何度世界が壊れても

九日

 いよいよ世も末である。

 欠けた月が鼠色の雲の切れ間から顔を出し、輝きを失いかけている太陽は、西から昇り東へと沈んで行く。そして、地球の軌道も最近は定まらない。


 地上では、非常な日常をストレスに思う大人たちが罵り合い、殺し合い、あちらでもこちらでも所構わず争いを生んでいる。変動する地球環境に完全に狂わされてしまったのだ。「こうなったのはあの国のせいだ」とか、「おまえたちがプラスチック包装を廃止しないからいけないんだ」という分からなくもない主張もあれば、「君たちが仕事ばっかしているからだよ! 遊ぶんだ、人間たるもの遊んで生きろ!」という全く関係のなさそうな主張をする人もいた。しかし、ここにあげた意見は全て五十歩百歩であるらしかった。有識者によれば、現に今起こっている現象には微塵も関係ないらしい。


 子どもたちは子どもたちで苦しかった。止まぬ争いで両親が殺され、不作で栄養失調になり、太陽光が弱くて凍え、子どもたちは生きるのに必死だった。


 13歳の少女、立川織たちかわはとりもそのうちの一人だった。両親は自ら争いに首を突っ込みはしなかったが、父親の職場の上司に頼まれて参加した先の暴動で、帰らぬ人となった。ちなみに、その上司が「人間たるもの遊んで生きろ!」精神の派閥だったことは、ここら辺においておこうと思う。


 木造アパートの一室にひとり残された織は、隣の部屋に住む同じ境遇の少年、伊藤舜いとうむくげと食事を共にしている。織と舜は、幼少期からの幼馴染であった。

 食事、と言っても続く不作で食べられるものは最低限である。織はもやしと少量のにんじんしか入っていないコンソメスープを口に含んだ。

 

「織、明日はじゃがいもしか無いかも」

「私が何か買ってこようか?」

「お店はここ数日でほとんど潰れたよ。農家さんがずっと前の年から貯めていた野菜しかない」

「じゃあ、朝は焼いて夜は茹でる?」

「あはは、調理方法変えるだけじゃん。仕方ないけど」

「仕方ないよ、仕方ない」

 

 織は食事を終えると、つい最近まで両親と暮らしていた隣の部屋へ戻る。鍵を開けて靴を脱ぐ。玄関を上がれば安心できる匂いがする。そのまま脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ直行する。母親が買い溜めして残していったシャンプー。半年は持つほどストックがある。一押し二押し手にとって、髪を洗う。鼻孔をくすぐる甘い蜂蜜の香り。湯船に浸かれば、まだずっと幼かったときの記憶が思い起こされる。織がお湯に浸かっていて、父親があとから入ったとき。お風呂の水が、ざっぱーんと勢い良く溢れたのが楽しくてしょうがなかった、そんな記憶。織は両手で水面を勢いよく叩いた。当然、水は、ぱしゃっと跳ねるだけだった。

「いたたっ」

 織の手のひらは赤くなっていた。

 

 髪を乾かし終えるとテレビをつけた。何もない、織の第一声はそれだった。この世の終わりのような日常のなかテレビに出演する人はおらず、どこもかしこも自動再生の再放送だ。わざとらしい笑い声が耳を劈くバラエティー番組の再放送。太陽光が日々失われていく恐怖に怯えていなかったころに収録されたもの。もこもこのパジャマを着て、毛布を三枚かぶった織を見れば、日焼けするからとか、暑いからとか、嫌われることの多かった太陽も重要な存在であったことが分かる。日中でも部屋まで光が届かないからとても寒い。意図的に太陽光を浴びないと病気になることだってある。それに、食物の出来が悪いから飢饉も目前だ。日に日に食べ物は減ってゆく。


 織は、リモコンの電源ボタンをもう一度押してからその場で横になって、また一日を終えた。

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