第31話 学校生活
朝の通学路。
雫は学生鞄を肩に掛け、早朝のひんやりした空気を吸い込みながら歩いていた。
「(みんな、今頃オモチちゃんと会議してるのかな……)」
小さく息を吐きながら早朝の訓練のことを思い出す。
汗だくになりながら頑張っていた奏たちの姿、オモチの厳しい指導、そして一輝の笑顔。
胸の奥が少しだけくすぐったい。
「(次の配信、うまくいくといいな……)」
そんなことを考えているうちに校門が見えてきた。
登校時間ギリギリだがまだ余裕はある。
校舎に入ると、廊下のあちこちから楽しそうな声が聞こえてきた。
雫は靴を履き替えて、自分の教室に向かう。
そして、ドアを開けた瞬間。
「雫~っ!!」
わっと女子たちが押し寄せてきた。
「み、みんな……!? どうしたの!?」
「どうしたの、じゃないよ!」
「見たんだからね! 昨日の配信!!」
「へ?」
「スターリンクでしょ!? もう話題になってるよ! 『かわいすぎる新米探索者グループ』って!」
雫はあわてて鞄を机に置き、両手を振った。
「ちょ、ちょっと待って!? そんなに広まってるの!?」
「当たり前じゃん!」
クラスメイトの一人がスマホを掲げる。
そこにはViewTubeのトップページ、おすすめ欄にスターリンクのサムネイルが並んでいた。
雫が目を丸くする間にも周囲から次々と声が飛んでくる。
「雫、探索者になったと思ったら、今度は配信者までやってるんだね!」
「オモチちゃん可愛い~! あの猫、動きも声も最高すぎる!」
「ねぇねぇ、今度見せてよ! 本物のオモチちゃん!」
「え、えっと……あの、ちょっと難しいかな……」
雫は苦笑しながら曖昧に笑う。
「(オモチちゃん、猫扱いされてるけど大丈夫かな……?)」
そんな中、別の女子が興味津々で声を上げた。
「それよりさ、あの人間の召喚獣って本当にいるの? 一輝さん? だっけ?」
「そうそう! あの人、見た目は普通のお兄さんだけど、強いの?」
「戦ってるところ見たことないから、ただのスタッフっぽく見えたけど」
「う、うん……」
雫は言葉を詰まらせた。
一輝の強さを知っているのは今のところ彼女たちだけだ。
クロスルビアでどんな世界を生き抜いてきたか。
その片鱗を見ただけでも常識では測れない力を持っていることがわかる。
でも、説明したところで信じてもらえるはずがない。
「たぶん……強いよ。すごく、強い人」
「ふ~ん? でも戦ってる映像見てみたいなぁ」
「そうだね! 今度の配信で見れるかな?」
「……どうだろうね」
雫は曖昧に笑いながら答えた。
「(本当の強さなんて映像に映るようなものじゃないのに……)」
そう思いながらも彼女の胸の奥にほんの少しの誇らしさが芽生えていた。
自分が召喚した存在がこうして人々の話題になる。
それがなんだか不思議で嬉しかった。
チャイムが鳴り、教室がざわめく。
席に着いた雫は、ふと窓の外を見上げた。
「(みんな、今ごろどうしてるかな……)」
青空の向こうに一輝たちのいる事務所を思い浮かべながら雫はペンを手に取った。
授業が始まる。
だが、彼女の心はすでに次の冒険へ向かっていた。
それから昼休み。
雫は弁当を手に教室の隅で友人たちと談笑していた。
探索者になったことや配信の話題で盛り上がっている。
「ほんと雫ってさ、なんでも出来るよね」
「いいな~、私もオモチちゃんに会いたい!」
「今度こっそり連れてきてよ!」
「無理だよぉ、人気者なんだから……」
雫は苦笑しながらも、心のどこかで穏やかだった。
学校では普通の高校生、放課後は探索者。
そのバランスを保てていることに少し安堵していた。
その時だった。
ガラッと教室の扉が乱暴に開かれる。
「よう、星乃!」
低く響く声。
その声を聞いた瞬間、雫の笑顔が凍りついた。
振り向けば、そこに立っていたのは短く刈り上げた髪に光沢のあるピアスをつけた男。
黒の学ランの上から、無造作にフード付きジャケットを羽織っている。
不良でも、どこか作り込まれた見た目だけの危うさ。
同じ探索者クラン【スカルレイヴ】に所属し、最近、期待の新人探索者として紹介された有名人だ。
だが、その裏では金のために仲間を使い捨てにした、という噂も絶えない。
「……駒井先輩」
雫はできるだけ平静を装って答える。
「配信、見たぜ? スターリンクとかいうグループだろ?」
にやりと笑いながら近づいてくる。
教室の空気が一気に重くなる。
「すげぇじゃん。可愛い顔して、今じゃアイドル探索者か?」
「い、いえ、そういうつもりじゃ……」
「ははっ、照れんなって。お前、元々かわいいんだからよ」
駒井は机の上に手を置き、雫の顔を覗き込む。
その目に浮かぶのは、明らかに興味ではなく所有欲だった。
周囲の女子たちは息を呑み、男子たちは目を逸らす。
駒井のバックには学内でも悪名高い連中がいる。
誰も逆らえない。
「そうだ。次の休み、俺のクランの奴らと一緒にダンジョン行かねぇ? お前、召喚士だろ? 戦闘苦手なんだし、俺が守ってやるよ」
「……いえ。私には一緒に潜る仲間がいるので」
雫は丁寧に、だがきっぱりと断る。
だが、その態度が駒井の癇に障った。
「へぇ、あの動画の連中か? 元フラワーズとかいうパーティ?」
「……っ!」
雫の表情がわずかに強張る。
「まぁ、悪くねぇけどな。お前、あんな女連中といるより、男の後ろにいた方が似合ってんぞ?」
その言葉に周囲がざわついた。
だが、雫は感情を抑えて微笑む。
「私は、守られるより守る側になりたいんです」
一瞬、駒井の表情が歪んだ。
だが、すぐに鼻で笑って肩をすくめる。
「ま、好きにしな。けど……気をつけろよ?」
「……え?」
「探索者の世界は、見た目で舐められたら終わりだ。変な噂が立たないようにな?」
そう言い残し、駒井は踵を返して教室を出ていった。
彼の背中からは言葉以上の圧が感じられる。
教室に残った空気は重く、冷たい。
友人の一人が心配そうに声をかけた。
「雫……大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
雫はかろうじて笑って見せた。
だが、握った拳は小さく震えている。
「(私……絶対、負けない)」
心の奥で静かに誓う。
自分の大切な仲間と守りたいものを傷つける者にだけは決して屈しない。
教室を出た駒井は廊下の角でスマホを取り出した。
スターリンクの配信アカウントを開き、動画を再生する。
画面の中で笑う雫たち。
特に雫の笑顔を見つめ、口元がゆっくりと歪む。
「……いいじゃねぇか。上玉が揃ってる」
指先で画面をなぞりながら、彼は誰にも聞こえない声でつぶやいた。
その瞳に宿るのは称賛でも憧れでもない。
獲物を見定める目だった。
「せっかくだし……ちょっと遊んでみるか」
駒井は連絡アプリを開き、探索者クラン【スカルレイヴ】の仲間にメッセージを送る。
『ちょっと面白い連中見つけた。今度の週末、顔合わせしてみねぇか?』
送信ボタンを押すと、すぐに既読がつく。
返ってきたスタンプはにやけた笑顔のドクロマーク。
駒井は満足そうにスマホをポケットへ押し込み、廊下を歩き出した。
その足取りは獲物を追う獣のようだった。
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