32/夢
「ですから、少し疑問に思っています。どうしてモルガーナは、アステールを倒すための旅に同行しているのか。星の心臓を守る封印を解いているのか」
歩き始めながら、烏兎がわたしに訊ねる。
彼女は単純に疑問に思ったから訊ねているだけなのだろう。その瞳は、不思議そうにわたしを見つめていた。
力の抜けた身体を動かしながら、答えを探す。
出てきたのは、嘘偽りのない、けれども浅くて頼りない本心だった。
「それは、みんなに嘘でも期待されてたから。メロンが、救世主さまなんだって慕ってくれていたから。わたしは、その気持ちに、応えたくて」
結局、根本にあるのはそれだ。
魔人がどうとか、みんなを殺すように仕向けたかもしれないとか。アステールを倒すべき理由はきちんとある。それでも、わたしの中で封印を解く一番の理由は、みんなの求めた救世主さまらしく在りたいから。結局わたしは、みんなの期待に応えたかっただけなのだ。
浅いと思う。くだらない理由だとも思う。
でも正直、今更投げ出すことなんてできなかった。だってもう封印は解いてしまった。帰るべき家は壊されてしまった。後戻りは、もうできない。
烏兎は興味なさそうに、そうですか、と呟いた。
「それで、報酬はきちんと支払われているのですか?」
「へ?」
思わぬ単語に首を傾げる。
烏兎はわずかに眉間に皺を寄せて、再び口を開いた。
「ですから、私たちに協力している報酬はきちんと支払われているのか、と訊ねているのです。まさか、無償で働いてはいませんよね」
不機嫌そうな顔のまま、前を歩くメルリヌスさんに烏兎は視線を移動させる。メルリヌスさんは烏兎の視線に気がつくと、ちら、とこちらを少しだけ振り返って、そうしてまた前を向いてしまった。
「まだ何も払っていないね。最終的な報酬に関しても、候補はあるけど決定はしていない」
でしょうね、と軽い口調で烏兎はメルリヌスさんの答えを受け止めた。
「働きには報酬が支払われるべきです。最終的な報酬で、釣り合いが取れると?」
「うん。ボクはそう思ってるよ。ま、何になるかは終わってからのお楽しみ、ってことで」
メルリヌスさんの返答に、烏兎は眉間の皺を深くする。
「あなたの提案は、大抵ろくでもないことです。お楽しみも何もない。良かれと思って提案したこと、実践したことが裏目に出る。これまで外の世界で何度もやらかしたことでしょう。自覚がないのですか」
どうやら烏兎は、メルリヌスさんがわたしに支払うつもりの報酬の内容が心配らしい。
それにしても、何かの報酬があるとは考えてもいなかった。
そもそも報酬なんて、とっくに貰っている。美味しい食事を用意してくれること。魔法について教えてくれること。衣服を用意してくれたこと。深紅のリボンを与えてくれたこと。なにより、普通の女の子として見てくれたこと。
これ以上何かを貰うのは申し訳ないし、貰いすぎだと思う。
「その、わたしは別に報酬なんて望んでいません。普通の女の子として見てくれただけで、このリボンが貰えただけで十分ですから」
わたしの発言に、烏兎は明らかにムッとした表情を浮かべた。
「何の見返りも求めない、というのは不自然な在り方のように思います。いくらあなたがニンゲンではないとはいえ、それはおかしい」
「けど、わたしはもう見返りを貰ってるから」
「その、加護も魔力もないただの紐切れが報酬として十分なものだと? 理解に苦しみます。そのリボンには、何の価値もないのに」
そう言われてしまえばそうなのだが、わたしにとっては価値あるものなのだから仕方がない。
「物そのものには価値がなくても、それを貰った経緯とか、誰が与えたのかとか。そういうものの積み重ねが大事なんじゃないかな」
烏兎は理解できない、とでも言いたげに首を横に振った。
烏兎の言いたいことも分かる。働きにはそれに見合った報酬が支払われるべき。等価交換とかいうやつだ。
わたしの働きに対してこのリボンは軽すぎる。もっと多くのものを求めるべきだし、もっと何かを与えられる権利があるはずだ。それが、烏兎の言いたいこと。
