31/偽物
「さて、それじゃあ先に進もう。話は歩きながらでもできるだろう。もたもたしていると、カントレッジに着くのが遅くなってしまう」
そう言って、メルリヌスさんは再び歩き始めた。その後を追いながら、自分の言いたいこと、考えていることをまとめようと頭を働かせる。
自分はただの道具。
それはそう扱われてきたからであって、実際に烏兎が道具そのものなわけではないはずだ。
人間性は持たない。
それは嘘だ。本当に何もないのなら、メルリヌスさんを諌めたり表情にわずかでも変化が起こることはない。
強さと力だけあればいい。
そんなわけあるか。そりゃあ、ないよりはあった方がいいのかもしれない。烏兎の役割としても必要なものなのだろう。けれど、それ以外に大事なものがもっとあるはずではないのか。
なんだか、気に入らない。
何が気に入らないって、烏兎を取り巻く環境も、それを良しとしている烏兎自身も。それから、それに対して何もできることがないであろう自分自身も。
ずっと何もない部屋に閉じ込められて、それで仕事の時だけ、何かを壊したり消したりするためだけに外に出される。
そもそも外に出る理由が酷すぎる。
何かを壊すために、何かを消すために存在するなんて、そんなのは虚しいことのはずだ。そもそも、世界は壊すためにあるものじゃないはずなのに。
カミサマなんだから、にんげんのような扱いはされない。それは彼女にとって当たり前のことなのかもしれない。彼女はそれで問題ないと思っているのかもしれない。
けどやっぱり、気に入らない。
烏兎は変わらず黙ったまま、わたしの後ろを大人しく着いてきていた。
彼女のためにできることはないのか。ただの自己満足でしかないかもしれない。傲慢だと言われてしまうかもしれない。
それでも、烏兎を放っておくことはしたくなかった。
——決めた。
烏兎にとっては間違いなく余計なお世話だろう。メルリヌスさんからしても、迷惑な話かもしれない。
それでもわたしは、烏兎にこのままでいてほしくない。
世界を見ることは、世界に触れることは無意味なことではないと知ってほしい。せっかく外に出たのに、何も楽しいことがないままあの部屋に帰らせるなんて嫌だ。世界は壊すために存在するものじゃないんだって、分かってほしい。
「烏兎!」
呼びかけながら、くるりと烏兎の方へと振り返る。烏兎は突然の声に驚いたのか、わずかに肩を震わせてわたしを見つめ返す。
「わたしが烏兎に、外に出てよかったって思わせてみせる。せっかく外に出たんだもん。楽しいって、また外に出たいって思えなきゃ損だよ」
言いながら、烏兎の手を掴む。烏兎の手はひんやりとしていて、ヒトらしい体温は感じられなかった。
「おかしなことを言うのですね、モルガーナ」
ぱちぱちと、烏兎が何度か瞬きをする。
そうして出た言葉に、わたしの心臓は凍りついた。
「それではまるで、
「————」
言葉に詰まる。自分の身体が、急激に冷えていくような感覚。するりと、力が抜けて掴んでいた手を離してしまった。
「それ、どういう」
この短い時間で、なんとなく烏兎に対して感じていたことがある。彼女は、嘘は言わない。きちんと本当のことを告げてくれる。だからその言葉も、おそらくは。
「ですから、モルガーナはニンゲンではないのにまるでニンゲンのように振る舞っている。わたしたちと同じカミサマのような存在であるはずなのに、どうして人間性を有しているのですか?」
「わたしが、カミサマ?」
はい、と烏兎は頷きかけて、鋭い視線をメルリヌスさんに向けた。
「メルリヌス、あなたは——」
メルリヌスさんは立ち止まって、こちらに顔を向けた。その顔には、いつも通りの胡散臭い笑みが張り付けられていた。
「言う必要、まだないかと思って」
いやあ、とメルリヌスさんは頬を掻く。それに対して、烏兎はますます視線を厳しくした。
「黙っていていいことと悪いことがあるでしょう。メルリヌス。言うべきこと、伝えるべきことはきちんと告げるべきです。それがたとえ、相手を傷つける事実なのだとしても。いつまでも隠し通せるものではないのだから」
「別に傷つくようなことじゃないだろう? 自分の存在が何なのか、なんてたいした問題じゃないじゃないか」
肩に乗っていたテイルの雰囲気が、ピリピリとしたものに変わっていくのが伝わってきた。烏兎が纏う空気も、テイル同様鋭く棘のあるものへと変わっている。
その反応が、全てだろう。
「わたし、ニンゲンじゃないんですか?」
力の抜けた声で訊ねると、メルリヌスさんはうん、とあっさり頷いた。
「モルガーナはこれまでムメイの街の教会で過ごしてきた。一応訊いてみるけど、キミ、それより前の記憶はあるのかな?」
「それは」
ない。大雨の中を彷徨って教会にたどり着いた時。その時のわたしには、持ち物どころか記憶すらなかった。
「正直に言うとね、キミがニンゲンではないというのは、キミと出会った初日には分かっていたことなんだ。いくら魔法使いとはいえ、治癒魔法も使用せずに傷が治る存在なんていない。いるとしたら、その存在の性質が不老不死の場合だけだろうよ。けれどもキミにその性質はない。単純に、生き物としてキミは不老不死に近い存在なんだ。今はまだ、完璧な不老不死ではないよ。あくまでも、それに近い存在というだけで」
肩をすくめて、メルリヌスさんは言葉を続ける。
「けどね、ボクもキミの本当の正体は知らない。ただ、予想はしている。封印を解ける理由も、不老不死に近い存在である理由も、それで説明ができる。それでよければ聞かせてあげることはできるよ」
「…………お願い、します」
何も知らないままではいたくない。
メルリヌスさんはうんと頷いて、その答えを口にした。
「おそらくキミは、アステールが創り出したこの世界のカミサマなんだろう。外の世界ではなく、この世界を管理するためのカミサマ。使い魔というよりは、自分の分霊、端末と言った方が近いかもしれない。それがキミの正体である、とボクは思っている」
あくまでボクの考えだけどね、とメルリヌスさんは念を押すように言った。
「けど烏兎。何も言っていないのによく分かったね。魔力器官の質を見ただけでは気がつけないと思うんだけど」
不思議そうに訊ねるメルリヌスさんに、烏兎ははあ、とため息を吐いた。
「そうは言っても、魂の質がニンゲンたちとは違います。仮に彼女が何かしらの偽装をしていれば、気がつくことはなかったでしょう。けれども彼女は自然体のままです。その状態で、ニンゲンたちとは違う魂を持つ。少なくとも、我々に近い存在ではないのか、と考えることはおかしなことではないはずです」
なるほどね、とメルリヌスさんは頷いて納得した。
淡々とした二人の言葉。けれどわたしの気持ちは、そんなふうに冷静ではいられない。
ステラを運営するためのカミサマ。アステールが創り出した存在。
本当にそれがわたしの正体ならば、わたしがアステールを倒すために動くことは正しいことなのだろうか。本来であれば、アステールを守るために動かなければならないのではないか。
そもそも、わたしの気持ちや意思は本当にわたしのものなのだろうか。アステールによって創り出されたというのなら、アステールの影響を受けていてもおかしくはない。本当はアステールに操られていて、彼女の思った通りの行動をしているだけなのかもしれない。
いつか言われた、偽物という言葉を思い出す。
ああ、それじゃあ本当に、わたしは偽物ではないか。
何が正しいのか。何が間違っているのか。頭の中はぐちゃぐちゃで、思考がまとまらない。わたしは、結局どうすればいいのだろうか。
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