30/破壊装置
と、烏兎が突然わたしの肩を引っ張って止める。何事かと振り返ると、烏兎は周囲を警戒するように見渡していた。
突然立ち止まったわたしたちに、メルリヌスさんも足を止める。そうして、不思議そうな顔で烏兎を見つめていた。
「どうしたんだい、烏兎」
その問いかけに、烏兎はぴくりと眉を動かした。
「気がついていないのですか、メルリヌス。囲まれています」
その言葉の直後、突如草むらから黒色の塊が複数飛び出してきた。
「あ、杖を——」
出さなければ、と手を動かしかけるが、間に合わない。黒色の塊があともう少しでわたしにぶつかるというところで。
「!」
銀色の何かがわたしの目の前まで来ていた黒色の塊を弾き飛ばした。
気がつけば、烏兎の手には金色の杖が握られている。上部には丸い鏡が付けられており、そこから長い銀色の刃が伸びていた。おそらく、烏兎の魔道具なのだろう。
「物騒な武器だろう? あの大鎌で切られたらと思うと、恐ろしいよ」
メルリヌスさんが肩をすくめながら、どこかのんびりとした調子で口にする。烏兎は大鎌を構えたまま、周囲を見渡していた。
複数の黒色の塊には丸い耳がついており、一見すると可愛らしいフォルムをしているのだが、ぱかりと口を開けるとびっしりと鋭い牙が並んでいるのが見えた。
烏兎一人に戦闘を任せるわけにはいかない。それに、この程度の魔物であれば一撃で簡単に倒せるだろう。まあ、攻撃が当たれば、の話ではあるのだが。
杖を編み上げて構えると、ああそうだ、とメルリヌスさんがゆっくりとわたしの背後へと近づいてきた。
「モルガーナ。これからはより簡略化した詠唱を使うといい。三回も唱える、三段回の手順を踏むなんて面倒だろう」
そう言って、メルリヌスさんは後ろからそっとわたしの杖に触れた。狙いはあの魔物たちだよ、と教えるように。
「
ぐっと杖が立ち上がる。
「補助のおまじないだけしてあげよう。あとは、自分で」
杖に自分以外の魔力が流れ込む感覚。違和感はあるが、嫌悪感はない。
メルリヌスさんはわたしの杖から手を離すと、やってみて、と魔力行使を促した。
ぐるりと魔物に囲まれた状態。全方位に射出するなら、上空から勢いよく撃ち出したほうがいいだろう。
意識を上空に向け、杖を振り上げた。
「——
一言で魔力固定、確定、射出。その全ての工程が一気に行われた。
上空に集まった魔力は瞬時に氷刃を形成。そのまま勢いよく撃ち出され、周囲にいた低級の魔物たちの身体を貫いた。
「うん、お見事。詠唱はあくまでも自分のためのものだからね。本来なら自分で全部考えるのがいいんだろうけど。ま、このくらいのアドバイスはしておかないとね。なんて言ったって、ボクはキミの師匠なんだから」
少しだけ胸を張るような仕草をしながら、メルリヌスさんは満足そうに頷いていた。
丁寧に工程を踏むのも大事だけれど、たった一言で魔力行使を行えることも大事だ。詠唱が長くなれば、確実性は上がるだろうが発動が遅くなる。戦闘では少しの時間が命取り。実戦においては、短い詠唱こそが正義なのかもしれない。
「氷なら他にも、氷の塊を
すらすらと魔法について講義を行うメルリヌスさんだったが、じろりとした烏兎の一瞥を受けて話を止めてしまった。
「なんだい。ボクはモルガーナの師匠なんだ、魔法について教えるのはおかしなことじゃないだろう」
唇を尖らせて不満そうに言うメルリヌスさんに、烏兎はそうではないと首を振った。
「鈍すぎます、メルリヌス。まだもう一体、大物が来ます」
「へ?」
間抜けな声が一つ。その直後、正面からどすどすと大きな足音が近づいて来るのが聞こえた。足音は徐々に大きくなり、音と共に地面が、周囲の木たちが大きく揺れていた。
現れたのは大型の魔物。黒い表皮はテラテラと輝いており、口元から生える鋭い牙は曲線を描きながら上へと伸びている。遠くを眺めていた赤い瞳は、ゆっくりと視線を下げてわたしたちを捉えた。
魔物はわたしたちに気がつくと、唸り声を上げて駆け出した。
「まずい。烏兎!」
焦ったような声でメルリヌスさんは烏兎に声をかける。烏兎はそれに、少しだけため息を吐いて。
