28/カルミア5

 その日は、めでたい戴冠式の日だった。

 朝早くからヒトビトは準備に追われ、その姿は忙しそうであり、けれどもどこか浮ついた雰囲気を纏ってもいた。

 それを横目に見ながら、今日の主役である少女を探す。

 カノジョは側近たちに呼ばれて、今は城の食堂で昼食を食べているはずだ。わたしには食事の必要はないからと断ったのだが、それでもなんとなく、様子が気になって自然と足は食堂へと向かっていた。

 食堂に近づくにつれて、ヒトの姿が減っていく。

 何かが、おかしい。

 嫌な予感がする。騒ぐ胸を押さえて、早足で食堂へと入る。中にはダレもいない。


「カルミア——?」


 声をかけるが、返事はない。

 奥にある机の上には食べ残された食事。

 近づくと、そこには。


「っ、カルミア⁈」


 青白い顔をしたカルミアが、床に倒れ込んでいた。すぐさま駆け寄って身体を起こす。身体は冷たいが、まだ息はある。


「カルミア、カルミア! どうした、何があったんだ。おい、おい!」


 身体を揺すっていると、ゆっくりと閉じられていた瞼が開かれた。赤い瞳はぼんやりとして、焦点が合っていない。

 口からこぼれたのは、いつかの呼び名だった。


「——あ、テイ、ル?」


 ここまで何にも気がつかなかったくせに、どうしてか、カルミアはその名前を呼んだ。


「ごめ、ん。なんか、ちょっと、しんどくて。ああ、でも、よかった。テイル、そこに、いたんだ」


 はあ、と息が漏れる。それと同時に、カノジョの生気も漏れ出ていってしまっているようだった。


「待て、すぐに治癒魔法を」

「——いい」

「どうして! 今ならまだ間に合う。だから」


 カルミアは、ゆっくりと首を横に振ってわたしの治癒魔法を拒否した。


「いい、の。わたし、望まれてない、みたいだから」

「……どういう、意味だ」


 聞きたくない。それを聞いてしまったら、わたしはカノジョの願いを壊すことになってしまう。それでも、訊ねずにはいられなかった。どうしてこうなっているのか。どうして、生きることを選ばないのか。


「みんな、わたしは、もう、いらないんだ、ってさ。よく、わからないけど、いうこときけって、いわれて、でも、ことわ、って。ごはん、たべたら、こう、なってて。だから、たぶん、みんなの、ねがいは」

「だからって死ぬって言うのか⁈ それじゃ、そんなのあんまりだ! まだ何も叶ってない。まだ何も報われていない。まだお前は」


 幸せになっていないのに——。

 カルミアは、いつか見せたような弱々しい笑みを浮かべる。


「いい、の。だって、そのためのきゅうせいしゅ、でしょう? みんなの、ために、いきて、それでしねる、なら、それ、は、うれしい、から」

「嘘をつくな。馬鹿なこと言うな。そんなの、本心じゃないだろ⁈」


 分かってる。その笑顔が嘘だってことくらい、強がりだってことくらい分かってる。

 なのにカルミアは、その作り笑いのまま、瞼を閉じた。


「おね、がい。テイル、みんなを——」


 殺さないで、と。

 そう言葉を漏らして、カルミアは息を引き取った。

 身体から力が抜ける。わたしは何をしていたんだ。わたしは何を見ていたんだ。

 こんな世界を創りたかったわけじゃない。こんな未来を望んだことなんてない。

 ああ、どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。ニンゲンの善性は美しいが、脆い。同類たちの悪意によって、簡単に消えてしまう。


「ごめん、ごめんな、カルミア。その約束は、できない」


 遺体を移動させて、側近たちを議事堂へと呼び寄せた。カルミアの埋葬はしなくてはならない。けれどもその前に、わたしにはやらなくてはならないことがある。

 愚かだと分かっている。

 側近たちは何事かとわざとらしく騒ぎ始め、そうしてカルミアはどこかと訊ねてくる。ああ、どこまでこいつらは——。


「ああ、うんざりだ」


 出られないように扉は閉じた。逃げ場はない。ニンゲンたちにとっては広い空間とはいえ、それでもわたしから逃げることなどできない。死から逃げることなど許されない。

 直接手を汚すことは躊躇われた。そんな価値、こいつらにはない。

 氷刃の雨を降らせて手足を切り刻んだ。冷気の光線でその身を凍らせた。我ながら甘いと思う。もっと残虐に、二度と生きたくないと思わせるような殺し方だってできたはずだ。それをこの程度で終わらせるなんて甘すぎる。

 慈悲だ。最後に残っていた良心だ。

 それでもみんな殺した。一人残さず殺した。

 議事堂には、死体の山ができていた。

 そうして燃やした。こんなものは不要だ。必要ない。ニンゲンたちに世界を任せることなんてできない。カレらは強欲だ。愚かだ。たった一つの光を自分たちで踏み躙って消してしまった。そんなやつらにまともな世界が、平和な世界を築けるわけがない。

 諦めよう。ニンゲンたちのことは、もう諦めるべきだ。

 ——それでも、わたしはステラを停止させることができなかった。

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