「おはようございます」

「あら、おはよう。絢音あやねちゃん」


 垣根の向かいで庭を掃いている隣家の女性と挨拶を交わす。その前を、わーきゃーと楽しそうに小学生が駆けていく。いつも通りの朝。


「……私宛て?」

 木本絢音は赤い郵便受けを開けて驚いた。自分といちばん縁のないものが入っていると思ったから。


「なあに? ラブレターかしら?」

 女性が箒を止めて、絢音の手に握られたピンク色の封筒に目をきらきらさせる。

「え、そんなわけないですって! ……たぶん」

 絢音自身、ピンクの封筒とハートのシールを見てラブレターではないと思うほうが難しかったが、全くと言って良いほど相手に心当たりがないのだ。


「あや、新聞はまだかー?」

「今持ってくー」

 新聞を待っている父親に呼ばれて、封筒を制服のポケットに潜ませる。

 

「ありがとう」

 玄関で待ち構えていた父親に手渡して、振り向いた父親に心配されるくらいのスピードで階段を駆け上がった。勢いよく自室の扉を開けると、扉が壁に跳ね返った。隣の部屋から「うるさいよー」と言う妹の声が聞こえた気がした。


 机に向かう。

 ハートのシールを剥がして、封を解く。二つに折られた手紙を広げる。

「……あ、れ……?」

 大きく見開いた目の端から涙がこぼれ落ちる。

「私、知ってるよ……これ、知ってる……!」

 この癖のある文字も、こんなことを自分に言ってくる人はただ一人しかいないことも。

 黒丸で塗りつぶされた三文字が頭の中に浮かび上がる。忘れたくなかった人の名前。

 声に出して一字一字を噛み締めた。大切に大切に、二度と消えて無くならないように。


「きみを愛してる。

 今よりもずっと素敵な世界で会えたら、そのときには、きみの手をとって永遠を誓うことを許してもらえますか? ——●●●」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何度世界が壊れても 九日 @_Hiicha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