「…………」
無言のまま、その場から一歩も動くことなく右腕を横に動かした。その動作の直後、突然体感温度が上がる。何の前触れもなく、空気が熱を持った。
何事かとあたりを見渡せば、周囲の草木は燃え盛っており、魔物の身体も炎に包まれている。それでも魔物はまだ息があるようで、苦しげな声を上げながらもわたしたちを飲み込もうと大きく口を開けた。
その口が、ぱかりと真っ二つに分かれた。
烏兎の手によって、魔物が上下真っ二つに切り裂かれたのだ。分解された魔物はどくどくと赤黒い液体を流しながら崩れていく。
「って、やりすぎやりすぎ! モルガーナ、水!」
メルリヌスさんの声に促されて、慌てて周囲に水を展開する。そうして大量の水を草木に撒き散らして、烏兎が展開した炎を消した。
火は消え、魔物もさらさらと塵になって消えてしまった。後に残されたのは汚れた地面。草が燃えて剥き出しになった地面。焦げ付いた木。それから呆然とするわたしと、頭を抱えるメルリヌスさん。
「戦闘終了。周囲に魔物の気配はありません。問題ないでしょう」
それらを気に留めることなく、烏兎は淡々とそう言って魔道具を片付けた。
「————」
あり得ない、というのが素直な感想だった。
魔物というのは簡単に倒せる相手ではないはずだ。わたしが今のところ苦戦していないのは、たまたま出会った魔物が低級であったから。メルリヌスさんの支援があったおかげだ。
先ほどのような大型の魔物、上位の魔物であればそうはいかない。攻撃力も防御力も低級のそれとは比べ物にならないだろう。まず纏っていた空気が違いすぎた。濃く、嫌な空気に包まれていた。それはきっと、魔力濃度が高いとかそういうことを言うのだろう。
間違っても、鎌で簡単に真っ二つにできる相手ではない。
「烏兎は、何者なの?」
恐怖半分。無意識半分。
わたしの問いかけに反応して、烏兎は視線をわたしに向けた。
「カミサマである、と言いませんでしたか」
「それは聞いた。けどわたしが訊きたいのはそういうことじゃなくて」
「烏兎はどうしてそんなに強いのか、ってことが訊きたいんだろう?」
うまく言葉が見つからなかったわたしに、メルリヌスさんが助け舟を出してくれた。
そう。それが訊きたいのだ。
同じカミサマであるメルリヌスさんは戦闘は不得手だと言っていた。実際、基本的に自ら戦おうとする様子は見せない。
同じカミサマであるにも関わらず、烏兎はメルリヌスさんと違って戦闘が得意であるように見える。得意どころの話ではない。大型の魔物を軽々と倒し、腕を一振りするだけで周囲を燃やす。烏兎は一体、何なのか。
烏兎は質問の意味を理解したのか、なるほど、と納得したように頷いた。
「私の役目は不要な世界の消去。星に害なす存在を殺すこと。それはつまり、星の掃除屋、星の守護者。そして、破壊装置である、ということです」
破壊装置という言葉は、たしかにしっくりくるものがあった。けれどなんだか、まるで自分は道具である、とでも思っているような言い方ではないか。
「私はただの道具でしかありません。人間性は持たない。メルリヌスのように取り繕う機能すら有していない。私に必要なのは何者にも負けぬ強さと、世界を漂白する力だけ。ですから、今の戦闘程度であれば軽い運動にもならない。息をするのと同じように、私はただ邪魔な存在を処分しただけのこと」
以上です、と烏兎はわたしの質問に対する答えを終えた。
以上って、そんなことはないだろう。烏兎は自分のことを道具だと言ったけれど、たしかにひとの形をしていて、そこに存在している。本当にわずかではあるが、感情表現だってしている。人間性が全くないなんて、そんなわけがない。
それでもその自覚がないのは、これまで指摘してくれるひとがいなかったからか。気にする余裕も理由もなかったからか。
なぜだか分からないけれど、どうしても烏兎の言葉には納得ができなかった。
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