月が欠け、雲が鼠色になり、太陽が輝きを失うようになって、ちょうど2年——正確には、地球の軌道が不規則で月日の概念が消え去ったため、人々が731回寝て目を覚ましたときだろう。太陽の光はいよいよ掻き消えようとしていた。人工太陽が打ち上げられたが、急激に気温が上がったことで死人が続出したため中止された。その影響でわずかに残っていた農作物も枯れて、本格的に食料不足に陥った。


 はとりむくげは15歳になっていた。大人たちは働く気力も争う気力も失い、そこらじゅうに死体が遺棄されて死の街と化した。二人は食事の時間だけでなく、起きてから寝るまで生活を共にするようになっていた。食料不足の影響は著しく、二人の身体は骨が目立つようになった。食べ物を口にしない日もめずらしくない。残る頼みの綱は、もうすぐ底をつきそうな角砂糖だけだ。

 時間で言えば24時間365日——起きている間も寝ている間もほとんど暗闇のなか、互いがそばにいると分かることだけが心の支えとなった。隣で物音がするかぎり大丈夫、そう思っていた。

 

 ある日、織が倒れた。医者でもなんでもない舜にも、それが栄養失調か低体温症であることは安易に推測できた。暗闇でも分かる、細くなりすぎた四肢。冷たい頬。

「ねえ、舜。見ての通りだけど、私、もうだめかも」

 横になったままの織が言う。舜も覚悟はしていたことだった。今まで何人もの人が死にゆくのを見ていたからだ。でも、家族同然、それ以上の何かがある織がそうなれば、覚悟など無意味なものだと実感するしかなかった。


「織」

 織は、自分を呼ぶ声の方へ顔を向けて、ゆっくりと言葉を口にする。

「またそのうち、ひょいって生まれ変わって遊びに来るよ」

 生まれ変わり。そんなものがあるのだとしたら。

 舜がポケットから一通の封筒を取り出す。

「あのさ、織…………生まれ変わったその先で、もしも僕の最愛の人に会ったなら——これを、渡してほしい」

 本当は……と言葉を続ける。

「こんな世界になる前に伝えたい人がいたんだ。過去に戻って伝えられたらどんなに良かったか。だけど、こんなおかしな世界になった今なら……もう、何でも有りなんじゃないかな。生まれ変わることだって、過去に行くことだってできてしまうかもしれない」

「それは?」

「僕の一方的な想いだ」

「そういうことね。でも、こういうのは自分で渡すべきだよ。世界が終わって、それからにしたら?」

 織がふふっ、と笑ってみせる。

「僕には真正面から正々堂々渡せるほどの勇気はないんだ……」

 おねがいだよ、と織の手に握らせられた封筒。

「……分かった、いいよ。その告白代行、引き受けてあげる」

「いや、そんな、告白とか大袈裟な!」

「えー? 薄桃の封筒に赤いハートのシールの封緘。これほどあからさまな物もないよ?」

「あーもうっ! 死に際の人がうるさいなあ、最期くらい大人しくしていてよ」

「はいはい。じゃあ、それは私と一緒に埋葬しておいて」


 次の日舜が目を覚ますと、織は呼吸をやめて凍るように冷たくなっていた。依頼の品を抱えて。

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