何度世界が壊れても
九日
1
いよいよ世も末である。
欠けた月が鼠色の雲の切れ間から顔を出し、輝きを失いかけている太陽は、西から昇り東へと沈んで行く。そして、地球の軌道も最近は定まらない。
地上では、非常な日常をストレスに思う大人たちが罵り合い、殺し合い、あちらでもこちらでも所構わず争いを生んでいる。変動する地球環境に完全に狂わされてしまったのだ。「こうなったのはあの国のせいだ」とか、「おまえたちがプラスチック包装を廃止しないからいけないんだ」という分からなくもない主張もあれば、「君たちが仕事ばっかしているからだよ! 遊ぶんだ、人間たるもの遊んで生きろ!」という全く関係のなさそうな主張をする人もいた。しかし、ここにあげた意見は全て五十歩百歩であるらしかった。有識者によれば、現に今起こっている現象には微塵も関係ないらしい。
子どもたちは子どもたちで苦しかった。止まぬ争いで両親が殺され、不作で栄養失調になり、太陽光が弱くて凍え、子どもたちは生きるのに必死だった。
13歳の少女、
木造アパートの一室にひとり残された織は、隣の部屋に住む同じ境遇の少年、
食事、と言っても続く不作で食べられるものは最低限である。織はもやしと少量のにんじんしか入っていないコンソメスープを口に含んだ。
「織、明日はじゃがいもしか無いかも」
「私が何か買ってこようか?」
「お店はここ数日でほとんど潰れたよ。農家さんがずっと前の年から貯めていた野菜しかない」
「じゃあ、朝は焼いて夜は茹でる?」
「あはは、調理方法変えるだけじゃん。仕方ないけど」
「仕方ないよ、仕方ない」
織は食事を終えると、つい最近まで両親と暮らしていた隣の部屋へ戻る。鍵を開けて靴を脱ぐ。玄関を上がれば安心できる匂いがする。そのまま脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ直行する。母親が買い溜めして残していったシャンプー。半年は持つほどストックがある。一押し二押し手にとって、髪を洗う。鼻孔をくすぐる甘い蜂蜜の香り。湯船に浸かれば、まだずっと幼かったときの記憶が思い起こされる。織がお湯に浸かっていて、父親があとから入ったとき。お風呂の水が、ざっぱーんと勢い良く溢れたのが楽しくてしょうがなかった、そんな記憶。織は両手で水面を勢いよく叩いた。当然、水は、ぱしゃっと跳ねるだけだった。
「いたたっ」
織の手のひらは赤くなっていた。
髪を乾かし終えるとテレビをつけた。何もない、織の第一声はそれだった。この世の終わりのような日常のなかテレビに出演する人はおらず、どこもかしこも自動再生の再放送だ。わざとらしい笑い声が耳を劈くバラエティー番組の再放送。太陽光が日々失われていく恐怖に怯えていなかったころに収録されたもの。もこもこのパジャマを着て、毛布を三枚かぶった織を見れば、日焼けするからとか、暑いからとか、嫌われることの多かった太陽も重要な存在であったことが分かる。日中でも部屋まで光が届かないからとても寒い。意図的に太陽光を浴びないと病気になることだってある。それに、食物の出来が悪いから飢饉も目前だ。日に日に食べ物は減ってゆく。
織は、リモコンの電源ボタンをもう一度押してからその場で横になって、また一日を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます