29/カミサマ
一夜明け、グレイさんにお別れの言葉を言って教会を後にする。
昨夜は結局疲れから早く眠ってしまい、まだろくに烏兎とは会話らしい会話はしていなかった。
フレウンを出て、森の中へと入る。草の香りが濃く、じっとりとした空気に包まれている。上空には葉が生い茂っているせいで、太陽の光はあまり届かない。
先頭を歩くメルリヌスさんに着いていきながら、ちらりとわたしの後ろを歩く烏兎に視線を向ける。
烏兎は昨晩も今朝も、食事を摂っていなかった。それどころか、眠っていた様子もない。わたしが寝る前には宙をぼんやりと眺めていて、起きた時にも同じ体勢のままだった。
「その、烏兎。体調は大丈夫?」
恐る恐る声をかけると、烏兎はこてんと首を傾げる。
「夕食も朝食も食べなかったでしょ? それに、ちゃんと眠れてなさそうだったし。だから、体調が悪いんじゃないかと思って」
説明をすると、烏兎はああ、と納得がいったようだった。
「私たちカミサマに、睡眠や食事は必要ありませんから」
「——カミサマ? 私たちって、烏兎と、もしかしてメルリヌスさんが?」
どういう意味だろうかと目を丸くしていると、烏兎の表情がわずかに変化する。眉をひそめ、どこか怒っているような雰囲気。その表情のまま、烏兎はわたしからメルリヌスさんに視線を移した。
「メルリヌス、あなたの悪い癖です。言う必要がないと判断したことは言わない。まだ言うべきではないと勝手に判断して必要な情報を与えない。それどころか、必要最低限の情報共有すら行わない。それではいつか、仕事に支障が出る」
メルリヌスさんに視線を向ける。
メルリヌスさんは振り返ることなく、いやあ、と呑気に頭を掻いていた。
「ごめんごめん。けど、そんなに急いで話すことでもないだろう。だってボクたちが何者であるかなんて些細な問題じゃないか」
つまり、正真正銘メルリヌスさんと烏兎はカミサマとやらである、ということか。
「私たちだけでなく、アステールもカミサマです。メルリヌス、きちんと説明を」
烏兎はメルリヌスさんを睨みつけて、詳しく説明をするように促す。メルリヌスさんは振り返らずとも烏兎の鋭い視線を感じられたのか、分かった分かった、と観念したような口ぶりで話し始めた。
「ボクと烏兎、それからアステールは外の世界を運営、管理するカミサマなんだ。神様じゃないよ。カミサマ」
「どう違うんですか?」
「神様っていうのは人々の信仰心の上に成り立つものなんだ。そうして人々を見守ったり願いを叶えたり、時には悪いことをしたり。けれども基本的には信仰心がなければ存在できない。一方、カミサマっていうのはそんなものは関係ない。ただ世界を運営して、管理して、世界の土台である星を守る。ま、簡単に言えば世界の管理人だね」
ちなみに、とメルリヌスさんはちらりと烏兎を見つめて、すぐまた正面を向いてしまった。
「烏兎ははかいのカミサマ。ボクはせんてい。そして、アステールはいじ、だ。それぞれに役割がある」
ひらひらと手を振りながら、メルリヌスさんは軽い口調で説明をする。
「で、ボクたちの上司であり、生みの親でもあるのが
「? それじゃあ、本当はステラもどうでもいいってことですか?」
うん、とメルリヌスさんはあっさりと頷く。
「本当ならね。でも、それを無視できなくなってしまったから介入しているのさ」
くるりとメルリヌスさんが頭をこちらに向けた。
「さて、カミサマについてはこれでいいかな? 黙っていたことは申し訳ないと思うけど、別に騙そうと思っていたわけじゃないんだ」
「……どうだか」
謝罪したメルリヌスさんに、肩に乗ったテイルがふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「お前は、誠実には程遠い」
テイルの言う通り、誠実であるとは言えないかもしれない。けれどもメルリヌスさんなりに、きっと事情があって黙っていたのだろう。多分。そうだと思いたい。
それに、正直カミサマだなんだと言われてもわたしにはさっぱり理解できない。
「ともかく、ボクたちの目的はアステールを倒すことだ。その後のステラに関心はないし、その後どうしたいかはモルガーナに任せるつもりさ」
「同じカミサマなのに、アステールを倒したいんですか?」
それはなんとなく引っかかる。どうしてメルリヌスさんたちは、アステールを倒したいのだろうか。最初はステラを救うためと口にしていたけれど、本心ではステラに興味はないと言う。なら、放っておいてもいいはずだ。
「職務放棄しているから、かな。アステールは外の世界のカミサマとして仕事をする気がない。ま、リストラってやつだね。仕事をクビにするのさ」
「だからって、殺す必要は」
「うん。でも、星に害を与えるようになるかもしれない。それを見過ごすわけにはいかないんだよ」
それにね、とメルリヌスさんは続ける。
「彼女はきっと、もうカミサマの仕事を放棄するつもりでいると思うよ」
どうしてメルリヌスさんがそう思っているのかは分からない。けれどなんとなく、メルリヌスさんの意見にわたしも心の奥底では同意していた。
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