ニャ。このまま五階層までペースを崩さず行くニャ!」
彼女たちの配信はすでに同接二百人を突破していた。
それからも、スターリンクは新宿ダンジョンを順調に進んでいた。
視界を照らす魔法灯が彼女たちの姿を柔らかく映す。
前衛の奏と陽葵が前線を押さえ、後衛の知花と麗華が的確に支援。
雫の召喚獣、ウルフ二匹が敵の進路を塞ぎ、ドラッキーが索敵。
見事な連携だった。
:動きが無駄ないな
:初心者とは思えん安定感
:こういう落ち着いた探索好きだわ
:安全第一で見てて安心する
コメント欄には称賛と安心の言葉が並ぶ。
前回の初配信で不安視していた視聴者たちも今では素直に感嘆していた。
スターリンクの探索は華やかで、そして堅実だった。
四階層を抜け、五階層を突破。
全員が少し息を整えながらセーフティエリアに到着する。
「ここで一旦休憩にしよう」
奏が言い、全員が壁際に腰を下ろす。
ランチボックスを開けると、湯気の立つ温かいスープの香りが広がった。
その様子をカメラがとらえる。
「視聴者の皆さま、ただいま五階層を突破しましたニャ! ここからは休憩時間、質問コーナーを設けるニャ!」
オモチが胸を張って宣言する。
:質問コーナーきたー!
:雫ちゃんの好きな食べ物教えて!
:陽葵ちゃん、髪どうやって結んでるの?
:奏さん、剣かっこよすぎるんだけど!
:全員美人すぎて選べない
画面に流れるコメントを見ながら雫たちは順に答えていく。
「好きな食べ物、ですか? ワ・ミーの煮込みハンバーグ弁当です! とっても美味しいんですよ!」
:可愛い……
:煮込みハンバーグ派だったか!
:いい娘すぎる
:ワ・ミーって激安で有名なところじゃん
:え、待って。もしかして、雫ちゃん、貧乏なの?
「私は、炙りサーモン!」
陽葵が即答して笑う。
:陽葵ちゃん、魚介系w
:テンション明るくて癒される
:回転寿司大好きそう
「剣士を選んだ理由? 体を動かすのが得意だったのと、前線で体を張って戦う姿がカッコいいと思ったから、かな」
:惚れた
:奏姐さんかっけぇ!
:俺も守って!
:私も!
「私は体を動かすのが苦手だったからね。あとは、陽葵や奏が魔法使いが似合いそうだって言って来たから」
:知花さんインテリっぽい
:落ち着いた声が好き
:確かに似合いそうw
:委員長キャラだもんねw
「私も体を動かすのが苦手だったからですね。それから、みんなのことを後ろからよく見ていましたので、支えになってあげたらと思って僧侶を選択しました」
:麗華様天使か?
:声も仕草も品がある
:パーティ一番のスタイルです
:聖母ですよ!
:邪まな目で見るんじゃない!
コメント欄は和やかに流れていった。
中には明らかに行きすぎた質問もあったが知花が冷静にスルーする。
:彼氏とかいるの?
:スリーサイズおしえてww
:付き合ってる人いる?
:好きなタイプは?
そのあたりは笑って流し、オモチがうまく締めに入った。
「はいニャー! みんな、たくさんの質問ありがとうニャ! 次はもっと踏み込んだトークを予定してるニャ!」
「踏み込まなくていいから!」
陽葵のツッコミに笑いが起きる。
短い休憩のあと、奏が立ち上がった。
「よし、みんな。行こうか」
「了解!」
雫がウルフの首を軽く撫で、召喚陣を展開する。
魔法灯の明かりが再び輝き、六階層へ続く階段が口を開けた。
「スターリンク、再出発ニャ!」
オモチの声が響き、カメラが動き出す。
コメント欄が再び賑わう。
:いよいよか
:ここから敵が強くなるぞ
:このチームならいける、頑張れ!
:雫ちゃんファイトー!
:前回は無理せず撤退したから期待!
:このパーティなら十階層まで余裕でしょ!
:油断しないよう頑張れ~!
雫たちの足音が静かな洞窟に消えていく。
新宿ダンジョン、六階層。
六階層へと足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
五階層までの湿った石壁とは違い、ここは光苔が青白く揺らめき、冷たい風が頬を撫でていく。
低く唸るような風の音と水滴の落ちる音が交互に響いていた。
「ここも久しぶりね……」
懐かしそうな目で奏が呟く。
「そうね。でも、懐かしいからって油断しないように」
知花が辺りを警戒しながら言う。
雫は足元を確かめながら、一歩ずつ慎重に進んでいた。
初めての六階層、それだけで胸が高鳴る。
だが、心のどこかで、ふと過去の記憶がよぎる。
転移トラップ。
あの時、緊急時でやむなく転移トラップを起動し、未攻略の深層へ飛ばされた。
暗闇、血の匂い、魔物の咆哮。
生きた心地がしなかった。
けれど、今は違う。
「(あの時みたいにはならない。もう怖くない)」
今は仲間がいる。
オモチの分析、一輝のサポート、奏たちの経験。
そして、事前に集めた六階層の地図と情報。
未知ではない。
恐れる必要はない。
雫は小さく息を吸い、吐き出した。
指先が自然と魔力を帯び、光を灯す。
それが彼女の決意の証だった。
「雫、緊張してる?」
陽葵が笑顔で振り返る。
「……ちょっとだけ。でも大丈夫」
「そっか。なら安心!」
陽葵の言葉に雫は微笑んだ。
心の奥にあった小さな棘が少しだけ溶けていく。
「前方、反応三体」
知花がタブレットを確認する。
「ゴブリンと……あれはリザードマンね」
「了解、あたしと奏で前衛!」
陽葵が短剣を抜き、奏が剣を構えた。
麗華が詠唱を始め、雫はウルフを前へ出す。
:リザードマンきた!
:六階層の定番コンビだな
:落ち着いてるな、雫ちゃん
:ウルフ可愛いけど強いのよな
視聴者のコメントが流れ続ける。
その中で雫は自分の心拍が穏やかになっているのを感じていた。
手の震えも、もうない。
「オモチ、カメラ位置いい?」
「ばっちりニャ! 雫の光が最高に映えてるニャ!」
「じゃあ、いくよ!」
奏の掛け声と共に光と影が交錯する。
剣が唸り、魔法が閃き、ウルフの咆哮が洞窟に響いた。
そしてその全てをカメラが鮮やかに切り取っていた。
:動きが前回より速い!
:チームワーク完璧すぎる
:スターリンク、完全に軌道乗ったな
:雫ちゃんの成長がわかる
光の中で雫の表情が凛と輝いた。
恐怖に怯えていた少女はもういない。
そこにいるのは仲間と共に前を進む探索者、星乃雫だった。
【超新星爆誕】美少女配信グループ&万能猫~時々、召喚獣の雑用君~ 名無しの権兵衛 @kakuyou2520
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