きっと烏兎の方が正しいのだろうけれど、あいにく、わたしは何かを積極的に求めることはそれほど得意ではないのだった。
「まあまあ、モルガーナがいいならそれでいいじゃないか。それにさっきも言ったけど、全部終わったらきちんと報酬を与えるつもりだし」
安心しなよ、とメルリヌスさんはわたしと烏兎、二人に語りかける。
「モルガーナ。今更だけど、もしこれまでの会話で気分を悪くしていたらごめんよ。けど、烏兎に悪気があるわけじゃないんだ。いや、悪気がなければなにを言ってもいい、というわけでもないんだけど」
「それはお前も同じことだろう、メルリヌス」
ずっと緊張した空気を纏っていたテイルが、冷たい声でメルリヌスさんを非難する。
「あまりモルガーナを傷つけるな」
「それは、うん、ごめん」
反省しているのかいないのか分からない声で、メルリヌスさんは謝罪の言葉を口にした。別に気にしてはいない。メルリヌスさんはそういう人はなのだろうから。
「もう一つ、疑問があります」
と、烏兎が声を上げる。
「昨夜、モルガーナはうなされているようでした。何か、夢でも見ていたのですか?」
どこか心配そうな瞳で、烏兎はわたしの顔を覗き込む。それを少しだけ意外に思いながら、素直に頷いた。
「それは、うん。けど、何を視ていたかは覚えてなくて。いつもそうなの。毎晩夢は視るんだけど」
毎晩毎晩、必ず夢は視る。それは古い記憶を見ているような、つい最近の自分の経験のような。目が覚めると忘れてしまうため、残念ながら夢の内容については語れない。
烏兎はわたしの答えを聞いて、そうですか、とさして興味もなさそうな返事をした。心配しているように見えたけれど、実際には興味本位で訊いてみただけだったのかもしれない。
「私たちは基本的には夢は見ないので、どういう心理状態になるのかまでは分かりません。けれど、夢についてなら多少は知っています」
わずかに視線を下げて、烏兎は考えるような仕草をした。
「夢には過去の記憶の再生、その日の記憶の保存といった役割があります。それらが一度に行われるので、夢は意味不明な内容になることが多い。ただそれは、あくまでも一般的な夢の話。夢を見る、という行為の話です」
「一般的じゃない夢の話があるの?」
ええ、と烏兎は小さく頷いた。
「魔法や魔術、呪術といった事柄に関連した話もあります。夢を通して未来を視る者。夢を通して他者の心を読む者。そういった存在もいます。夢とは他者と無意識に繋がるもの。夢とは身体を離れて自由に動き回るもの。時間の流れを無視して観測をするもの。一言に夢と言っても、その役割、内容はたくさんあるのです。これらが、夢を視るということ。モルガーナの口ぶりからして、あなたは夢を視ているのでしょう。それが、どのような役割のものなのかは知りませんが」
「ふむ。意識が接続している、という可能性がある」
唐突に、メルリヌスさんが言葉を発した。
「モルガーナはおそらくアステールが創り出した存在だ。なら、創造主であるアステールとキミとは多少の繋がりはあるはず。それがどんなに弱い繋がりだとしてもね。アステールの無意識、記憶や考えが眠っているキミに繋がっている、ということも考えられる」
「これまでわたしが視ていた夢は、アステールの記憶かもしれない、ってことですか?」
この身体も、そして無意識に再生される夢さえも、アステールの影響下にあるというのか。
「ま、あくまでもおそらく、の話だ。単にキミの空想が再生されているだけの可能性も否めない。けど、それに囚われる必要はないだろう。夢というのはね、結局は覚めた頃には忘れてしまうのが健全なのさ。あんなもの、いちいち覚えていては溺れてしまう」
肩をすくめて、やだやだ、とメルリヌスさんは首を横に振る。
そうだとしても、どこまでがわたしでどこまでがアステールなのか、わたしとしては不安にならざるを得ない。
わたしの存在は、一体何なのだろうか。
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